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※20/1/20 誤字脱字修正

 あの最後の一撃を喰らった後で、覚えている事は殆ど無い。

 右拳を握りしめて、振るった。ただそれだけ。

 腹部を貫かれた衝撃も、熱さも、激痛も。

 全てはもう、過去の事。




 今からもう4日も前の事。











■ 妹が大切で何が悪い ■











 結論から言えば、皆生きていた。

 腹部を貫かれた俺も。倒れ伏していたアリアとルドガーも。

 クシーも、ノーヴさんも、ティルも、ミルさんも。そしてゴーレムも。

 皆生きていた。

 皆生きて――――今は国境を境にケントの反対に位置する、マノと言う街に滞在している。




「――――まぁ、つまりは、私たちは負けた上に見逃されたって事だ」


 目覚めた1時間後。様子を見に来たアリアが、倒された後の事を教えてくれた。

 アリアは俺が目覚めるより半日早く目を覚ましていたらしい。

 説明を簡略化し時系列順にすると、俺たちがケントの街から救出されたのが、正午頃。ミルさんが救難信号を発動してくれたおかげで、アルム王国側の国境警備隊が救出に来てくれたのだ。そのまま一番近くの街であるマノに運び込まれて治療を受け、貴族専用の邸宅にて静養。アリアとルドガーが目覚めたのが救出から丸1日経過した後であり、俺はさらにその半日後に目を覚ました、というわけだ。


「3人とも黒騎士に敵わずに倒された……止めを刺される事無く、な」

「何でだ?」

「分からない。だが止めを刺される事無く見逃され、おまけに傷を治癒されると言う情けを掛けられたのは事実だ」


 状況の説明……の端々に忌々しさが含まれていたのは負けた事への悔しさか、或いは腹立たしさか。

 黒騎士の思惑がどうであるかは知らないが、命がある事への尤も合理的な回答はアリアの言葉の通りなのだろう。ジャックとの戦闘で負った傷は勿論、黒騎士貫かれた筈の腹部も完治していた。痛みと疲労こそ残っているものの、傍から見れば健康体そのものだ。


「まったく、屈辱以外の何物でもない」


 生きているとはいえ重傷を負っている事に変わりは無いと言うのに、アリアは体調の悪さを感じさせる事無く平然としていた。身体は包帯で覆われ、動くことも辛いだろうに、そんな素振りは一切見せなかった。……元気がないよりは百倍マシであるが。

 それが2日前の事。

 ……さらに2日経った今日に至っては、怪我の影響を感じさせる事無く元気に運動を開始していた。

 ちなみにリハビリではない。

 街の外に出て魔物を狩る事をリハビリとは絶対に言わない。

 百歩譲ってリハビリだとしても、背丈の倍以上もの大きさの魔物を相手取るのはリハビリではない。


「高価な回復薬を使ったとは言え、あんな動けるもんなのか」

「個人差はあるがな。それにしたって4日で快方し動くことが出来る奴はそうはいねぇ」


 アリアの大剣が、巨大な熊を一太刀で屠る。

 絶命の声さえ上げる間もなく首が飛び、巨体が力なく地に付した。

 ……熊の一撃を避けた時と言い、大剣を振るう動作と言い、本当に怪我人だったのかと疑いたくなる。見惚れるくらい流れるような無駄のない動きだ。

 リハビリ兼資金の調達の為、アリアとルドガーと共に街の外れにある森まで害獣の討伐に来たが、このペースなら昼前には帰れるだろう。


「……言っとくがな。キョウヘイ、お前も大概にしておかしいからな」


 呆れた様子でルドガーが言葉を吐く。その眼は俺と、そして俺の足元に倒れ伏す熊を交互に向けられている。つい先ほど襲ってきたところを返り討ちにした奴だ。


「素手で熊を殺す奴なんて初めて見たぜ」

「……俺も初めてだよ。上手く急所に当たってくれたおかげだ」


 嘘ではない。熊を殺したのは初めてだ。現実世界では熊なんて相手にした事が無いし、そもそも動物と素手で相対した事が無い。今までの俺なら、間違いなく殺される側だっただろう。

