表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/98

2-2

※20/1/20 誤字脱字修正

 酷い世界だ。

 探索しながら、俺はそんな事を思った。

 縦にも横にも広い施設内部。

 渡り廊下を渡って別の建物へ。

 規則正しく並ぶ扉と、真っ黒に染まって先の見えない窓。

 開いた室内には規則正しく机と椅子が並べられていて。

 人の気配も、匂いも、何も感じられない以外は。

 いつかのどこかでかつて過ごした場所とよく似ている。


「……気持ち悪ぃ」


 言葉が零れる。

 食い縛った歯の隙間から零れる。

 懐かしさと、不快感

 この世界の歪さに、身体が正直に反応してしまっていた。

 形だけを真似た世界。

 そこに生命の息遣いは感じられない。


「この階層も見たな。次へ行くか?」

「ああ」


 そうして、また渡り廊下を進み、次の建物へ。

 空いている掲示スペース。

 何も書いていない紙。

 誰も映っていない写真。

 壁を指でなぞりながら、一つの確信を。




 ――――ここはきっと、どこかの大学。











■ 妹が大切で何が悪い ■











 全くの知らない土地で。

 かつて見たことのある景色を見て。

 抱く想いは、どんなものだろうか。

 懐かしさだろうか。

 安心だろうか。

 寂しさだろうか。

 喜びだろうか。

 驚きだろうか。


「キョウヘイ、大丈夫か?」


 残念ながら、俺の抱いた感情は、そのどれもでもない。


「……悪い、少しだけ休ませてくれ」


 彼是2時間は探索をしているだろうか。

 変わる事のない景色。終わりの見えない道。想像の出来ない出口。悪意を感じる世界。

 それらは想像以上に俺の精神に付加をかけていたらしい。

 俺は足を止めると、備え付けのベンチに腰を下ろした。


「すまない、5分だけ休みたい」

「構わないさ」


 アリアも俺の隣に腰を下ろした。だがそれは疲弊故の行動ではなく、俺に合わせただけだ。彼女の呼吸は乱れていないし、汗一つとてかいていない。

 深く吸って、ゆっくり吐き出す。

 この疲弊は精神的な混乱が原因だ。

 なら、まずは落ち着かなければ回復は望めない。


 それにしても、考えれば考える程、ここは奇妙だ。


 現代日本……かどうかは不明だが、この建築様式は現代の色が強い。今までの、カルベやケント、マトの街を思えば、ここは異質すぎる。

 勿論、先の三つの街は発展が遅れていて、国の中心部では現代と変わらぬ技術が使用されている、という可能性はある。現代だって、発展の遅れている国はあるのが事実だ。

 ……とは言え、そんな都合の良い理屈が、今の状況に通用するとは思えないが。

 そもそも、何故こんな内部なのか。

 まるでこれでは現実世界が――――


「……世界の裏側ってか」

「どうした?」

「……いや、何でもない」


 無意識のうちに感情を口にしていたらしい。慌てて取り繕う。

 今の俺の考えは、ただの推測だ。確証があるわけでは無い。

 分からないなりに思考をする事は間違っていないが、それを正と捉えて行動する事は間違いだ。

 社会人になって、先輩によく言われた言葉。

 そして何度か痛い目を見てきた俺自身の経験。


「ん?」

「臭う、な」


 考え事をしていたら、何か嫌な臭いを鼻が捉える。

 それは俺たちが進もうとしていた、先の方から漂ってきた。


「……タイミングが悪いな。キョウヘイ、動けるか?」

