1-EX
その頃の、あの人は、的な。
番外編。
そして一区切り。
※19/6/16 誤字脱字修正
※20/1/20 誤字脱字修正
きっかけは友達に誘われたから。
たったそれだけだった。
今から半年くらい前の、ある夏の日の事だった。
「ゲームの世界に入る事が出来るゲームがあるらしいよ、だったけなぁ……」
友人のかんなはそう言って、あるゲームの事を教えてくれた。
それは異世界を旅するゲームらしくて、それも画面を通してではなく、自分自身が異世界の住人としてゲーム内で生活できるというものだった。始める前にはステータスを割り振って、能力値や外見を好きなようにカスタマイズも出来るという代物。
……我ながら良くもまぁ、そんな怪しげな噂を試したものだと思う。あの時は成功するなんて万が一にも思っていなかったとはいえ、今にして思えば考えなし過ぎる行動だった。
何せ結果として――――私はゲームの世界に入ってしまったのだから。
「……どうしているのかなぁ」
みんなはどうしているのだろう。元の世界はどうなっているのだろう。
私は本当にいなくなってしまったのか。意識だけ飛んでいるのか。
高校一年生の夏休みから、私はどうなっているのだろうか。
「会いたい、なぁ……」
パパに。ママに。お兄ちゃんに。おじいちゃんに。おばあちゃんに。かんなに。陽菜に。友達に。
この世界に来て、そんな事ばかりを私は考えている。
勿論考えるだけでは無くて、今の自分の立場を利用し、帰る為の情報も探してはいる。
けど、まだ、これと言った情報は見つけられてはいない。
「かんなは無事、かな」
一緒にこの世界に来たかんなとは、初日に分かれた。
理由は方向性の違い、的な感じ。
もう少し詳しく言うと、かんなは最初に訪れた街にいた冒険者に一目ぼれして、彼についていってしまったのだ。
私はその冒険者が何となく胡散臭かったので、ついてはいかなかった。
その頃はこの世界の危険性なんて分かっていなくて、別れてもすぐに会えるだろう、なんて思ってもいた。
そう思って……もう、半年も経過している。
かんなの安否は、全く分からない。
ギルドを通して、そして今の地位を利用して探してはいるが、全く情報が入ってこない。
「……帰りたいよ」
もう何度この言葉を零しただろう。
あの時、話に乗らなければ。
試してみようなんて思わなければ。
笑い話にしておけば。
明日の事を考えていれば。
三人で連絡を取り合っていれば。
後悔は際限なく湧いて、募って、そして膨らみ続けている。
「もう、嫌だよ」
土地の浄化も。
魔物を祓うのも。
魔法を行使するのも。
大層な名を背負うことも。
課せられた責務を果たすことも。
ただただ耐え続ける日々も。
――――全て、嫌だ。
私の名前は橘一佳。
今はこの世界で、『聖女』として生きている、元女子高生です。
■ 妹が大切で何が悪い ■
「先日の発令により、一先ず身の程知らずの有象無象はいなくなりました。ですが、条件をクリアして再び訪れる輩もいるでしょう。ヴァネッサ。現時点でAランクの冒険者で、且つイチカ様の同行を求めたパーティーは、どれだけいますか?」
「3組です。ギルドに照会したところ、どのパーティーもAランクに足る実績を有しておりました」
「魔族を斃した実績を持つパーティーは?」
「1組。但し、今からひと月前です」
「数は?」
「1体のみです」
「その程度で『聖女』の身を預ける事などできませんな。例え条件を満たそうとも、許可は下せませぬな」
「そもそも何故『聖女』の身を欲するのか。他にも魔族を斃せる者はいるだろう」
「とは言っても、現時点で所在が分かっているのは、『聖女』か『炎帝』だけです。『炎帝』は戦闘方法が特殊ですし、『聖女』の方が協力を取り付けやすいと踏んだのでしょう」
「『鬼神』や『氷眼』は?」
「所在が分かりません。定期的に上がる被害で2人の生存は判明していますが……彼らは危険人物です。手を組みたがる者はいないでしょう」
「他にはいないか?」
「『雷槍』、『水刃』、『白扇』、『黒翼』、『影法師』は行方不明。『大巨人』、『銀弾』、『燈火』は死亡が確認されています」
「イチカ様、そして私を除き、この教団内で単独で魔族を斃せる者は何人いる?」
「5人になります、プレッソ教皇。レーニア大司教、コルダ大司教、フィリップ大司教、そして『聖女』の付き人である、ターニャ殿とカタリナ殿です」
