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1-9

※20/1/20 誤字脱字修正

※20/7/19 誤字脱字修正

 ひどく身体が重い。

 ひどく身体が凍える。

 動くことが億劫だった。

 体温が奪われるままだった。

 視界は霞むし、意識も朦朧としている。

 先ほどまでの戦闘行為が嘘のように。

 ジャックを締め上げた体勢のまま、俺の身体は固まっていた。




「……生きているか?」


 声がする。

 そして揺さぶられる肩。

 力を振り絞って視線を向ければ、ボロボロの様相の女剣士。


「……アリア」

「酷い顔だな、キョウヘイ」


 それはお互い様だ。そして随分と久しぶりに会う気がする。実際には半日も経過していないのに。

 無事が確認できたことによる安堵で、自然と力が抜ける。あれだけジャックの首にくっついて離れなかった指が、簡単に解けて離れた。


「アリア。まだ敵はいる」

「そうみたいだな。あの屋敷の中か」

「ああ。中に黒い騎士みたいなやつがいる。そいつで最後だ」

「黒い騎士……」


 何か思うところがあるのだろうか。含みを持たす様な口調でアリアは復唱した。

 ……そう言えば馬車の中で、クシーに黒い騎士風の魔物について訊いていた記憶がある。

 軍にいたころの怨敵なのだろうか。……気にはなるが、今は後回しの案件だ。


「奴は入って真っすぐ行った先のメインホールに居る。ルドガーって言う赤い長髪の男が対峙している筈だ」

「……」

「クシーとノーヴさんは無事だ。屋敷の別の場所に居る」

「……分かった」


 伝えるべき情報を手短に伝える。その事実を認識したせいか、意識が急速に薄れていく。ここで手放したら、もう暫くは動くことは叶わないだろう。

 残念ながら、今の俺が出来るのは此処までだ。


「すまない……任せた」

「任せろ」


 不甲斐ない俺とは違い、何とも力強く頼れる一言。

 その言葉と、屋敷に視線を向けるアリアを見て。

 辛うじて繋いでいた意識は切れて落ちた。











■ 妹が大切で何が悪い ■











 俺は今、夢を見ている。間違いなく見ている。

 ゴミが散乱する床。窓を隠すカーテン。閉ざされたドア。薄暗い部屋。

 そして机に座り、パソコンを見ている一人の男。

 夢の中で、俺は壁に背を預けながら、そいつを眺めている。


「クソ、クソ……クソがっ」


 そいつはぶつぶつと言葉を零しながら、一心不乱にキーボードを叩いている。薄暗い部屋と合わさって、気味が悪い事この上ない。

 夢と言うのは、見る内容によって、個人の願望だとか、記憶の整理だとか、精神状態だとかを表していると聞くが、そのどれにも当てはまらないのは間違いないだろう。こんな願望は無いし、経験はないし、ここまで腐っちゃいない。

 夢のせいか、前の奴は俺に気づく様子は無い。こんな光景を見せられるなど、随分とケッタイな夢ではある。が、意思に反してまだ目が覚めそうにはないので、仕方なしに部屋を眺める。

 ……改めてみると随分と幼い部屋だ。脱ぎ捨てられた服、散乱している菓子のゴミ、お世辞にも綺麗とは言い難い惨状。まだ中学生とか高校生なのだろうか。もしもこの部屋の主が社会人であるならば、生活態度を見直した方が良い。


「クソっ、クソっ……」


 目の前の男はこっちに気が付く様子も無く、パソコンと睨めっこしている。同じ言葉を繰り返す辺り、相当切羽詰まっているのかもしれない。


「クソがっ! 死ねっ!」


 新しく言葉に死ねが追加された。だが褒められる言葉ではない。そんな言葉が軽々と出るという事は、まだ子供という事なのだろう。……何にせよ言葉の汚さと言い、激昂する性格と言い、直した方が良いのは明らかだ。手助けする気は毛頭も無いが。

 と言うか何故俺はこんなヤツと一緒の部屋に居なければならないのか。夢の中だと言うのに余計な気苦労を背負うのは真っ平だ。

 そう思って部屋を出ようと扉を開け――――


「……っ」


 踏み出そうとした足を引っ込める。

 目の前には何も無い。

 何も、無い。

 本当に、何も無い。

 壁も、床も、無い。


「これは……」


 手を伸ばしても何も触れない。足を延ばしても何も触れない。そばのゴミを投げてみれば、それは重力に従って落ちていく。何にも引っかからずに落ちていく。暗闇を落ちていく。

