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※20/2/4 誤字脱字修正

 爆発。

 ミリアはそう言った。

 だが何故その言葉が出てくるのか。その言葉に何の意味があるのか。

 それを全く理解できない。

 しかし、その言葉は、その意味は。

 俺の理解を待つことなく、すぐに肯定される。


 轟音。


 それが本当に爆発音なのか、或いは別の何かなのか。そんなのは分からない。

 言葉に出来ない様な音の濁流。耳の機能がマヒするほどの音。

 そして衝撃。

 堪えられる筈もなく、しかしミリアを抱え直す余裕も無く――――











■ 妹が大切で何が悪い ■











 夢を見ている。




 椅子に座っている。

 どこかのカフェだろうか。

 石畳の道路。そこに設置されている椅子とテーブル。大きな日傘。そして眼前を流れる小川。

 降り注ぐ日光と言い、小川のせせらぎと言い、長閑だ。何もしていなくても、自然と心が落ち着く。良い場所だ。


「ここ、私の故郷の近くの街なんです。すごく良いところなんですよ」


 声に反応して顔を向けると、いつの間にかにミリアが真向いの席に座っていた。私服、だろうか。装いは新たに、先ほどまでの冒険者風では無く、可愛らしい格好になっている。


「ここはクルメアって言って、私の生まれた村の近くにある、結構大きな街です。で、このカフェはピリエって名前で、クルメアで一番の人気店。季節ごとのフルーツパフェが絶品なんです。……もしも近くを通る事があったら、是非寄ってみてください」

「フルーツパフェか……そりゃ良いな」

「はい! 甘さもフルーツ本来の甘味を損なわない様に控えめにしてあります。気に入ってもらえるんじゃないか、って思います」


 それは良い話を聞いた。もしも……訪れる事があれば、寄るのも良いだろう。俺は甘いのがそれほど好きじゃないが、フルーツ系の甘味なら話は別だ。それに一佳も甘いものは大好物な筈。土産話にもいいかもしれない。


「あと近くには、値段の割に質のいい呪具を取り扱っているお店があります。私が持っているこの杖も、そのお店で買いました」

「呪具……は馴染みが薄い。呪具以外も売っているのか?」

「売っていますよ。でも呪物を含んでいますから、耐性が無いと十全には使えないかもしれません」


 要は全て呪術を含んでいると。まぁ、呪具の店ならそうだろう。

 興味があるなら、私が案内したかったんですけどね。

 寂しそうに。ミリアは微笑んだ。


 その後もとりとめのない話は続く。


 幼い頃に飼っていた猫。

 好きな食べ物。

 呪術師を志した切欠。

 旅で楽しかった事。

 魔物から逃げ帰った苦い経験。

 仲間たちとの初戦闘。

 数々の思い出。


 懐かしむように、ミリアは一つ一つを語ってくれた。


 迫りくる嫌な気配と悪寒。

 転がっていた4つの死体。

 知っている顔。

 知っている武器。

 持っていかれた武器。

 仲間だった剣士の得物である、爆発呪文が刻まれた剣。

 仲間だった魔法騎士の得物である、かまいたちの呪文を刻んだ槍。

 仲間だった魔法使いが得意としていた、威力倍加の術を封じ込めた札。

 仲間だったシスターが得意としていた、自動再生の祈りが刻まれた短剣。

 その全てと、そして自分の全て。

 掛け合わせて、混ぜ合わせて、そうして作ったのが、あの『影鬼』。


 感情を見せることなく、淡々とミリアは一つ一つを語った。




「あーあ……残念です」




 ミリアは天を仰いだ。

 真っ白な空。何も見えない。

 気が付けば周囲の光景は殆どが見えなくなっていた。

 あるのは、俺と、ミリアと、互いが座っている椅子のみ。

 そしてミリア自身も。身体が薄れていく。

 背景の白色に溶けていくように、消えていく。




「もっと、お話したかったんですけど……」




 何かを言うべきだろう。だが、俺の身体は何も動かない。声すら上げられない。目の前で薄れていくミリアに、何も出来ない。

 ……話を始められてから、薄々感づいてはいた。嫌な予感が纏わりついて離れない。昔、同じような経験をしたことがある。

 それでも。認めたくは無かった。勝手な夢だと思いたかった。独断と偏見、そして視野の狭さから、正常な判断が出来ていないと。そうであってほしいと思っていた。




「負けないで下さい」




 消える間際。

 仰いでいた顔を戻して。

 声を震わして、眼から大粒の涙を流しながら。

 それでも最期に。ミリアは笑顔を浮かべた。




「これから、ずっと、いつまでも」











「ガハッ……」


 大分長い事寝ていた気もするが、実際には一瞬だったらしい。

 震える身体に鞭を打ち、どうにか起き上がる。爆破の余波のせいで、まだ視界が回っている。酷い吐き気だ。視界には土埃が舞い、先ほどの爆発から殆ど時間が経っていない事が伺える。

