2-1
一区切りつけての新章。
大体10話くらいで一区切りつけたいです。
※20/1/20 誤字脱字修正
マノの街から馬車で南東の方向へ2時間程進むと、山岳地帯に到着する。
ファニー山岳地帯。
この山岳地帯を、道に沿ってさらに1時間ほど進むと、一つ目の峠を越える。
開けた空間。広がる雄大な景色。人工の手が加わる余地のない世界。
ただの観光で来たのなら、峠から一望できる世界を見て、きっと感動の一つでもしただろう。
……だが残念ながら、目的は観光ではない。
さらに15分ほどかけて、緩やかな坂を下る。
そうして到着した平原が……今回の目的地だ。
「やっと着いたな。長かった」
「ここか?」
「そう。ここだ」
「て事は、目の前にある黒い靄が、ダンジョンって事か」
「そうだ」
「洞窟みたいなのを想像していたんだが……あの靄の中に入って、魔石を探して、壊せばいいのか」
「そう。それがクエストの達成条件」
「……内部がいまいち想像できないんだが」
「想像するだけ無駄だ。内部は不確定で不定期に姿を変える」
「……聞いていないぞ。常識は通用しない、とは聞いたが」
「同じ事さ」
■ 妹が大切で何が悪い ■
「止まれ。此処から先は許可無しでは立ち入り禁止だ」
「許可なら、これを」
「……冒険者か。ダンジョンに入った事は?」
「過去に1度だけ」
「経験者か。なら、説明は不要だな。質問は?」
「現時点での帰還者は?」
「今のところ0組だ」
「入った組数は?」
「12組だ。先ほど通した2組が入ったなら、14組になる」
「最初の冒険者が入ってから何日経過している?」
「5日だ。尚、ダンジョンを確認してから6日が経過している」
「……承知した。情報、感謝する」
「君たちは15組目だ。無事に帰還できるよう祈る」
門番に通されて、手製の柵で仕切られた内部へと入る。
坂を下っていた時からある程度内部構造は見えていたが、実際に入って見ると内部は質素そのものである。
積み荷が幾つか。
掘っ立て小屋が2つ。
先ほどの門番と同じような装いをした人物が、片手で数えられる程度。
俺たちと同じような冒険者風の装いをした人物が、2組。
そして中心部には、巨大な黒い靄。
ただ、それだけ。
国から依頼が出るにしては、あまりに簡素で質素。
「まぁ、日数が経過すればするほど充実するさ。初期は魔物が溢れ出る危険性が低いし、この程度だ」
アリアの経験や、過去の実績と照らし合わせると、この状況は特段不可解な事ではないらしい。
初期は高ランクの魔物が溢れ出る危険性が低い。もちろん例外はあれど、大抵の場合は知能も実力も未熟な魔物がいるだけなので、大掛かりな拠点整備を早急に行わなければならない、と言うわけでは無い。
本当に危険なのはダンジョン生成から日数が経過し、高ランクの魔物や魔族が入ってきた場合。
そうなると、一介の冒険者や兵士では太刀打ちできなくなるので、その前に拠点の整備を済ますか、魔族と対抗できるような実力者が必要となる。
目途は、大凡ひと月。
ひと月程度で、魔石がこの世界に順応し、世界の裏側とつながる穴を開くことになる。
「……けど、帰還した組が0なのは予想外だ。4日もすれば1組くらいは帰還していると思ったが……」
「ダンジョンの内部が広い、とか?」
「……可能性はある。魔石次第ではあるが、過去に広く複雑なダンジョンが生成された事例もある。まぁBランクでも受注可能なクエストだったから、そこまで広くは無いだろうが……」
仮に内部が広大なら、俺たちの装いは攻略に不利だ。
アリアも俺も軽装である。それは余計な荷物を持つことで、行動が遅くなるのを防ぐためだ。
ダンジョン探索は大別して2通りの攻略方法に分けることが出来る。
長期的に滞在することを見越して万全の状態を整えるか、或いは短時間で探索と破壊を済ますべく最低限で済ませるか。
俺たちはそもそも2人組なので、後者を選ぶしかない。
前者は基本4人以上のパーティーで行う。2人組で前者を選ぶとなると、かなりの重装備になってしまうのだ。
「一先ず中に入り、ある程度の状況を把握しよう。場合によっては一度戻る事も視野に入れる。Bランクの分類が正しくない場合もあるしな」
