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2-3

※20/1/20 誤字脱字修正

 単純な話。

 数とは、力だ。

 いくら一個人の力が秀でていようとも、多勢の前には敵わない。

 集団とは、それだけ脅威だ。


 その筈、だった。


 落ちた先。

 光の届かぬ闇の底。

 拳を構えたその矢先。

 蠢いていた大量の気配が、突然困惑の色で塗り替えられた。

 響く金切り声。

 断末魔の叫び声。

 咽かえるような血の臭い。

 そして時折表に出る異質な気配。

 アリアでも、魔物でもない、第三者がここにいる。


「……ッ!」


 斬られた。

 手甲に響く鋭利な衝撃。

 気配に反応して、咄嗟に左手を上げなければ、首を斬られていただろう。

 正確無比で、容赦が無く、それでいて敵意の無い一撃。

 今まで戦ってきた相手とは全く異なる、どこまでも異質な一撃。


「……へぇ、防ぐかぁ」


 耳元で囁かれる。

 咄嗟に繰り出した右手は空を切り――――


「待っとき。アンタは、最後や」











■ 妹が大切で何が悪い ■











 時間にすれば3分かからなかったのではないか。

 蠢いていた気配は、たった一つの気配の手で完全に沈黙した。

 残っているのは俺と、


「待たせたなぁ」


 もう1人。

 喜々とした声を放つ、この状況を作り出した第三者。


「……何者だ、アンタ」


 恐ろしい、と俺は感じていた。

 何も見えぬ視界の中で動き回る事。

 魔物の群れを3分足らずで殺し切った事。

 そして何よりも。敵意も殺意も無く殺せる事に。

 まだ姿の見えぬ相手に対して、俺は恐れを抱いてた。


「助けてくれた、ってわけじゃないよな」

「勿論」


 そこは否定してほしかったが、言い切られてしまう。

 暗闇の先。何も見えない。だが得物を抜いて佇んでいる姿が、容易に想像できてしまった。


「構え。少しは楽しめそうや」


 若い女の声だ。構えながら、そう思った。多分、年齢的には俺よりも年下。

 だが実力は俺の数段上だ。出会った中で言えば、アリアよりも上。黒騎士にも引けを取らないだろう。


「……こちらは争う気は無いが」

「ほなら、死ねや」


 咄嗟に十字を描くように両腕を胸の前で交差させる。護るは心臓。冷徹な声と、心臓に向けられた気配に反応したからだ。

 ほぼ同時に衝撃。一点を穿つような、鋭い一撃。恐らくは突き。衝撃に踏みとどまれず、後退する。


「ほれ、死にたくなければ避けぇ」


 体勢を立て直した瞬間に、首に向けられて剣を振るわれる。ガードと同時に衝撃。一拍遅れて衝撃の方向へ蹴りを放つが空を切る。もう、相手はいない。

 今度は頭部に向けて気配を飛ばされる。一歩引くのと同時に風切り音。ぴりっとした痛みが耳に走る。避け切れず、少しばかり斬られたか。

 全く気配は読めない。気配が表面化するのは、攻撃の瞬間だけ。それも本当に直前。察知できなければ、防ぐか避けなければ、致命的な一撃喰らう。反応しなければ待っているのは死だ。

