the vampire diary.
1985年5月31日
誕生日プレゼントに姉さんから日記帳を貰った。
せっかくなので、今日から日記を記そうと思う。
毎日は難しそうなので、思い出したときに書く程度になりそうだ。
1985年6月10日
父さんと母さんが死んだ。
信号で止まっていた父さんたちの車に、後ろからトラックが突っ込んできたそうだ。
今日から姉さんと二人暮しだ。
幸い、遺産が残ったので大学に通えると姉さんは震える声で言っていた。
10月の入学式には姉さんが来てくれるらしい。
1985年9月21日
今日は学校の事前説明会だった。
大学内に大きな病院があった。
あそこに入院している人もいるらしい。
大学の研修もあそこで行われるそうだ。
1985年12月22日
大学の友人にクリスマスパーティーに誘われた。
なんでもスペシャルゲストに有名人が来るらしい。
誰なんだろう?
楽しみだ。
1986年1月24日
いやな夢を見た。
誰かの首筋に噛みついて血をすする夢だ。
ああ、喉が渇く。
どうすれば渇きが癒せるのか……。
1986年1月31日
もしかしてこの渇きは血を……
いや、そんなことを考えてはいけない。
1986年2月11日
ダメだ。
もう我慢できない。
血が飲みたい。
血が……血
(この先は何かがこびり付いていて読めない)
1986年2月12日
やってしまった。
ついに我慢が出来なくなったのだ。
姉さんが拾ってきた犬に……。
ああ、すまない。
彼は必死に抵抗したが、結局死んでしまった。
姉さんには散歩中に車にひかれたと説明しておいた。
姉さんは責めたりしなかった。
……責めてくれればいいのに。
1986年2月28日
ここしばらくは落ち着いている。
犬の血を飲んだからかもしれない。
犬は動物の共同墓地へと葬られた。
ああ、本当にすまない。
1986年3月8日
最初……うすれば……良……。
(霞んでいてよく見えない)
1986年3月13日
学校で血を飲みたい衝動に襲われた。
余りにひどいので野良猫か野良犬を探したのだが見つからなかったので手首を切ってそれを飲んだ。
少し物足りない気がするが衝動は抑えられた。
こんな方法があったとは思わなかった。
これでもう、殺さなくてすむ。
1986年3月15日
やはりダメだ。
血が飲みたい。
これではダメだ。
血が……生き血がほしい。
1986年3月20日
姉さんに腕や足の傷を見られた。
彼女は、犬のことはあなたのせいではない。と慰めてくれた。
後悔の念に駆られてやっていると思ったに違いない。
なんて優しい人。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ……
(この先は霞んでいて読めない)
1987年3月30日
またあの夢を見た。
人の生き血をすする夢。
やはり犬や猫ではだめなのかもしれない。
人の血をすすりたい。
1986年4月17日
学校で腕に傷を入れているところを見られた。
自傷癖があると嘘をついて逃げた。
大丈夫。
バレたりしない。
きっとバレていない。
1986年4月18日
彼女に会った。
腕に傷をつけるところを見られた時の彼女だ。
その人は一つ年上の女性で、この国には病気の治療で来たらしい。
大学内の病院に入院しているそうだ。
黒い長髪と白い肌が美しい。
彼女の祖国の話を聞いた。
1986年5月9日
サクラという美しい花の話を聞いた。
ソメイヨシノというサクラを教えてもらった。
テレビでしか見たことはないが、とても美しい花だと思う。
だけど彼女は気持ち悪い可哀想な花だと言った。
1986年5月15日
彼女のお見舞いに言った。
彼女の両親にあった。
彼女は母親似なのだろう。
だが、目立ちは父親によく似ている。
1986年5月30日
明日で日記を書き始めてちょうど一年になる。
明日は19歳の誕生日だ。
一足先に彼女から誕生日プレゼントを貰った。
ソメイヨシノというサクラの枝だ。
庭に差し木しておいた。
1986年6月1日
彼女に、あなたが羨ましいと言われた。
彼女も昔、自傷行為をしていたらしい。
だけど今は、周りの人が心配するから出来ないと呟いた。
彼女の腕に血が滲むのを想像する。
きっと綺麗だろう。
1986年6月11日
彼女は自分をソメイヨシノだと言った。
人間の配合によって作られたサクラ。
実は付けず種は存在しない。
挿し木だけで増える花。
ソメイヨシノは世界でずっと独りなのだと彼女は言った。
1986年6月13日
最近、血を飲まなくても平気だ。
何故だろう。
治ったのだろうか?
1986年6月22日
そういえば彼女は何の病気なのだろう?
