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※20/1/20 誤字脱字修正

 シグレと名乗った女は、俺の頬に引っかき傷をつけ、自身の爪に付着した血を舐めた。

 一瞬恍惚めいた表情を見せるが、すぐにあの薄気味悪い顔へ戻る。


「ええ血や。けど、まだやな」


 普通に考えれば気持ちの悪い発言だが、世界が世界である。そういうこともあるだろう、と納得できるくらいには俺もこの世界に慣れた。そういう趣味なのだろう。元カノも一時期そうだった。


「またやろか」


 踵を返す。

 翻る着物。

 そして瞬きと同時に消える姿。

 慌てて消えた場所に自分も立つが、何も無い。

 左右を見回してもどこにもいない。この部屋の中にはいない。

 俺の反応なんて待つ様子もなく、一方的に喋って、一方的に押し付けて、シグレは消えた。本当に一瞬だった。


「……おいおい、マジか」


 部屋に出口は見られない。真四角の部屋。燃える死体の山。そして俺。それだけ。

 シグレはどういう手を使ってここから消えたのか。道具なのか、魔法なのか、或いはその他のナニカなのか。例えば……初日にアリアが教えてくれた飛行石。あれなら一瞬で消える事も出来るだろう。この場所から出る事も可能だろう。

 ……いや、今はそんな推測なんてどうでもいい。


「……あンの、クソガキ……っ!」


 出口のない部屋。

 何も解決していない現状。

 そして俺だけ。

 導き出せる答えは、たった一つ。


「アイツ、1人だけ脱出しやがった……っ」 











■ 妹が大切で何が悪い ■











「……出口、ねぇな」


 現状を受け入れるのに時間はそう必要ない。

 深呼吸一つ。さざめき立った心臓を無理矢理押さえつける。

 今自分がすべきことは何か。この状況を打開するには何をすべきか。

 少なくとも感情に任せて暴言を吐く事じゃないし、暴れ回る事でもない。

 部屋を改めて確認して回り、実際に壁を触ってみたりして。

 そうして出た結論は、出口は無いと言う事実。


「……もう一回だ」


 事実を受け入れることも大切かもしれないが、それだけじゃ解決にはならない。

 考えろ。ここで思考放棄する事に意味は無い。

 触った壁は間違いのない現実の物。幻を見ているわけでは無く、実際の物として存在している。冷たさを、固さを、そして僅かな凹凸を、俺の掌は感じ取っている。

 それが四方全て。時間をかけてゆっくり確認しても、変わりは無い。


 そんなわけがない。


 出口が無い部屋に、何故魔物はひしめき合っていた?

 出口が無いのなら、どうやって魔物は入ってきた?

 起こり得る現象には、何事にも必ず説明がつく。そこに至るまでの道筋が存在する。

 答えが何であれ、必ず、だ。


「……魔物が湧いて出てくる訳がない。自然発生であれだけの存在が出て来るなんてありえない」


 昔のウナギやコバエじゃあるまいし、そんな説はありえない。

 早鐘を打つ心臓を押さえつけ、状況を整理する。

 魔物がひしめき合っていた部屋。

 そこに俺とシグレは落とされた。

 無作為に生じる穴。

 魔物側の世界のダンジョン。

 ……そもそも、何故魔物はあんなにひしめき合っていた?


「……例えば……此処に冒険者落ちてくる事を知っていた、とか」


 口をついた言葉は妄言だ。だがその言葉を信じるなら、魔物がこの部屋にいた理由に辻褄が合う。

 シグレは偶然と言っていたが、仮に穴が開いて冒険者たちが落ちてくることを魔物たちが知っているなら、ひしめき合っていた理由はつく。

 ダンジョン側が穴を空けるメカニズムは不明だが、そもそもアリアの言葉を信じるなら、ダンジョンは魔物側の代物だ。奴らに都合の良い様に作られているとしても不思議な事じゃない。