 ほれ、次は首を斬るぞ。

 ほれ、次は腹を突くぞ。

 ほれ、次は頭を割るぞ。

 嬉しそうに、また一瞬だけ気配が表面に出る。間違いなく相手は俺をいたぶっている、いたぶって楽しんでいる。……多分、こうして気配を出すのも、ワザとに違いない。


「クソッたれ……ッ!」


 愚痴の一つも零したくなる。

 何とか防ぐことは出来ても、攻めに転じることは出来ない。振るった拳や脚は空を切る。実体のない敵を相手にしているかのよう。

 ただただ、相手の気配と、振るわれる獲物の脅威が、気を抜くことを許さない。

 今のままでは、その内致命的な一撃を喰らって終わりだ。

 なら、


「ッ!」


 また気配。だが、今度はその一撃を、防ぐのではなく、流す。勢いを殺さずに、手甲の上を滑らせる。

 相手が舐め腐っているのと、直前に教えてくれてるからこそできた、おそらくは一回だけの芸当。

 そうして出来た最初で最後の隙。攻勢に転じるのなら今しか無い。この機を逃せば永久に来まい。

 一歩踏み込み、相手がいるであろう先に向けて、右ジャブを放つ。


「……ほう」


 ジャブは叩かれて終わる。最速の、そして最短距離を走った筈なのに、打ち落とされる。

 だが明確に、初めて相手に当たった。


 なら、逃さない。


 叩かれた右拳を引いて、そのまま右ストレートに切り替える。左肩を引き、地面を足の指で握りしめ、下半身の力をねじ込むように、放つ。手甲から剣は離れている。だが身まで引かれるよりも、右拳の着弾の方が早い。相手が誰だろうと、全力で確実に殴る。殴り抜ける……筈だった。

 伸ばし切った腕。空を切る拳。把握したはずの場所には何もない。そして剣の落ちる音。カラン、と乾いた音。――――剣を、捨てた?


「油断大敵、やなぁ」


 囁く様な声。ふわりと、風が舞う。方向は左。咄嗟に左拳を放とうとして……何故か一瞬の浮遊と共に、感覚が回転した。そして背中に衝撃――投げ飛ばされた?

 立ち上がろうと動く身を起こそうとするが、それよりも早く、何かが上に乗った。


「反応は上々。ここ数日の中では一番。でもまだ原石ってとこやな」


 するりと、喉元に生暖かい感覚が添えられる。ピタリと脈に添えられ、なぞられる。

 手。5本の指。

 生殺与奪の権利は、完璧に握られた。

 つまりは。今の状況は。いつかの日の焼き回し。

 違うところがあるとすれば、それは相手がアリアとは大違いなところで。


「まだ惜しいなぁ。熟すまでどれくらいやろなぁ」


 喜々とした口調で、馬乗りにされた状態で宣言される。


「もう少し強ぉなったら……またやろか」











 カンッ、と。何かを叩き合わせる音。

 視界の端で光が舞ったかと思うと、一瞬で白色に埋め尽くされる。

 思わず眼を閉じるが遅く、突然の光で視界が明滅する。

 パチパチと。何かが弾けるような、折れるような、そんな音。そして熱気――火?

 恐る恐る眼を開けると、白色の世界の中で微かに黒ずんだ人影のようなものが見えた。


「魔物を焼いとるだけや。特別性やから人体には影響ないで。触れば火傷くらいはするやろがなぁ」


 どうやら火で間違いは無いらしい。少しずつ慣れた目が周囲の様子を映し出す。

 立ち昇る青い炎。真四角の均整の取れた部屋。焼かれ、崩れ、消えゆく死体の山。

 そして少女。

 馬乗りにされている状態なので背丈は分からないが、多分俺よりも低い。ショートボブの黒髪。透き通るような白い肌。年齢は……俺よりも下だろう。まだあどけなさが残る、可愛らしい顔立ち。柔らかで、それでいて不気味な眼差しが特徴的だ。

 身に着けている着物には返り血一つついていない。腰には脇差が2本と、日本刀が1本。おそらくはあれで魔物を斬り斃したのだろう。


「アンタはまだ強ぉなる。そしたら、またやろか」

「……俺は嫌だが」

「つれへんなぁ」


 くすくすくす。楽しそうに女は笑った。この異常な世界で、それはそれは楽しそうに笑った。


「意地を張る男は嫌いやない。けど、無駄や」

「……」

「せっかくの獲物を、逃がすわけがないやろ?」


 首を撫でていた手は、既に頬に移動している。カリカリと、人の目尻を掻いている。


「それにそもそもここから逃げる事は出来ひん」

「……どういうことだ? どっかに出口があるんじゃないのか?」

「無いで。まだ、な」


 まだ。という事は、何時かは出口が出来るのだろうか?