 だが短時間で幾つもの戦闘をこなしたせいか、或いは死にかけたせいか。俺は奇妙な感覚を掴んでいた。

 感覚的なところなので上手く言語化できないのだが……あえて言葉にするなら、分かるのだ。

 相手の次の行動が。その行動を取った後の流れが。自分が何をするのが最善なのか。

 それらが、分かるのだ。


 この熊だって、そうだ。


 背後から襲って来る事も。

 右腕を振りかぶって来る事も。

 狙いが俺の頭部であることも。

 一撃で仕留めるべく全力を出してくることも。

 全て分かっていた。

 だからタイミングに合わせて避ける事も、避けた後に攻勢に転じる事も、隙だらけの首に狙いを定める事も、一撃で折る事も、難しい事ではなかった。


「早く首を切り落として、討伐の証明を持って帰ろう。腹減った」


 ルドガーを促しつつ、気付かれないように自分の右手を後方に向けて振るう。

 身体を覆う、妙に鋭敏な感覚。空気とは別種の、視えない膜のような物。

 振り払う様に振るったそれは、全く離れることなく俺の身体にくっついたまま離れはしなかった。











「ところで2人はこれからどうするんだ?」


 ターゲットである熊3体の討伐を終え、マノへと戻る馬車の中。

 ミルさんお手製のサンドイッチを頬張りながら、ルドガーが唐突に話題を振ってきた。


「イーリス聖教国を目指すって言っていたが」

「ああ、その通りだ。ある程度体力が回復したら……まぁ、早ければ明後日にはイーリス聖教国を目指そうと思っている」


 もう出発できる程度には回復している。回復自体は方便だ。これからイーリス聖教国を目指す為に情報を入手して準備をする、となると明後日くらいが最短になろうという見立てなだけだ。

 俺の返答にルドガーは一瞬だけ顔を顰めると、懐から折りたたまれた紙を取り出した。


「その様子だと今朝の情報は知らないみたいだな……これを見ろ」

「……イーリス聖教国本国への入国制限?」

「ギルドでのランクがA以上で、且つ指定ギルドの推薦が5つ以上無いとダメ? どういうことだ?」


 寝耳に水の話だ。俺もアリアも、こんな話は聞いていない。


「各地で魔族、魔物による被害が生じている。それらの討伐の為、勇者を名乗る奴らが大挙してイーリス聖教国を訪れ、聖女をパーティーに引き入れようとしたらしい。要は門前払いの為の措置だな」

「条件がかなり厳しいな……なるほど、聖女を守るため、か」

「そう言う事だ。危険に晒される事を防ぐのが目的だろう」

「……これはイーリス聖教国に入る事すらできない、って事か?」

「いや、ちょっと違うな。入国できないのはあくまでも本国、つまりは中心部だけだ。イーリス聖教国自体には入国できる」


 ……話を聞く限り、どうやらイーリス聖教国の中に、もう一つ国があるらしい。バチカン市国みたいなもののだろうか。

 何にせよ、イーリス聖教国の本国へ入国するためには、この紙に書いてある条件を満たさなければならないわけだ。


「2人のランクは幾つなんだ?」

「私はBだな。キョウヘイは登録したばかりだから、Eランクだな」

「Eランク? その強さでか? 何の冗談だ」

「旅をするのが初めてで、ギルドの存在も知らなかったんだよ」

「もったいねぇ……まぁ、いい。ケントの案件もあるし、推薦状を書いてやる」


 推薦状。確かアリアが最初に説明をしてくれていた、ランクを上げる手段の一つ。

 確かに書いてくれるなら助かるが……


「いいのか?」

「良いに決まってんだろ。今こうやって俺たちの命があるのはお前らのおかげなんだ。これぐらいさせろ」

「すまん、恩に着る」

「着られる筋合いは無いっての。それよりさっさとAランクに辿り着けよ」


 そう言ってルドガーは笑った。

 少しだけ寂しそうな笑い方だった。











「じゃあ俺は一旦実家に戻る。推薦するにもベッグ家の判が必要だからな。三日あれば戻れるから、それまではここの邸宅を使っていて構わない。前払いで支払いは済ませとく」

「悪いな。何から何まで」

「構わないっての。じゃ、皆行くぜ」

「はい、兄さん。じゃあね、アリアさん、キョウヘイさん!」

「はい。それでは。またお会いできることを楽しみにしております」

「アリアさん、キョウヘイさん。お2人のご武運をお祈ります」


 善は急げ。そう言ってルドガーは、実家へ戻る事をすぐに決めた。

 ノーヴさんはルドガーに御者として雇用されたため、ルドガー御一行と共にベッグ家へと向かった。




「この度は愚妹をお守りいただきありがとうございます。ほら、クシー!」

「は、はい、兄様! アリアさん、キョウヘイさん、この度はありがとうございました! このご恩は決して忘れません!」

「何かございましたらトリーシャ家をお訪ね下さい。微力ながらお力添えできればと思います」


 クシーとゴーレムは迎えに来た兄の手で、実家へ戻る事となった。

 イサミ・トリーシャと名乗った彼は、礼儀正しい好青年で、クシーと同じく利発そうな方だった。

 ちなみに余談ではあるが、クシーが魔物調査でケントに向かった事は誰にも言っていなかったらしく、トリーシャ家では一騒動起きていたらしい。クシーは兄の手でしっかり拳骨を喰らっていた。自業自得である。