「……魔族を斃したと言えば、発令前に4体斃した者がいると聞きましたが」
「それならばフェルム王国の――――」
「……また私を無視した会議、かぁ」
使い魔を通して、会議の内容を盗み聞きする。
会議の内容は、直近で私を魔族退治の一員としてパーティーへの同行を求めた冒険者たちについて。
この国――イーリス聖教国は私を手放したくなく、つい先日にかなり厳しい条件を発令した……らしい。私は何も知らされていない。何も聞かされていない。
おかげで私の身が危険に晒される可能性はかなり低くなったけど、代わりに行動にかなりの制限が課せられることになる。
イーリス聖教国外に私個人の意思を以って出る事は、絶対に無理だ。
出るなら――内密に、忍ぶしかない。
「……それもハードなんだろうけど」
今現在、私には護衛と言う名の監視が付いて回っている。誰もが『聖女』を崇拝してやまない信者であり、『聖女』を護る為に厳しい訓練を耐え抜いた精鋭だ。回復、そして魔を祓う事に特化した私では、とでもではないが監視から逃げることは出来ない。……今だって扉の外には2人以上が待機しているし、魔法で編まれた術式が部屋を囲う様に張り巡らされている。それは何かが起これば――いや、起こる前に『聖女』の身を護るため。
……私の意志は、どこにも無い。
「飛べたら、なぁ」
鳥のように飛べたら、抜け出せるだろうか。そんな事を考えたけど、すぐに現実に打ちのめされる。魔法で絡めとられて、縛り上げられて、連れ戻されるのがオチ。悲しい事に、簡単にそんな絵が頭に浮かんだ。
何でシスターにしたんだっけ。魔法に憧れたなら、魔法使いで良かったのに。
ネット小説とかの影響だったかもしれないけど、シスターを含む聖職者にしなければ良かった。……あぁ、思い出した。聖職者って響きがカッコよかったからシスターにしたんだっけ。大失敗。
私は武器無しでも魔の属性持ちを斃せる。傷ついた仲間の回復だってできる。
でも、それだけ。
お世辞にも身体能力が凄いとは言えなくて、耐久力だって並み。
魔法は……扱えなくないけど弱いし、闇魔法は絶対使えない。
それに精霊とも仲が悪いし、使い魔だって頑張ってもトカゲ一匹くらい。
特性のせいで魔の属性持ちには仇を見るかのように最優先で狙われるしで、良いところは全然無い。
――――コンコン
「イチカ、入るよー」
考え事をしていたら部屋をノックされる。そして返事を待たずにドアを開ける音。
我に返った時には遅く、振り返った先にはこの世界で出来た私の友人がいた。
「っ! もう、ターニャ! いきなり過ぎ!」
「ごめんごめん。でもボーっとしているイチカも悪いよ? 寧ろ私で良かったじゃん」
悪びれる様子も無く友人――ターニャはケラケラと笑った。灰色の髪の毛が、笑い声に応じる様に揺れている。
ターニャは私がこの世界で初めて回復魔法を行使して救った人で、それからずっと私と一緒にいる仲間。
『聖女』としてこの国に迎え入れられた後も、変わらず彼女は接してくれている。
「カタリナは?」
「訓練中」
「ヴァネッサは?」
「会議中」
カタリナとヴァネッサ。2人とも私の大事な友達。でも2人とも、私が『聖女』になってから少し変わっちゃった。
カタリナは元軍人で、規律に厳しい子。私が『聖女』になってからは、『聖女』を護る為に厳しい訓練を自分や他人に課していて、ここ最近は全く話せていない。
ヴァネッサは元ギルドの受付で、頭の良い子。私が『聖女』になってからは、私の秘書として色んな物事を一手に引き受けていて、ここ最近は全く話せていない。
でもそれは私だけでなくターニャも同じみたいで、最後に4人で話が出来たのは、もう1ヶ月は前の事だと思う。
「ヴァネッサなら会議前に少し話せたけど……今日も一緒に食事できそうにないってさ」
「そっ、か。カタリナも?」
「分かんない。話せてないよ。忙しいからって、話すらさせてくれなかった」
2人とも多忙の身であることは分かっている。
だけど、それでも。私は昔と同じように、4人で話がしたかった。それは我儘であるんだろうけど、そう思っちゃうのだ。
「ま、そんな顔しないで。良いニュースがあるんだ」
「良いニュース?」
「そう。名無しの奴らで魔族を退けた奴らがいるらしいんだ」
魔族。人の天敵。私が『聖女』の名を担い続ける限り敵対しなければならない相手。
「なんでも3人で4体斃したらしいんだ。街ではそれなりに話題になっている」
ターニャの話を聞いて、ちょっと私は驚いた。