 ドアだけが存在している空間。昔テレビアニメで見た、タイムマシンの様な空間。

 踏み出したら変わるのだろうか。だとしても、夢だと分かっていても、進む勇気は無い。落ちていく勇気は無い。


「驚いたかよ」


 此処に来て初めて指向性を持った言葉を放たれる。

 それは間違いなく俺に向けられた言葉。

 驚きに跳ねた心臓を抑え、平静を装って振り返る。


「汚い部屋だって思ったか? 暗い部屋だって思ったか?」


 男――いや、男の子がいる。まだ学生だ。薄暗い部屋の後ろ姿では分かり辛かったが、此方を向いて立っている今の状態なら分かる。未成年なのは明らかだ。


「アンタみてぇなリーマンの価値観なんか知らないけどさ……これが俺の世界なんだよ」


 何を言いたいのか、その真意は測りかねる。こちらの理解は置いてかれたまま、言いたいことを言われている。


「俺の世界はこれで充分だった。パソコンと、あとネットと繋がればそれで良かった。煩わしいクラスの奴とも、煩い親とも、何とも顔を合わせなくて済んだ」

「……」

「なのに……ッ、なのに何でテメェは邪魔するんだ! 俺は楽しく生きていただけじゃねぇか!」


 推測するに、どうやら俺は目の前の男の子の機嫌を損ねる何かをしたらしい。勿論分からない。そもそも相手は誰だ、と言う話だ。思い返してみても、誰かにこんな一方的に糾弾されるような事をした記憶はない。夢の中だと言うのに、何でこんな責められるような目に合わなければならないのか。


「邪魔して、殺して、どんな気分だ? あぁ!?」


 邪魔して、殺して。不穏な言葉だ。だが俺は人を殺した事など――――あ。


「お前……もしかしてジャックか?」

「っ! そうだよ、馬鹿野郎!」


 これは驚いた。まさかチンピラ紛いのジャックの正体が、こんな子供だったとは。

 だが思い返してみれば、幼い言動に思考回路、それに制御しきれていない感情。まだ経験を積み切れていない人物であったと推測する事はできる。

 ……と言うか、人の夢の中に、何故コイツが出てくるのか。何故コイツと話さなければならないのか。殺したことによる悔恨を、俺は抱いているとでも言うのだろうか。


「テメェに何の権利があって俺の邪魔をした! 俺は……俺はあそこで、生きていたんだよっ!」

「生きていた? 他人を踏み台にしてか?」

「あぁ!? そんなのどこの世界だって同じだろうが! 現実だって、他人を踏み台にしていくだろうがっ!」

「そうだな。それで?」

「っ! だからっ、何でテメェは邪魔した!?」


 支離滅裂だ。自分がするのは良いが、されるのは嫌だ、という事だろうか。そんなのは誰しもが思う事だが、叶う事は無い。

 人生なんて順風満帆に行くことはない。必ずどこかで挫折は来る。だけどその挫折を教訓にして、いつかどこかで振り返って、良かったと言えるようになれば、それで良いのではないのか。

 ……コイツに理解を求めているわけでは無いので、口にするつもりは毛頭も無いが。


「うるせぇよ」


 俺はジャックの頭を掴んで、壁に叩きつけた。魔物の時とは違い、さほどの抵抗も無かった。


「お前が邪魔だった。それだけだ」


 余計な言葉はいらない。ただただシンプルに突き詰めていけば、それが俺がジャックを殺した理由だ。


「クソッ、何で、俺が、こんな……っ」

「運が悪かったと思え」


 ケントにいなければ。

 さっさと帰っていれば。

 俺と会わなければ。

 俺に無駄に絡まなければ。

 さっさと殺しておけば。

 人の思考を読まなければ。

 妹の事を言わなければ。

 一佳の事を言わなければ。

 ……そんなifは。もしもは。もう無い。存在しない。


「妹の身が一番だ。妹に危害を加える奴に、容赦はしない」

「この、シスコン野郎……っ」


 3回。壁に叩きつける。魔物の時の異常のタフネスはどこへやら。抵抗は無く、漏れ出る声も弱弱しく、聞き取り辛い。

 俺はジャックの身体を引き摺ると、ドアの外へと放り出す。コイツと会話をしたいとのは思わない。呻き声すら聞くのは嫌だった。

 ジャックは手を伸ばして、落ちるのを拒むようにドアの縁に指をかけた。往生際が悪い奴である。上がってこられても嫌なので、傍のゴミ箱で何度か叩く。痛みに耐えかねて指が離れると、ジャックの身体は暗闇に飲み込まれた。




 ――――呪ってやる




 最期に。そんな声が聞こえた気がした。

 反応する気も起きなかった。










 目を開けたら空が白んでいた。

 夜明けは近い。

 まもなく太陽が昇るだろう。


「――――痛っ」


 少し姿勢を変えようとしただけなのに、激痛が身体を走った。腕が、胸が、腰が、どこもかしこも悲鳴を上げている。起き上がるのは諦めて、首だけを動かして状況を確認する。

 転がっているジャックの死体。あるのはそれだけだ。アリアはいない。ルドガーもいない。クシーも、ノーヴさんも、ルドガーの弟や付き人も、誰もいない。まだ戦っているのだろうか。