「問題ない。大丈夫だ」


 アリアが剣を抜いて立ち上がる。

 まだ腰を下ろして2分程度。

 本音を言えばもう少し時間が欲しいが、そうも言っていられないのは、どの世界でも同じことだ。

 拳を握りしめ、暗闇の先に向けて目を凝らす。


「魔物か」

「だな」


 耳をすませば何かを引き摺る音も聞こえてくる。

 微かだった臭いは少しずつ強くなっていた。

 どこかで嗅いだ臭い――なんて惚けるには、記憶が新しすぎる。

 暗闇の先から現れたのは、ケントの街で目にした、あのおぞましい群れ。


「屍人か」


 口元を真っ赤に染め、土気色の肌をした死者。

 ケントで見たアイツらが、身体を揺らしながらジワリジワリと近づいてくる。

 数は……6。


「6体。そして全員が武器持ち、ね」

「先に入った冒険者、ってことか」

「多分な」


 先の門番は言っていた。12組入ったと。帰還者は1人もいない、とも。

 団体での行動。冒険者用の防具。職種毎に異なる武器。

 彼らが12組の内の1組であり、そして果てた姿と捉えるには、充分すぎる情報が揃っている。


「命を落として、魔菌に侵されたってところだろう」


 アリアは大剣の切っ先を先頭の1人に向けた。ピタリと。震えることなく止められた切っ先が、言葉よりも雄弁に次の行動を示している。


「行くぞ。遅れるなよ?」











「それっ!」


 アリアの大剣が閃く。


「魔菌って事は、魔族がいるかもしれないのか?」


 遅れて、拳を振るう。


「可能性はある。だけど、おそらくは自然発生しただけだ」


 首が跳ね飛び、行動不能になる。


「自然発生? てことは、噛まれなくても怪我をしたら侵されるって事か?」


 首の骨を折り、行動不能にする。


「いや、そこまでじゃない。効力は弱いから、死なない限りは大丈夫さ」


 アリアの大剣が炎を纏う。


「抗体の方が強いって事か」


 行動を予測し、後ろへ下がる。


「そう言う事だ。まぁ、腐敗と同じだと思えばいい」


 一閃。

 炎が渦となり残っていた屍人を飲み込む。


「……燃やせば、一網打尽か?」


 炎が晴れた後には、何も残っていない。


「そんなところさ」


 大剣を振り、熱気を霧散させる。


「で、この2体は検死用ってことか?」


 残ったのは、アリアが屠ったのと、俺が屠ったので2体。


「ま、そんなところだ。死体は語らないだけで多くの情報を持っているからな」


 テキパキと。アリアは倒れ伏した死体の服を脱がしにかかる。防具を外し、短刀で服を切り裂き、そうして露わになったのは大きく裂けた胴体。左わき腹から右肩へ向けて、線が走っている。よくよく見ると細かな傷は他にもあるが、ここが致命傷となったのは間違いない。


「死んで2日、ってところだな。刃物、それも相当切れ味の良いやつだ。大剣じゃないな……倭刀か、或いは魔法のよる斬撃か」

「わとう?」

「ああ。刀身が薄く、斬る事に特化した剣の事だ」


 つなりは日本刀の事だろうか。聞き覚えの無い言葉だが、察するにそう言う事だろう。


「防具を斬り、肉を斬り、骨を斬り、心臓まで斬り裂いている。それも一撃。余計な傷が無い」

「……この防具、獣の皮で出来ている。結構分厚いのに、一撃か」

「ああ。斬撃以外の要素は傷口から見られない。複数の魔法を併用したわけじゃなく、純粋に剣のみで斬られている。剣自体の斬れ味も相当だが、腕前も相当だな。不意を突いただけでは、ここまでは斬れない」