クエストは依頼主からの情報だけで判断するわけでは無い。過去にあった同じ様なクエストの実績や、クエスト周辺の環境も加味される。
例えば先日の熊との戦闘も、
・ただの獣×過去に実績有り×郊外の森
だからCランクに分類されていたが、
・ただの獣×過去に実績無し×街のすぐそば
だったらBランクに上がっている可能性が高いのだ。
「覚悟は良いか?」
「いつでも」
互いの拳と拳を合わせる。カツッ、と。金属の籠手が音を鳴らす。
アリアも俺も装いを一新している。
アリアは竜の鱗を埋め込んだ防具を身に着けた。見た目は然程変化ないが、軽量化と防御機能の強化がされている。そして新しい大剣を購入。大きさは今までのと変わらないが、魔力を込める事で熱を帯びる仕組みの代物らしい。こちらは竜の牙を素材として組み込んでおり、見た目の割には軽く、そして防具同様に頑丈である。
俺はボロボロのスーツ姿から、この世界に合わせた服装になった。服の名称はよく分からないが、とりあえず冒険者っぽくなった。そして籠手とレガース。籠手は右手は竜の体毛を組み込んだ布製、左は竜の鱗を埋め込んだ金属製。見た目に反して、かなり軽い。現実で言うところのカーボン製みたいなものなのだろう。一応説明はされたが、技術のベクトルが現実とは違い過ぎて、理解は早々に諦めた。とりあえずは動きに支障が無ければ、それでいい。
ちなみにこれらの購入資金は、魔族退治によるギルドからの特別褒賞金と、ベッグ家・トリーシャ家からの謝礼から出ている。合計すればかなりの額だったが、防具と武具購入で9割は吹っ飛んだ。竜が関わるものは最上品となり、それだけ値段も高額なのだ。現実世界ではまずお目に掛かれない金額が、右から左へ消えて行った。
多分、似たような経験をする事は、当面無いだろう。
「君たちは2人で攻略しようってのか?」
いざ入ろうと一歩踏み出したところで、後ろから声を掛けられる。
2人……多分、俺たちの事だろう。
振り返ると、俺たちと同世代くらいの男がいた。
「忠告だ。止めといた方が良い。せめて4人以上のパーティーを組むことを勧める」
爽やかそうな男だ。顔を見て、俺はそう思った。茶髪の、目元が涼し気な優男。一般的にイケメンと言えるだろう顔だ。
性格も……まぁ、悪くは無いのだろう。こうやって心配して忠告をしてくれるのだから。
……だが、
「忠告は受け取ろう。だが、無用だ」
「心配だ。俺たちと一緒に行かないか」
「結構だ。たらしは性に合わん」
……まぁ、言いたいことはアリアがズバッと言ってくれた。歯に衣着せぬ言葉だった。
アリアの言葉を聞いて、男の笑みがやや強張る。
そしてそれ以上に、男の後ろから凶悪なプレッシャーが発せられる。
「ユウト様に何て口きいているのかしら」
「存在が害悪。……呪っていいって事だよね」
「……ユウト様の好意を踏みにじるか、女」
「新しい魔法の実験台決定ね」
「殺す」
男――どうやらユウトと言うらしい――の後ろには、女性が5人いる。
いずれも、同じパーティーメンバーらしく、アリアの発言に分かりやすいほどに反応をしている。……反応し過ぎて、気持ち悪いくらいだ。
たらし、と言うのは決して間違った表現ではない。と、俺は思う。経緯や理由は不明だが、5人の女性を侍らせているようなパーティー構成。たらし、だけでは表現するには足りないくらいだ。
「たらしにたらしと言って何が悪い。性に合わないのは仕方が無いだろう? 許せ」
「黙れ、口を開くな、耳障りだ」
「なら、5人でそれが余計な事をしないように見張って置け。邪魔をしたのはそれだぞ?」
「余程死にたいらしいな」
「理屈に感情で返すな。そもそも最初に侮辱してきたのは、そこのそれだ」
「……もういい、死んで」
このやり取りの間、男は何も発していない。それどころか黙ってアリアを見ている。
訂正しよう。アイツの性格は、良し悪しで測るものでは無い。
何を考えているか分かりたくは無いが、まともな感性の持ち主なら、自分の仲間が言い争いをしている状況で黙って見ている筈がない。
「……そこまで。アリア、行こう」
「そうだな」
「待て!」
「これ以上は、アンタらの非になるぞ」
もう一組の冒険者、そしてアルム王国から派遣されてきた兵士たち。彼らの視線は俺たちに向けられている。