「分からん、って顔やな。ダンジョン探索の経験は無いんか?」

「ああ」

「そうかー……じゃあ出血大サービスで教えたる。神隠しを想像すればええ」

「はぁ? 神隠し?」

「せや。要は現世とは別の世界へ迷い込んだ、っちゅうことや」


 例え話にしては要領がつかめない。今の状況と神隠しに、何の縁があると言うのか。


「別の世界? ここはダンジョンなんだろ?」

「せやで。ただ、魔物側のダンジョンなだけや」

「魔物側? ……今までいた世界じゃなくて、魔物側の世界に俺たちは今いるって事か?」

「せや」


 事も無さげに頷かれる。だが、俺からすればとんでもない発言である。

 魔物側の世界とつながる為には、魔石がこの世界に順応しなければならない筈だ。

 コイツの発言が正しいのなら、既に魔石は順応し終えているという事になる。


「魔石が順応したんなやないか、って考えとるやろ。間違うとるで」

「?」

「言ったやろ。神隠しみたいなもんやて。不定期に一瞬だけ穴が開いて、偶々その上に居た誰かが、此処に落ちるんや」

「……無作為ってことか」

「無作為言う程意志はあらへん。言うたやろ、偶々や」

「人の有無は関係ないと」

「せや」


 ……要は運が悪かったと言うだけである。救いの無さに頭が痛んできた。


「……じゃあ、まだ魔石は順応が終わってないのか」

「そういうことや。順応が終わっていたら、もっと斬り応えのあるヤツがおる。あんな有象無象の雑魚やない」


 数は充分な脅威の筈だが、コイツからすればそうではないらしい。

 考えるのが嫌になるくらいの理解の及ばなさ。

 此処に来て、漸く俺は理解した。コイツは関わってはいけないタイプの人間だ。


「……戻るにはどうしたら良い?」

「同じように穴に落ちるか、あとは魔石が順応後に出るってとこやな」

「魔石がその前に壊されたら?」

「別のダンジョンから出ればええ」


 事も無く言われるが、可能か不可能かで言えば、どれも不可能に近い。現実的に考えれば、一番可能性が高いのは魔石順応後に戻る事だろう。だがそれですら、魔石が順応までに破壊されない事と、それまで魔物の襲撃に耐え続けなければならないと言う条件付きだ。


「難しく考えているようやけど、そない構えんでもええ。寧ろ幸運に思うとこや」

「お前みたいなのに遭遇した時点で、どこが幸運だ」

「口の減らんやっちゃなぁ。イキが良くて結構結構」

「ほざけ。つーか退いてくれ」

「あらあら、すまんな」


 ヒョイ。擬音をつけるならそんな感じ。まるで羽毛が風に舞うが如く、女は軽々と跳び上がり、退いた。


「……アンタ、何者だよ」


 むくり。上半身だけ起こして、俺は疑問を吐いた。

 問うべき事は数多くある。他に知らなければならない事は幾らでもある。

 それでも。

 俺はコイツの名前を訊かなければ、コイツの存在を知らなければ、前には進めない。


「ただの冒険者じゃないだろ。アンタの目的は魔石の破壊じゃない」

「……」

「穴の存在と言い、こっちの世界と言い、詳しすぎる」

「……」

「さっきの話と言い、知識と言い、此処に来るのが目的みたいだ」

「……へぇ。存外、鋭いやないか」

「アンタ、何者だよ」


 味方、ではない。どちらかといえば敵の部類だ。

 味方、にはならない。こいつの在り方は危険すぎる。

 ニンマリと。俺の言葉を聞いて目の前の女は嗤った。外見上の可愛らしさなどかき消える、禍々しさすら覚える表情だった。




「シグレ。ただの剣士や。よろしゅうな」



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