「……こっちの人も同じような傷だな。傷の向きは違うけど心臓まで達している」


 つまりは、このパーティーは同一の敵に殺された可能性が高い。

 だが、複数人のパーティーでそんなことが起こりえるのだろうか。

 Bランクのクエストを受注できるようなパーティーに対して、一撃で全員を屠れるような魔物がいるのだろうか。或いは魔族がいるとでもいうのだろうか。

 ……この所業を出来るだろう相手は、俺には一人くらいしか思い浮かばない。


「……キョウヘイ、リベンジのチャンスかもな」


 同じことをアリアも考えていたらしい。

 リベンジのチャンス。すなわち、かつて負けた相手。

 黒騎士。

 俺と、アリアと、そしてルドガーが。

 敗北を喫した相手。

 それも手加減をされて、だ。

 アイツなら、これくらいはやってのけるだろう。

 ……だが、


「だけど、何でここに?」


 生じた疑問を言葉にする。

 何故わざわざダンジョンにアイツがいるのか。

 目的が不明だ。


「……アイツらの世界へ帰るつもりかもしれない」

「世界の裏側ってことか?」

「ああ。だけどその為には魔石を護らないといけない。だから、ここで門番紛いの事をしている、って可能性はある」


 魔石がこの世界に順応するまでに掛かる日数は、大凡ひと月。

 元の世界に帰るために、番人として魔石を護ると言うのは、充分に辻褄の合う理由だ。


「……国に顔を売れて、褒賞金が手に入り、リベンジまで果たせる。好都合だな」

「ハッ! 強気じゃないか」


 さらに、一佳への脅威も減る。一石四鳥。相手が格上で、一度負けた相手だとしても、その怖れを飲み込んで前に進む価値は充分過ぎる。

 恐怖は意思で抑えこむ。苦い記憶は言葉で上書きする。


「行こう、アリア」

「ああ」


 黙祷をささげる。

 十字を斬り、安らかに彼らが眠れるよう祈る。

 死者への手向けは、今はこれだけ。


「リベンジだな」


 アリアは笑った。

 獰猛な獣の如く、唸る様に、笑った。











 屍人になった冒険者たちがどこから来たかは、床につけられた剣を引き摺った跡が示してくれていた。

 廊下を真っすぐ進み、開け放たれている非常扉から非常階段を通って下の階へ。数字を信用するのなら7階分は下に降りて。そうして到着したのは、階段の終わり。目の前には暗闇の中、半開きになったドア。

 一寸先は闇。ランタンの灯りすら届かぬ闇。目前の光景を写真に撮り、適当な邦題を付ければ、立派なB級ホラー映画のポスターの出来上がりだ。


「ランタンじゃ無理だな……少し待ってくれ」


 アリアはランタンを腰に掛けると、大剣を抜いて魔力を込める。瞬時に熱気が発生し、刀身が炎を纏った。ランタンとは比較にならないレベルの光源。だがそれでも、ドアの先は見えない。


「先導は私がしよう」


 一歩。先にアリアが進む。ドアの向こうへ進む。その後を追う。

 踏み入れたドアの先は、これまでと同じく人工の手が入った整備された床で出来ていた。

 違うのは闇が濃いのと、空間が広いのと、


「……随分と散らかっているな」


 床に落ちていたガラスを拾う。踏み砕かれ、破損した欠片。ガラスだけじゃなく、他の物も。それが至る所に散らばっている。先の道ではどこにも無かったものだ。

 ここでさっきの屍人たちは休息を取り、襲われたのだろうか。確かにこの暗闇なら姿を隠すのは難しくないだろうが……


「炎を少し強めるぞ」


 アリアが魔力を通し、より炎を巨大化させる。膨れ上がった炎が暗闇を払い、部屋の全容を照らし出した。

 だが照らし出されたのは、今までとは全く違う世界だった。


「何だ、これは?」


 アリアの疑問は当然だ。

 俺も意味が分からず、何度も周囲を見る。

 精巧な技術が用いられているステンドグラス。

 天井から吊るされている巨大な十字架。

 そしてマリア像。

 純白の、マリア像。


「教、会?」


 訳が分からない。混乱に混乱が上乗せさせられる。何も解決していないのに、疑問ばかりが膨らむ。

 何故此処に教会が出るのか。魔物にとって教会は天敵ではないのか。何の意図なのか。今持ちうる知識では何も答えが導き出せない。


「アリア、これって――――」

「キョウヘイ!」


 分からないなら、訊く。

 そう考えてアリアの方に身体を向けようとし――――カクン、と。身体が傾いた。

 何を、と思う間もなく視界が急速にズレる。

 そして浮遊感――落ちている?

 一瞬のスローモーション。

 アリアの焦燥の表情。視線が交差する。

 だけどすぐに視界はブレて――


「行け」


 咄嗟の言葉は伝わっただろうか。

 突然足元に空いた、黒い穴。

 飲み込まれたという自覚。

 視界はすぐに暗闇で機能しなくなった。

 重力の鎖に絡めとられて、しかしゆっくりと落ちていく。

 経験は無いけども、底なし沼に落ちていくのはこんな感じなのだろうか。

 上を見上げても落ちた穴は何処にも見えない。

 そして――――


「……っと」


 終わりは突然に。

 足が固い物に触れ、落下が止まる。濃密な暗闇のせいで、どこに目を向けても何も見えない。

 懐からサイリウムを取り出し、光源として使用するが、正直言ってこれだけじゃ心許ない。

 カンテラは持っているが、魔力を込めて発光させるタイプなので、俺じゃ使えないのだ。


「さて、じゃあ……っ!」


 目的を声に出して自身を奮い立たせようとした、その矢先。

 膨れ上がる無数の気配。

 沸き立つ生臭さ。

 思わず拳を構え、気配の方を向く。


「……くそっ」


 何も見えない。

 見えない、けどいるのは分かる。

 大量に蠢いているのが、分かる。

 ……合流するのは遅れそうだ。

 頬を伝う汗を感じながら、そう俺は思った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