 爆発――――そう、爆発。

 ミリアが伝えてくれなかったら、俺も至近距離で喰らっていただろう。

 引き留めるだけあって、かなりの衝撃だった。

 今も尚、三半規管が揺れている。

 彼女が命を賭して行使した、術。


「馬鹿野郎が……ッ」


 ミリアは俺の膝上に倒れ込んでいた。

 触れるが、反応は一切無い。

 身体に温もりはあるが、それもきっと長くは続かないだろう。

 ……今更確認をするまでも無い。

 ミリアは、もう――――


「何で、笑ってんだよ……」


 呼吸は無い。鼓動も無い。血を失い過ぎたからか、顔色は真っ白。可愛らしい顔には無数の傷が付いていて、安らかと言うにはほど遠い。

 にもかかわらず。

 ミリアは微笑んでいた。

 最期の最期に、満足そうに、微笑んでいたのだ。


「……なんでだよ」


 やり切った。そう言いたいのだろうか。

 命を賭して。実際に命を失って。

 それでも成すことを成せたと。

 だから微笑んでいるのか。最期に微笑めたのか。

 ……それで、満足とでもいうのか。


「……っ」


 思う事は多数ある。幾らでもある。言いたい事だって、ある。

 だけどその全てを飲み込む。飲み込んで、ミリアを抱え直し、土埃の先へ目を向ける。




「化け物め……っ!」




 土埃の先で。影が映る。

 人一人分の、小柄な影が揺れている。


「……やるやないか」


 その声は良く通って聞こえた。

 嫌でも耳が拾った。


「起爆術に斬撃込み。威力も申し分無し。ただ……繋ぎが甘かったのはマイナスやな」


 一振り。

 只のそれだけで、土埃が消し飛ぶ。


「『獄門』。コイツを使わせたんや。誇るとええ」


 ほざけ。何が誇るとええ、だ。

 消し飛んだ土埃の先。そこにシグレは立っていた。

 多少汚れただけで、後は何も変わらない様相。

 あの気色の悪い笑みに、何一つとして翳りは見られない。

 殆ど変わっていないその姿に、吐き気すら覚える。


「で、アンタは何時まで座っとるつもりや? キョウヘイ・タチバナ」

「……アンタに名乗った覚えは無いんだがな」

「覚えは無くとも、名は広まるもんや。アンタ、魔族を斃したやろ」


 ああ、そう言う事か。コイツは最初から俺を知っていたのか。

 確かに俺は魔族を――ジャックを斃した。アリアの話では、魔族を斃せるような輩は少ないとも聞いている。その手の輩からすれば、俺はそれなりの有名人になっているわけだ。


「真偽は見れば分かる。アンタがどれくらいの強さかも、な」

「そうかよ」


 ミリアを下ろす。物言わなくなった躯。丁寧に、これ以上の傷が付かない様に、そっと。

 ……戦闘は避けて通れない。これ以上彼女を傷つけたくは無かった。


「ほな。やろか」


 すっ、と。シグレは両手を下ろした。脱力したような、自然体。但しその右手には、あの日本刀が握られている。そしてその刀身には、黒々とした靄が纏わりついている。

 ……嫌な気配だ。今までに感じた様々な気配とは全くの別種。意思とは裏腹に、本能が関わる事を拒否している。

 さっきシグレはあの日本刀の事を、使った、と表現していた。斬ったでもなく、抜いたでも無く、使った、と。魔物の群れを相手にした時と言い、ミリアの腕を斬り飛ばした時と言い、これまでに何度も振るってはいるのに、だ。

 だとすれば。アリアの大剣と同じように、あの日本刀には、斬る以外の能力が付加されているということだろうか。


「……やることは変わんないだろ」


 仮定の話をいつまでもごちゃごちゃ考えても仕方が無い。予測を立てることは大切だが、今の俺に出来る事は、殴って、蹴って、斃す。それだけだ。相手がどんな策を講じて、待ち構えていようとも、それは変わらない。