「気絶して……1時間くらいか?」


 記憶では、確かジャックを追って外に出たのはAM3:00頃だ。ジャックを斃したのと、アリアへの状況説明、そして気絶。1時間は適当に口にしただけだが、存外的を得ているかもしれない。

 まだ他の部位に比べれば軽傷な右腕を駆使して、傍の柵に背を預ける。そして両足に力を込めてゆっくりと立ち上がった。


「……行かないと」


 勿論、アリアとルドガーの元へ。今のボロボロの俺が行って何ができるのかと言う話はあるが、ここで転がっている事の方が無駄でしかない。

 身体に鞭打ち、体重を柵に預けつつ、どうにか前進する。気を抜けばすぐにでも気絶できる。こんなに酷い状態は初めてだ。


「無事でいてくれよ……」


 屋敷の中は静かだ。物音一つしない。嫌な予感ばかりがかき立てられる。

 そもそも1時間も俺が外に放って置かれた時点で、状況は悪いと容易に想像できる。俺の存在を忘れているくらい勝利の余韻に浸っているのであれば良いが……そんな都合の良い話はあるまい。

 早鐘を打つ心臓を抑える。

 冷静に思考をする。

 冷静に判断を下す。

 一番可能性が高い未来を脳裏に浮かべ、無駄な希望を排除する。

 そうして、再び広間に足を踏み入れる。




「……来たか」




 この結果は容易に想像できたことだ。

 眼前に広がる光景を見て、俺は長々と息を吐き出した。

 あまりにも予想通り過ぎた光景だった。

 倒れ伏すアリアとルドガー。2人とも力なく身を床に投げ出している。血溜まりの様なものは見えないが、ピクリとも動かない。気絶か……或いは、二度と目を覚まさないか。

 そんな2人に相反して、目立った傷の見られない黒い騎士。彼が広間の真ん中で、大剣を床に突き刺して佇んでいる。


「遅かったな、武闘家」


 どうやら奴は俺を待っていたらしい。全く嬉しくない事実だ。


「ジャックを斃したのは分かった。人間にしては見事な腕前だ」

「……そりゃ、どーも」

「最低ランクとはいえ魔族を斃したのだ。誇れ」


 あれで最低ランクかよ。その言葉に思わず顔を顰める。だとしたらジャックの上司である目の前のコイツはどれだけ強いのか、と言う話だ。


「……アレで最低なら、魔族の未来は明るいな」

「そうでもない。聖女、鬼神、炎帝、氷眼と我らを脅かす強者は存在する。……全く以って、楽しみで仕方が無い」


 くっくっ、と。奴は笑った。まだ見ぬ強者に思いを馳せているのは明白だ。そしてその強者には一佳も含まれているらしい。……迷惑としか言いようが無い。


「貴様。名は何だ?」

「……キョウヘイだ」

「そうか。ではキョウヘイ、構えろ」


 軽々と奴は大剣を片手で構える。そしてその切っ先が俺の――俺の心臓に向けられた。真っすぐに、射貫くように、ブレることなく向けられた。

 敵同士。話はお終い。もう幕引きの時間。

 つまりは……そう言う事だ。


「ラウンド、グロア、イブルの仇は取った。最後にジャックの仇を取らせてもらおう」


 右拳を握る。強く握る。それ以外の箇所は考えない。今の俺に出来る事はこれが全てだ。

 ……これだけしかなくとも、俺はコイツを斃さなければならない。でなければ、一佳にまで危害が及んでしまう。


「気張れよ、俺」


 寄せ集めた体力。奇跡は願わない。ジャックとの戦闘時のような都合の良い展開は望まない。今ある手札だけでヤツを斃す。

 それが俺の生き残れる道。そして一佳を守る方法。

 眼を見開き、ヤツを逃がさぬ様に、見る。











 姿がかき消えた、と思った次には腹部に衝撃が走った。

 一瞬の空白と、火を噴いたような熱さが生じる。

 それから痛み。

 あぁ、これが刺される事か、と。

 他人事のように思う。

 他人事のように受け入れる。

 刺された腹部からポロポロと大事なものが零れていくのを感じた。

 ああ、でも、これで、


 捕まえた。


 腹部の一撃を代償に、奴は俺の目の前にいる。

 黒い甲冑に身を包んだ奴がいる。

 手を伸ばし、頭部を掴む。

 力は入らないけど、刺された体勢のまま、俺はまだ動く右拳で側頭部の辺りを殴りつけた。

 甲冑越しだから効いているかは分からないけど。

 俺は力の続く限り、右拳で殴り続ける。




 それが俺の覚えている最後の事。

 長い長い一日の最後の出来事だった。

おまけ



ノーヴのプロフィール

名前:ノーヴ・ゲーティン

年齢:40

種族:人間

性別:男

出身:フェルム王国

クラス:御者

好きなもの:休日の穏やかな昼下がり

嫌いなもの:仕事

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