 加えて、だ。ダンジョンがある程度の意志操作を行っているとすれば。


「……入場制限的なものも、あるよなぁ」


 冒険者たちを落とし、餌とするのに、魔物がいなさすぎても困るだろうが、いすぎても無駄に終わる。同士討ちにでも発展すれば、それこそ本末転倒だ。

 なら、ダンジョンの意志で入り口の開け閉めを行っている可能性はある。何せ不確定で不定期に姿を変えるのだ。寧ろ、そうの可能性の方が高い。


「……なら」


 例えば、出口は薄い壁で覆っているだけとか。仮に冒険者の手によって魔物が多数屠られた際に、すぐに補充できるようにしているとか。

 試しに壁を叩いて回る。先が空洞なら、響く音に違いがある筈な訳で。


「ここらへんだな」


 コンコンコン。叩いた音が、明らかに他と比べて異質。

 大きく息を吐き出し、構える。

 そして右拳に集中する。

 ……竜の体毛を編み込んだ特別性の籠手は、軽さとしなやかさに反して高い防護機能を持っている。それはアリアとの手合わせで実証済みである。

 つまるところ。


「ふっ!」


 気合とともに拳を壁に突き刺す。

 多少の抵抗を感じる暇もなく、拳は壁の先へと突き抜けた。

 少し遅れて、壁に罅が入る。

 ボロボロと崩れ落ちる。

 ……この通り。ネクタイを巻いていた時と異なり、拳を痛める心配なく存分に振るう事ができるのだ。


「これで一先ずは脱出か」


 俺一人が通れる程度の大きさに穴を広げる。

 そうして先に見えたのは――――またもどこかで見たことのあるような無機質な通路。

 どこぞの現代施設を彷彿させる通路に、思わず溜息を吐き出す。


「……ゲームの世界だっていうなら、ファンタジーに統一しろよな」


 或いは、今の流行りはこんな感じなんだろうか。ファンタジーと現代が組みあっている方が人気が出るのだろうか。

 まぁ設定に文句を言っても始まらない。そこは別に肝じゃない。

 俺がここでする事は、アリアと合流する事。

 まずは、それだ。










 まさか開始早々単独行動を取らされる羽目になるとは思わなかったが、自由に探索をするのなら今の状況の方が好都合だ。

 ましてやダンジョン内部が俺の記憶にある常識と似通っているのなら尚更だ。


「何もなし、と」


 ロッカーの一つ一つを開けて回る。中には何も入っていない。個人を特定するようなものは勿論、普遍的なものも、何一つなかった。何なら鍵すらかかっていなかった。

 手がかりはゼロ。この場所を特定できる何かは無い。

 近くの部屋に入ってみたが、結果は同じ。整然と並べられた机には何もなく、壁に貼られた紙は何も書いていない。窓は開かず、しかしその先は黒く塗りつぶされている。試しに拳を振るってみたいところだが、あの黒々としたものが入ってきても嫌なので、それはどうしようもなくなった時の最終手段として置いておく。

 隣の部屋も、またその隣も同じようにして見て回るが結果は同じ。

 全く解決の絵面が見えない。


「とりあえず上がるか」


 階段を上って2階へ。だが景色もやる事も変わらない。最初こそ魔物の襲撃を考え慎重に探索をしていたが、何も変わらない状況に動きが荒くなっているのが自分でも分かった。

 イカンイカン、と。深呼吸して心を鎮める。慎重すぎるのも良くは無いが、急いても事は良くならない。


「……あ」


 多少冷静になった頭で、一つの手を思い出す。

 スキル:探し人。

 人を探すのは難易度が高いが物ならば難易度は下がる、とはスキル辞典の文。

 例えばアリアの装備とか、冒険者たちの遺体とか。

 そういった物ならば、対象として発動はできるだろう。

 幸いにしてここは他の気配がない。集中するには皮肉にも環境が良い。

 適当な部屋に入り、アリアの大剣を思い浮かべる。一緒に買い物をしたので、詳細まで鮮明に思い浮かべられた。

 あとは念じれば――――


「っ!?」


 一閃。

 跳ぶ腕。

 倒れる躯。

 昇る炎。

 飲まれた魔物群。

 そして光。

 光の線が暗闇に浮かぶ。

 濁流のように飛び込んでくる情報に、俺は思わず意識を切った。久方ぶりに呼吸を行うかのように、荒い呼吸を繰り返す。心音が煩わしく感じる程に鳴っていた。

 俺の事などお構いしに、脳内に映像として現れた情報群。今までの一瞬の光景とは段違いの量に、頭が痛みを訴える。スキルの効力が増しているのだろうか。


「成長しているのか?」


 今までの経験を経て、スキル自体が成長している。そうとでも考えなければ、とてもではないが説明がつかない。

 ……そういえば、スキルの確認なんて久しく行なっていない。ケントにて屍人から逃げ回る最中にステータス画面を見た時も、スキルまでは確認していなかった。……ああ、いや、ジャックに促された時に見たか。