 拳を打ち鳴らす。ご丁寧にもシグレは俺の準備が終わるのを待ってくれている。なら、充分に時間を掛けさせてもらおうじゃないか。


『キョウヘイさん』

「ああ」


 声が聞こえた気がする。

 その声に同意の言葉を零して、構える。

 そうとも。シグレがどんな策を講じて、あの日本刀にどんな能力があったとして。

 それを理由に、俺が取る行動は変わらない。

 右拳に。力を、意思を、残存する全てを、込める。

 最初の一撃が全て。

 無駄に長引かせるつもりは、無い。


「フッ!」


 そして短く息を吐き出す。

 吐き出して、真下に思いっきり打ち下ろした。右拳を、全力で、地面に突き刺した。










 昔漫画で見たことがある。

 地面に拳を打ち付けて、クレーターのような陥没を作っていたシーン。

 そんなのは空想上の出来事で、現実で同等にやるならば、大掛かりな用意が必要だ。

 例えば、予め地面を空洞化させるとか。地盤を柔らかくするとか。


「やるやないか!」


 地面が揺れる。足場が割れる。

 馬鹿みたいな現象だ。殴って地盤が割れるなんて、あまりにも現実離れしている。……だが、今のこの場所にはそれを成せる状況が揃っていた。

 そして喜色に溢れた声。

 シグレは跳んで回避していた。

 俺の渾身の一撃を、空中に跳ぶ事で回避していた。


「……っ」


 対して。

 俺は完全に今の一撃で力を使い果たした。

 せめて倒れないようにする。それだけで精一杯。

 意識を保つことすら、怪しい。

 この状態で攻撃をされたら、受けるしかないだろう。

 ……攻撃をされたら、の話ではあるが。


「ッ!」


 ひび割れた地面の隙間から、大量の黒い柱が飛び出す。それらは空中に居るシグレを囲むように立ち昇ると、そのまま彼女に襲い掛かった。

 当然シグレも黙って襲われるはずがなく、日本刀で斬り払おうとする。

 だが数が多い。

 一本や二本程度では済まない。

 それに、何より。


「……そいつら、再生するぞ」


 斬った程度では大した足止めにはならない。

 俺はこの黒い柱を――いや、触手を良く知っている。何せちょっと前に、コイツから逃げ回っていたのだから。

 呪いの集合体。

 人が恋しくて、羨ましくて、妬ましくて仕方が無い、はた迷惑な集合体。


「チィィ、死に損ない共がっ!」


 シグレは器用にも空中で身体を捻りながら、触手の攻撃を避け続けていた。日本刀で斬っても効果が薄いと判断したのだろう。だが避け続けるには、あまりにも触手の量が多すぎる。そして触手共は、俺や転がる死体には見向きもせずに、執拗にシグレを狙っていた。

 得物は元気な方が良い、ということか。或いは、一番の脅威から潰す魂胆か。


「去ねやっ!」


 怒号。空気を震わすかのような怒り。そして一閃。

 地に降り立った所で、シグレは日本刀を目にも止まらぬ速さで振るった。周囲の触手が一拍の後に全て斬り落とされる。そして地に落ちる前に細切れになり、霧散して消え失せた。

 だが、すぐに再出現する。

 俺が相手にしていた頃とは、比にならない回復速度と量だ。


「大本がすぐ近くにおるっちゅうことやな。全く気付かんかった……アンタらの作戦勝ちって、とこか」

「俺じゃねぇ。……全部ミリアだよ」


 ただただ襲うだけのやり方では斃せないと判断したのか。触手は再生を終えると、今までから一転し、互いに新しい触手を出して連結し合う。即席の格子が、シグレを囲う様にして出来上がった。

 一方でシグレは。これ以上は抵抗をしないつもりなのか。大きく溜息を吐いて、日本刀を収めた。


「あの術は私を斃す為やない。私の意識を逸らすのと、コイツをおびき寄せる事が目的やったんやな」

「ああ」

「で、最後の一押しは、アンタか」


 シグレの言う通りだ。ミリアの影鬼は、決してシグレを狙ったものでは無かった。起爆と斬撃で地盤を弱め、かつ迫りくる怨念の存在をシグレに意識させないのが狙い。呪術によって作り出された影鬼が爆発する事で、怨念の存在を隠す、言わばチャフのような働きをしていたのだ。

