表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/98

1-8

※20/1/20 誤字脱字修正

 ジャックはエントランスの扉を吹っ飛ばして外へと出たらしい。

 入り口は重厚な扉ではなく、真っ暗な闇が口を開けている。

 先ほどの突撃と言い、入り口の扉と言い、頭の方は残念なようだが、身体能力は脅威だ。


「ルドガー、行って来る」

「おう」


 ルドガーと黒騎士は膠着状態だ。……いや、膠着させられている、と言った方が正しいだろう。黒騎士はルドガーよりも明らかな格上だ。……この場の全員が束になって掛かってもどうか、と言う様な相手。

 本音を言えば俺も残って加勢をすべきだろうが、ジャックを放って置くわけにはいかない。アレがノーヴさんたちの元へ行ったらそれこそ大惨事だ。無視をすると言う選択肢はない。ここで斃さなくてはならないのだ。


「まだ夜は明けないか……」


 エントランスの時計は、3:00を指している。連戦続きで体力は心許ないが、まだまだこの長い夜は明けそうにない。

 ジャックを倒す。

 黒騎士を倒す。

 まだ見ぬもう1体の魔物を倒す。

 アリアを探す。

 皆でこの街を出る。

 疲労に塗れても、やることは沢山だ。











■ 妹が大切で何が悪い ■











「やっと出てきたか、テメェ」


 外に出ると、行儀よくジャックは屋敷の前で待っていた。飛ぶことをせず、腕組みをして、怒り心頭と言った表情で、だ。

 何を言おうか迷ったが、とりあえず疑問をぶつけた。


「霧が晴れてるけど、これはお前の能力か?」

「ちげーよ、俺に魔霧を出す能力は無い」

「じゃああの黒騎士か」

「ちげー、もう一人の仲間のだよ。ま、死んじまったみたいだがな」


 それは朗報だ。良く分からないが、魔物が1人減ったらしい。

 ……斃したとすれば、アリアだろうか。


「殺したのはテメェの仲間か? ま、目障りなヤツを殺してくれたから、そこは感謝するぜ」

「感謝って、仲間じゃないのか?」

「仲間さ。ただ邪魔だったけどな」


 仲間の定義がどうも俺とは違うらしい。死んでも大して悔やまない辺り、出世を争う同期とか、そんな感じなのだろうか。……それでも殺伐とし過ぎだとは思うが。


「後は偉そうな黒騎士が死ねば万々歳だが……とりあえず、テメェだ」

「随分嫌われたもんだな」

「は、言ってろ。楽に死ねると思うなよ」


 そう言うと、ジャックは一跳びで上空へと舞い上がった。光源は月明かりしかなく、そして縦横無尽に飛び回れる空間。ここは間違いなくジャックにとって理想的なフィールドだろう。黒騎士による誘導があったとはいえ、これでこの場の支配者は奴になる。