 そんなわけで。

 ルドガーが戻って来るまでは、この邸宅に居るのは俺とアリアの2人だけだ。

 貴族用の邸宅は広く、今日に至るまでの騒がしさを思うと、寂しさが際立つ。

 ……こんなことなら庶民用の宿屋に滞在すれば良かったと思うが、好意は好意なので甘える事にする。自由に使えるお金がそんなにあるわけでもないのだ。


「とりあえずは推薦状でランクが上がるまでは、2人でクエストを受注しよう。私がいればBランクは受注できる」

「Bってのはどんな内容になるんだ?」

「主に魔物の討伐だな。今の私たちなら問題はあるまい。ちなみに今朝の熊の討伐は、Cランクだ」

「魔物、か」

「魔族に比べれば可愛いものだ。魔族となるとA以上だからな」


 最低ランクとは言え魔族を斃した。それに道中では複数体の魔物を斃している。アリアの言う通り、経歴だけを見れば、Bランクのクエストについていく事に問題は無い。


「換金している間にクエストも見てきた。難易度や褒賞金を見るに、手ごろなのはここらへんだな」


 どうやら今朝の熊討伐の換金中に、これから受注するクエストを幾つか取ってきたらしい。

 一つはオーク種の討伐。

 一つは人食い鷲の討伐。

 一つは猛毒スライムの討伐。

 そして、


「『ダンジョン探索』?」


 聞き慣れない言葉だ。詳細は『マノ郊外に新たなダンジョンが生成された。目的は内部の探索と、魔石をの破壊』とある。


「ダンジョンを知らないのか?」

「分からん」

「そうか……まぁ、迷宮みたいなものだ」


 さらりと問題発言が飛び出る。


「世界の裏側の話は覚えているか? 世界のバランスが崩れると、こっちの世界に影響が出る。それがダンジョン」

「さっぱり分からない」

「うーん……じゃあ……吹き出物みたいなもの、って考えてくれればいいかな。ストレスとかで出来るだろ? 世界も魔物側のストレスを受ける事で、ダンジョンと言う名の吹き出物が出るってこと」

「……何となくは分かった」


 訳の分からない言葉を羅列されるよりはこっちの方がよっぽど分かりやすい。

 とりあえず魔物の世界側の影響がこっちに出るって事らしい。その影響がダンジョンという形で出てくるので、内部奥深くにある魔石を破壊し、影響を元に戻す。ダンジョン自体は魔石の破壊後数日で自然消滅するらしい。


「残したままだと魔物の侵攻の拠点となってしまう。だから消す必要があるんだ」


 確かに期間は早急にと出ている。中長期的に放って置けるものではないのだろう。


「ダンジョンの探索ギルドに依頼として出るのは珍しい事だ。普段は国が探索用の部隊を編成して対応するからな」

「……その内容なのにBランクでクエストが出るっておかしくないか?」

「ああ、おかしい。普通ならAランクだな。……だが、話はかなり旨い」

「どういうことだ?」

「ダンジョンには宝物が眠っている場合が多い。上手くいけば褒賞金以上の資金を稼ぐこともできる」

「なるほど」

「それだけじゃない。依頼主はアルマ王国。このクエストを達成すれば、アルマ王国に顔を売れる」


 つまりは願ってもいない好条件。暫くの資金の確保と、顔が売れればイーリス聖教国への入国が容易になる。デメリットのキナ臭さが気にならないわけでは無いが、メリットは充分過ぎる。


「受けるかどうかはキョウヘイに任せる。明朝までに答えを出してくれればいいさ」


 そう言うとアリアは席を立った。軽く素振りをしてくる。振り返らずに出て行ったのは、俺だけで決断しろという事か。

 とりあえず他のクエストを確認しつつ、最後にダンジョン探索のクエストを手に取る。

 ……明朝までなんて、そんなに時間は必要ない。

 答えは最初から決まっているようなものだ。





多分本文中での描写が絶望的な設定:指定ギルド


7つある大国の、各国の首都にあるギルドの事。

ユウ国やレオニア同盟国の場合は、代表的な者が統治する地域に指定ギルドがある。

イーリス聖教国の場合は中心部ではなく、市街地にある。

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