最初こそ好意を無下に扱ったような形に映るだろうが、今ならば彼らが俺たちに非が無い事を証明してくれるだろう。
相手もそれが理解できる程度には冷静さが残っていたらしく、睨むばかりで剣を抜いてこようとはしな――――
「『影鬼』、出て来て」
……訂正。1人、とんでもないのがいた。
5人の中で一番小さな子が、自身の影から何かを生み出す。
それはみるみる大きくなると、人型に変貌した。
「狙いはそこの女。八つ裂きにして殺して」
そしてとんでもない事をさらっと命令する。
その命令は冗談ではない様で、人型は一蹴りで俺たちの目の前に着地し――――
「っ、あああああああああああっっ!!?」
反射的に。着地した人型の、その頭部に拳を振るう。
想像していた以上に柔らかさに拳は突き抜け、頭部が砕けると、人型は振りかぶる間も無く消え去った。
同時に叫び声。
何かと思えば、先ほどの少女が泡を吹いて倒れたところだった。
「っ! ミリア! お前、よくもっ!」
「え、俺のせい?」
「はっはっは、やるじゃないか」
「待て! 逃げるな!」
「行くぞ、キョウヘイ。見事な一撃だったぞ」
「いや、訳が分からな――――て、アリア! 待てって!」
■
アリアを追って靄の中に飛び込む。
外の光はすぐに遮断され、一寸先も見えない闇に視界が覆われた。
だがそれはわずかな間だけで、飛び込んだ勢いのままに2、3歩進むと、闇が開けて薄暗い世界を映した。
人工の力で整備された通路。
コンクリートの床。
僅かに黄色が含まれた白色の壁
そして、
「来たか。さぁ、行こう」
「あー……アリア、待ってくれ」
「さっきの事を気に欠けているのか? その必要は無い。あの少女は多分呪術師だ。泡吹いて倒れたのは、呪い返しのダメージを負っただけだ」
「あ、いや、まぁ……それはそれでよくて……」
「なんだ? どうした?」
歯切れの悪い俺を心配しているのだろう。困ったようにアリアは眉根を寄せた。
俺は俺で今の困惑を言葉にしたいが、適した言葉が見つからない。周囲を見回して、まだ受け入れられない事実に眉間を揉んでしまう。
「どうした? まさか、アイツらに別の呪いを喰らったか?」
「いや、違うんだ……」
大きく息を吐き出す。吐き出して、視線を上にずらす。
そこにはダンジョンに入って真っ先に目にした、この世界ではありえないモノが存在している。
――――誘導灯
緑色の、あの、非常時に誘導する、どこの公共施設にもある、それ。
現実世界ならばありふれた、それ。
それが、視線の先の、天井に。
設置してある。
「……なぁ、アリア。ダンジョンってのは、こういう内部なのか?」
「今回のは私も経験がない。初めてだな」
「前は違ったのか?」
「ああ。前は地底湖みたいな感じだったな」
だとすれば、今回はかなり特殊なのだろうか。
誘導灯だけじゃない。
天井に見える室内用エアコンの通風口。
明かりの付いていない蛍光灯。
自動販売機。
そのどれもが、現実世界ではよく目にし――この世界では一切見ないモノだ。
「言っただろ、常識は通用しないって。ダンジョン内部は魔石の力で姿を変え続ける。今の外観ですら、何かの拍子で変貌するぞ」
冷静なアリアの口調に、少しだけ鼓動が落ち着く。
聞きようによっては突き放すような冷淡さを覚えるかもしれないが、混乱と焦りで乱れた俺の心には何よりも効果的だ。
「……ああ、分かった」
頬を強く叩き、気合を入れ直す。
多少不意を突かれたくらいで混乱するなど情けない限りだ。
前向きに考えればいい。見慣れたこの外観は、俺の常識が通用するという事でもある。
おそらくは現代日本の、どこかの施設の内部。
どこかの会社の内部か、或いは空きビルなのか、それとも公共施設なのか。
それは探索しながら分かればいい。
「すまない、少し混乱していた。行こう」
「ああ」
生きていれば不思議な事の2つや3つくらいある。
それは誰の言葉だったか。
何にせよ、その通りだ。
今更ながらに、そんな事を俺は思った。
※名前だけ設定して、多分もう出てこないキャラ
『大巨人』
・黒騎士に殺されました。二つ名の由来は、魔法で通常の人の3倍の大きさになることができたから。