「……良い奴じゃないか」

「あ”あ”?」

「黒騎士だよ。お前が力を発揮できる、いい状況を作り上げた」

「……何が言いてぇ」

「死ねばいい、なんてこと言うなよ。あんな上司、中々いないぞ」


 とりあえず場の支配権を完全に掌握される前に、ジャックに言葉を投げる。

 それは単純に沸点の低いアイツから冷静さを失わさせる為の言葉のつもりだったが……


「ほざけ、クソリーマン!!!」


 どうやら予想以上に効果があったらしい。……ついでに聞き捨てならない言葉も発してくれた。

 ジャックは言葉と共に急降下してくる。そして振りかぶった右腕を俺に向けて突き出した。


「ッ!」


 後方へと飛び退くのと、前方から衝撃が来るのはほぼ同時。

 吹き上がる土埃が一層視界を悪くし、飛び散った石の破片が身を打ち付ける。

 普通はあれほどの高度から堕ちたら無事じゃすまない。加速をつけているのならば尚更だ。

 ……だが、


「だよなぁ、逃げるよなぁ!」


 喜々とした声が土埃の向こうから聞こえる。忌々しい事に無事らしく、瞬きの後にジャックは目の前に現れた。

 振りかぶられた右腕。避ける時間は無い。本人の言動と性格から大凡の軌道を推測。狙いはおそらく頭部。


「死ねぇ!」


 放たれた右拳を避ける余裕は無い。腕を十字にして、且つその場に踏み留まらずに衝撃を逃がす事を考える。致命的な一撃を防ぐことを考える。

 ミシッ、と。衝撃と共に骨が鳴る。

 一瞬の空白。緩慢な動き。引き延ばされる時間。

 現実が脳に追いつくと同時に、俺の身体は地面を転がった。


「ははっ、弱ぇなぁ!」


 うるせぇよ。

 悪態をつきたいが声が出ない。

 それよりも受けた腕が痺れて言う事を聞いてくれなかった。腕が無くなったかと錯覚するほどに感覚が無くなっていた。

 ……規格外の一撃。

 感覚がぶっ飛ぶなんて、そんな一撃を受けた経験は無い。


「あン、立つのか?」


 自身が優位に立っている故か。先ほどまでの短気な様相はジャックには見えない。人を小馬鹿にした態度を取る余裕すらあった。俺の抵抗が楽しいと言いたげだった。

 ……全く以ってほざいてくれる。


「よぉし、もう一発だ。ちゃんと防げ、ルーキー。次は胴体だ」

「お優しい事で……ッ!」


 腹部への衝撃。

 宣言通りの一撃。

 間に挟んだ腕が、また悲鳴を上げる。

 踏ん張る事を早々に諦め、勢いのままに地面を転がる。


「ちゃんと守ったな、もう一発だ!」


 間髪入れずに次の一撃。

 上から振り下ろされた拳を、寸でのところで避ける。

 石畳に罅が入り、砕けた破片が宙を舞う。

 全く以って冗談めいた一撃だ。


「……ッ」


 首を刈るような回し蹴り。胴を穿つような前蹴り。顔を叩き潰さんと迫る裏拳。

 いずれも身体能力に任せて繰り出してきているので、繋ぎ方が荒く、軌道を読むことは容易い。が、それと避けられるかは別の話だ。

 右腕を防御に回すことで、どうにか追撃は逃れたものの、体力は限界いっぱいだ。


「テメェ、ルーキーの癖に避けるのはイッチョマエだな」

「……さっきから気になる単語がちょくちょく出ているのが気になるが、とりあえずアレだ。ルーキーってのは何だ?」


 会話をしてくると言う事は、今すぐにでも俺を殺そうという考えではあるまい。

 体力回復の為の時間稼ぎ、及び純粋な疑問の解決の為、俺は質問を投げる事にした。


「この世界に来たばかりの新参者って事だろぉが。英語も分かんねーのかテメェ」


 ……驚いた。答え合わせがすんなりと済んだこともそうだが、相手が同じ世界出身だということにもだ。


「俺はテメェがスーツ着ているから良く分かったぜ。日本から来たってな」

「お前も同じ、って事か」

「は? 人間と一緒にすんなバーカ。俺は選ばれた存在なんだよ」


 ……また訳の分からない言葉が出てきた。選ばれる? そんなのは最初の説明には出ていなかったと記憶しているが。


「分かってねー顔だな。まぁいいさ。冥途の土産に教えてやるよ」


 仕方ないと言いたげな口調とは裏腹に、教えたくてうずうずしている。

 そんな顔をしながらジャックは口を開いた。









「テメェもゲームの世界に入れるとかって噂話を実行したんだろ。そん時の役職選びの事覚えているか」

「ああ。種類がやたらと多かったのは覚えている」

「そうだ。普通はな。普通だったら、そうだ」


 普通は。無駄に二回繰り返される。


「ジャックはどうだったんだ?」