 とは言え、スキルの成長具合何て目を通してはいない。ズラッと並んだのを見ただけだ。

 ステータス画面を開き、スキルの項目をタップする。

 ズラリと。スキルが目の前に表示された。


「変わっている……?」


 『探知』、『不眠不休』、『金運』、『直感』、『死線』、『鉄拳』、『賛歌』、『誉』、『拒絶耐性』、『属性耐性』、『予見』。

 透明な画面に一覧として表示されたスキルは、最後に見た時とは大きく変わっていた。

 例えば、探知。一番上にあったスキルは探し人だった筈だ。

 数も10個から11個へと、一つ増えている。


「えーと……」


 探知をタップ。詳細な表示が出てくる。

 『探し人』:固有スキル。探し人の上位スキル。対象を発見しやすくする。

 ……残念ながら説明は以上。探し人よりレベルが上がった事しか分からない。


「あとは……」


 同じように他のスキルもタップしてみる。

 『不眠不休』:固有スキル。寝なくても休まなくても疲労しにくくなる。

 『金運』:固有スキル。金回りが良くなる。

 『直感』:クラススキル。戦闘時に最適な立ち回りが出来るようになる。

 『死線』:クラススキル。怪我、状態異常時にステータスが向上する。度合いに比例して向上する。

 『鉄拳』:クラススキル。剛拳の上位スキル。相手の防御を無視してダメージを与える事が出来る。

 『賛歌』:特殊スキル。加護の上位スキル。全体的な運勢が向上する。また戦闘時にステータス、スキルレベルが向上する。

 『誉』:特殊スキル。祝福の上位スキル。ステータス、スキル、成長率に補正が掛かる。また経験値を多く取得できる。

 『拒絶耐性』:通常スキル。異常耐性の上位スキル。状態異常攻撃を無効化する。

 『属性耐性』:通常スキル。魔法耐性の上位スキル。魔法によるダメージを軽減する。

 『予見』:通常スキル。相手の動きを予見する。


「……レベルアップしていた、って事か?」


 ステータス画面にはレベル云々は記載されていないが、この変貌に説明を付けるなら、そうとしか思えない。説明を見ても強化されている事に間違いは無い。

 思い当たる節……ジャックや黒騎士との戦闘や、リハビリ代わりのクエストのおかげだろうか。とりあえず悪い事ではあるまい。

 ステータス画面を消して、軽く深呼吸。

 何であれ今必要なのは、探知スキルだ。それが強化されているのであれば、喜ばしい事だ。


「……っ」


 もう一度集中。またも映像が流れ込むが、今度は構えていたからそこまでの驚きは無い。

 暗い道。傷のついたドア。魔物の躯。そして光。暗転した視界に光が奔る。ぐにゃぐにゃと曲がり曲がった線が1本走る。


「ああ……」


 ――――効果は当人によりけりで、声が聞こえたり、引っ張られるような感覚を得たり、光の道が見える等の報告がある。

 思い出したのはスキル辞典の一文。そう言えばそんな説明があった。

 だとすれば、この光はアリアの大剣までのルートであるという事か。

 眼を開け、光が奔った方面を意識し、


「……なん、だ?」


 薄く。しかし確実に何かがある。それは例えるなら、光によって可視化された空気中の埃。

 それが俺の進もうとしている先へ伸びている。

 ……そう言えばスキル辞典には、探し人のスキルは常時発動型と記載があった。一々念じなくても、このように当人に分かる通り可視化されるという事か。

 ……便利な事じゃないか。わざわざ目を瞑って集中する手間が省ける。


「目途がついたな……」


 安心に思わず言葉を漏らし、イカンイカンと首を振る。

 気を抜くには早すぎる。











 長い廊下を歩き、突き当りのドアを開ける。階段を降り、すぐ下の階のドアを開け、また真っすぐ。すると広場に出たので、そのまま右端まで歩き、ドアを開け、また進む。

 道が分かると、あれほどまでに辟易した光景も気にならなくなる。敵の襲撃には気を張る必要があるが、思考を一つ減らすことが出来たのは大きな収穫だ。


「!?」


 だがそんな道のりも、突然終わりを告げる。

 ドアを開けた先。一歩踏み出そうとして、慌てて足を止める。

 暗闇。

 何も見えない漆黒の闇。


「これは……」


 サイリウムを掲げても何も見えない。部屋が広いのか、それとも本当に何も無いのか。試しに傍の椅子を放り入れると、音もなく暗闇に飲み込まれた。落ちるでも何も無く、消え去った。


「おいおい……」


 例えるなら……真っ黒な霧だろうか。触れたところで感覚は全くない。何も見えない。光に入らない暗闇。踏み込む勇気は沸かない。

 だが薄い光は、確かにこの先を指している。


「行かなきゃ……ダメか」


 決断に迷いはあるが、逡巡などしていられる立場じゃない。

 濃密な暗闇に手を入れると、そのまま見えなくなった。引き抜いても問題は無い。続いて足を入れるが、見えないだけで足場はある。……ゆっくりと、慎重に、そうやって進めば……大丈夫だろうか?


「迷ってはいられないんだよな……」


 もう一度言うが、俺は逡巡していられる立場じゃない。今更このスキルを疑ったところで、もう一度来た道を一つ一つ探索し直す体力も時間も無い。

 行くしか、無い。


「……っ」


 気合を込める様に、掌を打ち合わせる。

 そして息を止めると、思い切って暗闇に身体を入れた。

 何一つとして抵抗なく、俺の身体は暗闇に飲み込まれた。

 光も、音も、感覚すらも無い暗闇だった。


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