魔物ならともかく、魔族を斃すとなれば普通の人ではかなり難しいのだ。そもそもの身体能力や耐久力が違うから、それこそ退魔や祝福等の対魔特化能力を持っていないと、相手にすらならない。
逆に言うと、魔族を斃せる人間は数が非常に少ないから、自然と世間でも名が知られている。
だから、全くの無名の人間が斃したって言うのは、本当に珍しい事なのだ。
「それで、さ。3人の内の1人が珍しい名前だったんだ」
「珍しい?」
珍しい名前と言うのは、私と同じように現実世界からやってきた人という事なのかな。
少しだけ。同情を覚える。
だって。この世界は想像しているような楽しい世界ではないから。少しの好奇心で、死んでしまう世界だから。
「そう。聞いて驚くなよ。そいつ、キョウヘイって言うらしいんだ! キョウヘイ・タチバナ!」
その言葉に。
その名前に。
私は。
■
私にはお兄ちゃんがいる。
年齢は10離れていて、私が中学生になったと同時に社会人になったと思う。
年が離れているせいか、友達の言う様な兄妹ケンカみたいなことは全然無かった。
あまりおしゃべりなタイプじゃなかったから、会話は私からしていた。あんまりお兄ちゃんから話しをしていた記憶は無い。
仲は良かった、と思う。
パパやママに兄妹比べられて育てられた、なんてことはなくて。
何か困ったときはいつだって助けてくれて。
どうでもいいような連絡にだって反応してくれた。
「キョウヘイ・タチバナ……?」
「そ! 前にイチカが言っていたお兄さんと同じ名前!」
無邪気にターニャが笑っている。
でも私は聞いた名前と、お兄ちゃんの名前が頭の中でグルグル回って、全く笑えない。
キョウヘイ・タチバナ。
橘恭兵。
私のお兄ちゃんが……この世界に来ている?
「イチカは前にさ、家族は遠い国にいるって言っていたじゃん! でももしかしたら、イチカのお兄さんが来たのかもしれない!」
来……た?
ゲームが苦手なお兄ちゃんが?
このゲームの世界に?
でも、どうやって? 何で? 誰から聞いて?
「今はフェルム王国の国境付近にいるって! 近くまで来るかもよ!」
ターニャの言葉は耳に入らない。
頭の中で疑問が渦巻いている。
そしてそれは恐怖へと変わり、私の口から飛び出た。
「……死んじゃう」
「へ?」
「お兄ちゃんが、死んじゃう」
このままだと。お兄ちゃんは。
「ど、どうしたのさイチカ。何が――――」
「ダメ、お兄ちゃんが死んじゃう! 魔族に殺されちゃう!」
何て酷いタイミングなんだろう。
よりにもよって、魔族が活発に動いている時に来るなんて。
来たばかりのお兄ちゃんじゃ、魔族には勝てない。殺されちゃう。
「ダメ……どうしよう、ターニャ! このままじゃお兄ちゃんが!」
「ま、待って!? 勝ったんだよ? キョウヘイって人は魔族に勝ったんだよ!」
「っ! でも、分からない! 噂でしょ! 会いに行かないと!」
ターニャはお兄ちゃんがフェルム王国にいるって言っていた。ここからだと、最短で1週間くらい。
お兄ちゃんは、一番この世界が危険な時期に来てしまった。
何で来たのか、とか。
どうやって来たのか、とか。
疑問は数あるけど、私はお兄ちゃんを助けなきゃいけない。
お兄ちゃんは強い。
強いけど、魔族の強さは別なモノ。
そして魔族に一番強いのは、私だから。私が護らないといけないから。
「ええい、ちょっと待って。今の状態じゃ出れないよ?」
「そ、それは……」
現実を思い出す。
そうだった。私は保護と言う名のもとに囚われている身だ。
ターニャの言う通り、まずは厳重な囲いを脱出しなきゃ話が始まらない。
「とりあえず……策を考えよ? 落ち着いて?」
「う、うん。ゴメン……」
「良いって! 久しぶりに元気なイチカを見れたしさ!」
そう言ってターニャは笑ってくれた。
私の不安を吹き飛ばす様に……ううん、様にじゃなくて、吹き飛ばすために笑ってくれた。
「とりあえず考える時間を取ろう? 明日また来るから、その時に案を出し合おう」
「うん、ありがとう」
ターニャの言う通りだ。
私が混乱してはダメ。
まずは落ち着いて、抜け出す案を考えないと。
ターニャを見送り、静かに、落ち着ける様に、息を吐き出す。
深く、深く、息を吐いて、出し切って、止める。自然と呼吸が落ち着く。
お兄ちゃんが教えてくれた、緊張を解く呼吸の仕方。
……今まで何度もお兄ちゃんに助けてもらった。
なら、今度は、私が助ける番なのだ。