「俺か? 俺はな、俺の場合はな。選べるのが一つしかなかった……それが魔物だ」

「魔物しか無かった?」

「ああ。さらに魔物には特典がついていた。貴重で類を見ない良いスキルがな。例えば……へぇ、お前タチバナキョウヘイって名前なのか」


 ……ジャックに名乗った覚えはない。あってもキョウヘイだけだ。この世界で苗字を名乗ったのはアリアと最初に出会った時くらいだ。


「やっぱりサラリーマンか。外見は若くしているが26歳が実年齢、と」


 これは絶対に誰にも言っていない。俺だけが知る情報。

 唖然としている俺の表情が愉快なのか、ジャックは口角を釣り上げた。


「驚いたみたいだな。これが俺のスキルの一つだ」

「……個人情報を知るスキル、ということか」

「そうだ。勿論、そんな前の世界の事ではなく、今の役職やスキルまで分かるぜ。……うわっ、妹の為に来たのかよ。シスコンじゃねーか」

「……恐ろしい能力だな。そこまで分かるのか」

「あーあー、夢も希望もある典型的な人間様だ。クッソつまんねぇな」


 どうやら現実世界では上手くいっていない人間なのだろうか。人の情報を勝手に見て悪態をつく当たり、常識とは程遠いタイプであろう。


「メーカー勤務のサラリーマンね。しかも営業、と」

「……お前の能力、便利だな。現実世界にあったら仕事が楽になる」

「そりゃ社畜の思考だ。なんで社会にわざわざ奉仕しなきゃなんねーのさ」


 小馬鹿にするように肩を竦められる。

 言わんとする事は分かるが……その発言はまるで帰る気が無いと言っているように聞こえた。


「お前は、日本に帰らないのか?」

「あぁ? 誰が帰るかよ、あんなクソみたいな世界に。あんなカス共の世界に」

「ジャック?」

「100億積まれたって帰りたくはないね。俺は自由にこの世界を生きるんだ。……ま、クラスのクソどもを殺す為に一度くらいは帰っても良いがな」

「家族とも、会えなくていいのか?」

「はぁ? 家族? 知らねーよ、そんなの!」


 どうやら触れられたくなかった事らしく、分かりやすいくらいにジャックはキレた。どうやら現実の話はコイツの前では禁句にした方が良さげだ。


「俺は帰らねぇ! この世界で自由に生きる! テメェみたいな初心者を殺して! 女は犯して! そうやって遊ぶんだよ! それが許されるんだよ!」

「……」

「いいか! テメェの命は俺が握ってんだ! 黙って聞いてろ雑魚がっ!」


 酷いキレ方だ。発言内容も聞いていられるようなものでは無い。まるで子供の癇癪だ。

 そして無遠慮にじろじろと見られると、ジャックは嬉しそうに口を開いた。


「『祝福』に『加護』持ちかよ! テメェ、超レアスキル持ってんなぁ、ラッキー!」

「?」

「分かんねぇ、って顔だな。いいぜ、教えてやる。その二つは特殊スキル、ってヤツだ」

「あ、ああ。そう言えばそんな説明が……」


 あったような、無かったような。……正直そこまで覚えてはいない。


「全然分かってねぇな。そいつはレアスキルの中でも最上位クラスだ。狙って手に入るもんじゃねーのさ」

「そうなのか」

「あったりめぇだ。おかげで納得いったぜ。そりゃあ……あれだけ殴っても死なねーわけだ」


 どうやら俺がジャックの攻撃を受けて生きていられるのは、レアスキルとやらのおかげらしい。

 確かに冷静に考えてみれば、あんな異常な一撃を何度も喰らって生きているのは、おかしな話だ。


「まぁいいさ。そのスキルも俺のものになるからな。最高の夜だぜ」

「お前のものに? 何でだ?」

「そりゃあな……俺のレアスキル、『奪取』で奪い取るからさ!」


 そう言ってジャックは掌を俺に向けた。何か攻撃が来るかと思い、咄嗟に身構える。

 ……だが何も起こらない。にやにやとジャックが笑っているだけ。


「ステータス見てみろよ。スキルの項目な!」


 言われたとおりにステータス表を表示する。

 『探し人』、『不眠不休』、『金運』、『直感』、『死線』、『剛拳』、『加護』、『祝福』、『異常耐性』、『魔法耐性』。

 ……何も変わったところは見られない。特に今言われた『加護』と『祝福』をタップまでしてみたが、やっぱり変わっているところは無かった。


「あ”あ”? 奪えてねぇ!?」


 そして間抜けな声が聞こえる。おかげで答え合わせも済んだ。奴の『奪取』は不発に終わったらしい。


「くそっ! 何でだ! 発動しろよ、クソがっ!」


 翳される手。何度も何度も。そして奪えてない事を確認すると、不機嫌そうにまた唸る。


「……レアスキルだから、奪えないとか?」