 勿論、その時の爆発と斬撃で斃せればそれに越した事は無いが、それは無理であると踏んでいたのだろう。……流石に無傷は予想外だったが。

 あとは触手の到着時間を、俺の力で早めれば良い。地盤を砕き、触手が通る道を作れば良い。


「侮ったのが落ち度、か。……ええものを魅せてもろうた」

「……」

「その子、名前は?」

「……ミリア」


 ミリア。彼女の名前を呟いて、シグレは天を仰ぎ見た。そして盛大に溜息を吐き出した。


「ミリア、やな。……手厚く葬ってやり。ええ策やった」

「……」

「そこの死体を食わせて、早よ戻り」


 そこの死体。そう言ってシグレが示したのは、先ほど彼女が出した4人分の死体。……恐らくはミリアの顔馴染みの死体。

 転がっている彼女たちに手を合わせる。俺がこれから行おうとしているのは、死体を弄ぶような行為だ。道徳的に忌み嫌われる所業である。だが、背に腹は代えられない。

 死体を掴み、黒い靄の中に入れる。すると魔石が光り、一際大きな鳴動を始めた。シグレの言葉の通り、死体を喰わせることで魔石は成長をするらしい。……アイツの言葉を肯定する様で癪だが、今は贅沢を言ってはいられない。


「……またやろうやないか」

「誰がやるか」


 黒い靄が晴れる。晴れて、白色になる。魔石が順応したのだろうか。試しに左手を入れてみるが、前回の様な痛みは感じない。これなら通れるだろう。

 ミリアを抱きかかえる。既に体温は失われ、冷たくなっている。浮かべていた笑顔は消え去り、何の感情も読み取れない死人の顔へ。二度と目覚めることは無い。永遠の別れ。


「これはその子への敬意や。今回は、まぁ、コイツで我慢したる」

「……」

「キョウヘイ。此処出たら、またやろか」


 返事はしない、する気は起きない。

 振り向きもせず、俺は中に踏み込んだ。

 この後にシグレがどうなるかなんて、どうでも良かった。











 魔石を通じて出た先は、先ほどと大して変わらない部屋だった。

 違うのは、戦闘跡が無い事。シグレも触手もいない事。そして、


「……出口、ねぇな」


 360度。ぐるりと見まわしても何も見えない。一面が壁。また密室。

 探知のスキルを発動する。思い浮かべるは前と同じくアリアの大剣。光の導が現れ、一直線に前へと進み、壁にぶつかった。

 やはり、また出口が隠されているという事か。


「……此処だな」


 コンコンコン。壁を叩いて厚みを確認する。多分、薄い。

 拳を握ろうとするが、震えて力が入らない。此処に至るまでに、力を温存できるような場面が無かったのだから、当然と言えば当然か。……だがそんな弱音を言ってはいられない。

 限界を超えて絞り出せ。此処で立ち止まる事に意味は無い。意思の限り、進み続けろ。

 そう、己に言い聞かせ。壁を破壊しようとなけなしの力を総動員しようとし、

 ――――瞬間、脳裏に炎の渦が過る。


「ッ!」


 直感に従い、咄嗟に左に跳ぶ。

 同時に。壁が瞬間的に膨張し、弾け、そして炎の渦が出現する。

 先ほど脳裏に過ったのと、同じようなもの。

 一瞬でも遅れれば、あの渦に飲み込まれ、焼死体と成り果てていただろう。


「……トンデモねぇな」

「そうでもない。必要な時に発揮できなけば、ガラクタも良いところだ」


 未だ燻る熱気。開いた穴。光の導が不規則に乱れ、穴から見知った顔が現れる。

 褐色の肌。黒色の短髪。意志の強さを感じさせる、翡翠色の眼。

 あの部屋で離れ離れになってから、1日も経過していない筈だが、随分と長い事会っていないように思える。

 座り込んだままの俺に、彼女は手を差し出した。


「生きていて何よりだ。キョウヘイ」

「お互いにな。アリア」


※設定だけして、多分もう出てこないキャラ


ミリア以外のユウトのパーティーメンバー

・クラスはそれぞれ、剣士、騎士、魔法使い、シスター。ユウトを取り合っていてパーティー内の空気は最悪なレベルでギスギスしていました。

 ダンジョンに入ってすぐにシグレと遭遇し、抵抗も出来ずに速攻で全員が殺されています。

 ユウトは止めを刺される直前で穴に落ち、落ちた先で呪いの集合体に喰われました。

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