「んなわけあるか! 他のスキルは奪えるんだ! なのにテメェだけ……クソっ、他のスキルも奪えねぇだと!?」


 どうやら俺のスキルはアイツには奪えないらしい。理由は不明だがそれは朗報だ。


「クソっ! 何で雑魚のもンが盗れねぇんだよっ!」

「……酷い言われようだな」


 だが事実だ。俺は弱い。ジャックに殺されないのが精いっぱいだった。

 無駄に話をしてくれたおかげで、どうにか右腕の感覚は戻ってきた。けど体力は枯渇寸前。このまま何もしなくても、夜明け前には倒れるだろう。

 その前に。少なくともジャックは倒さなければならない。

 俺は感づかれない様に左拳を握りしめた。

 自分から行く体力はない。

 狙うは、襲いに来た時の、その首。

 癇癪中のジャックの、その動向を注意深く見る。




「クソッ、せっかく聖女を犯して殺す為の良いもンを見つけたのによぉ!」




 思わず。

 俺は。

 我を忘れた。


「ッ!」


 顔面に衝撃。どうやら我を忘れた間に一撃を喰らったらしい。そしてその事実を認識すると同時に、胸倉を掴まれて俺の身体は宙づりにされた。


「あーあ、レアスキルだってのに……まぁ手に入んねーんじゃ仕方がねぇ。死ねよ」

「待てよ」

「あぁ?」

「さっき、何て言った?」

「はぁ? 手に入んねーつったんだよ」

「その前だ」

「その前ぇ? 聖女の辺りのところか? ……ハッ」




「テメェはここで死ぬんだから、聖女がどうなろうが妹がどうなろうが、ンなコト知ってもしょうがねぇだろぉが」











 頭に血が上るとか。

 怒りで我を忘れるとか。

 それで周りが見えなくなるとか。

 そんな経験を。俺は昔二度したことがる。

 ……今の気分は、その時と同じだ。




「――――ガッ!?」


 ジャックの眼に右親指を突っ込む。そしてそのまま潰す様に回しつつ、耳を掴んで思いっきり引っ張った。


「テメ――――」


 緩んだ拘束。力任せにジャックを引っ張り――そのまま引き倒す。そして羽を掴んで、引き千切った。

 劈く叫び声。痛みによる悲鳴。

 耳障りなソレを黙らすべく、後頭部を踏み抜く。


「デベッ」


 まだ喋る元気があるようなのでもう一度踏み抜く。言葉を聞くつもりは無い。ガッ、だの、グッ、だの、くぐもった呻き声が消えるまで何度も踏み抜く。

 骸骨とか、獣とか、オークとか。彼らと対峙した時とは比にならないくらいに何度も何度も念入りに繰り返す。

 だがそれでも流石に体力は一級品らしい。力任せの抵抗で、ジャックは無理矢理に俺から距離を取った。


「テ」


 勿論、逃がすつもりは無い。

 顔を上げた、その瞬間に。綺麗に俺の膝がジャックの顔面に吸い込まれる。

 グシャッ、と。骨が砕ける会心の一撃。

 繰り返すが逃がすつもりは無いので、そのまま仰向けに倒れたジャックの足を取り、反対方向に曲げた。


「あがっ……」


 ……まだ喋る元気があるらしいので、顔面を掴んで石畳に叩きつける。

 左翼を引き千切り、右足を折った。これで一佳の元へ今すぐ行くことは出来ないと思うが、復活されても困るので、対になる様に右翼と左足を折る。


「ぁぁ……」


 もうマトモな声は聞こえない。

 最初の頃とは思えぬ弱弱しさ。

 念入りに下腹部も潰すが、ジャックはもう体を震わす事しか出来ていない。


「……お前の口から、何も聞きたくはない」


 それこそ、断末魔すらも。

 両腕も折ったうえで、その喉を締め上げる。

 コイツは、生かしてはいけない。

 例えコイツが元は善良な人間であって、人を想うことが出来た奴であったとしても。

 一佳に危害が及ぶのであれば。

 殺すしか、ない。


「……ぁ」


 か細い声。掠れ切った音。

 構わず力を込める。

 あんなにも満身創痍だった身とは思えぬほどに、今の俺には力が漲っていた。コイツを殺す為に幾らでも力が湧いて出てきた。


「ぅぁぁ……」


 最期に。

 そんな呻き声を残して。

 ジャックの息が止まる。脈が止まる。

 それでも止めることなく力を込め続ける。

 死者に鞭を打つ、のではない。絶対に生き返らないように、念を入れたからだった。




おまけ


ルドガーのプロフィール

名前:ルドガー・ベッグ

年齢:18

種族:人間

性別:男

出身:アルマ王国

クラス:剣士

尊敬する人:祖父

苦手なもの:親父


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