肌はとても白いが食事制限されている様子はないし、散歩しているところもよく見かける。
そう体が悪そうには見えないのだが……。
1986年6月29日
久しぶりに発作がきた。
自分の手首を切って血を飲んだ。
だけど抑えられない。
彼女の首筋に噛みついて……。
ああ、さぞ美味しいであろう。
1986年8月5日
彼女に見られた。
思わず逃げてしまった。
ああ……もう、彼女には会えない。
1986年8月13日
もう彼女に一週間も会っていない。
暗い顔をしていたからだろう。
姉さんが心配している。
彼女に会いたい。
だが、怖い。
もし拒絶されたら……。
1986年8月17日
姉さんが恋人を家に連れてきた。
とても良い人だ。
彼になら姉さんを任せても大丈夫だろう。
1986年8月19日
久しぶりに彼女を見た。
遠くから見ただけで彼女には話しかけなかった。
話しかける勇気はなかった。
化け物だと言われるのが怖かったから。
1986年8月24日
姉さんの恋人に襲われた。
姉さんが留守の時にやってきて油断している時のことだった。
自分は綺麗な人間としかやらない。
本当はゲイだがお前とやりたくて姉さんの恋人になった。
お前は特別だ。
そんな事をブツブツと呟いていた。
恐怖で動くことが出来なかった。
声も、出なかった。
一通りの行為が終わると、あいつは家を出て行った。
……掴………最………や……る。
(何かで擦ったような痕があり読め取れない)
1986年8月28日
あいつがきた。
姉さんを騙したあいつだ。
あんな男、姉さんには相応しくない。
お前なんかに姉さんを渡さない。
………………しろ。
(何かがこびり付いていて読めない)
1986年8月29日
サクラが綺麗に咲くのは根元に死体が埋まっているから。
そう彼女が言っていたのを思い出す。
このサクラも綺麗に咲くだろう。
久しぶりに体を動かしたから疲れた。
シャワーを浴びてさっさと寝よう。
1986年9月9日
大学で血を飲みたい衝動に駆られた。
人のいないところで何とか抑えようとしていたのだが、なかなか収まらなかった。
その時、彼女が現れた。
思わず彼女を襲いそうになってしまったので、自ら手首を切って血を舐めた。
彼女ははじめ、ひどく驚いていたが優しく私の傷を治療してくれた。
1986年9月10日
彼女に全てを話した。
話している途中に私が衝動に襲われると彼女は自らの腕を切り私に血をくれた。
初めて人の血を飲んだ。
自分の血とは違う。
犬や猫とも違う。
美味しいわけではないが、不思議な満足感が得られた。
1986年9月16日
あいつが行方不明だと聞いた。
姉さんがとても心配をしている。
あんなやつの心配なんかしなくていいのに。
本当に優しい人だ。
あいつに関するよくない噂を流しておいたので、姉さんもいつか諦めるだろう。
1986年9月20日
最近、姉さんに会っていない。
仕事が忙しいのかもしれない。
忙しいときの姉さんは家に帰ってこないときもある。
忙しくなる前は大抵教えてくれるのだが、その時間すらも無かったのかもしれない。
1986年9月23日
それはヒドい夢だった。
どこか暗いところで泣き叫ぶ姉さんの血を飲む夢。
不思議と満足感がある。
しばらくは血を飲まずにすみそうだ。
1986年9月28日
姉さんの会社から連絡があった。
一週間ほど前から姉さんが会社に来ないらしい。
何かの事件に巻き込まれたのかもしれない。
会社の人に姉さんの休暇届けをお願いして、警察に行った。
姉さんはどこに行ってしまったのだろうか?
1986年10月3日
彼女の見舞いに行った。
久しぶりに彼女の両親に会った。
彼女同様、とても優しい人たちだ。
彼らと接していたら姉さんを思い出す。
無事でいてくれるといいのだが……。
1986年10月4日
姉さんが見つかった。
というより、ずっと家にいたようだ。
何かにひどく脅えていて近づくと悲鳴を上げて逃げてしまう。
全く部屋から出ていないらしく体中垢だらけで、ひどく痩せ痩けていた。
1986年10月7日
姉さんの部屋に食事を持っていくが全く食べてくれない。
このままでは姉さんは衰弱死してしまう。
仕方なく無理やり食べさせ、水を飲ませた。
病院に連れていった方がいいかもしれない。
1986年11月1日
彼女に姉さんのことを話した。
心配させてはいけないのでたくさんの嘘を混ぜて。
作り話の中の姉さんは前のように優しい姉さんだ。
彼女は今日も楽しそうに笑っていた。
1986年11月12日
彼女に血を貰った。
白い肌に痛々しい傷が増えた。
それが嬉しくて悲しい。
複雑な気分だ。
1986年11月27日
姉さんの首筋に赤い傷を見つけた。
あの夢で見たのと同じ場所。
もしや……。
(黒く塗りつぶされている)
1986年12月10日
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
…が……ねば…………姉…ん……れば良かったのに…………
(何かがこびりついていて読み取れない)
1987年3月9日
彼女が死んだ。
おかしいな。
悲しいのに涙も出ない。
彼女は灰になり両親と一緒に祖国に帰るそうだ。
1987年3月14日
姉さんが自殺した。
あのソメイヨシノの下で。
まるでここから逃げ出すように。
彼女もそうだったのかもしれない。
1987年3月17日
教会で彼女の両親に会った。
ひっそりと行われた姉さんの葬儀に参列してくれていたらしい。
彼らに食事に誘われた。
今日の午後7時の約束だ。
そろそろ家を出よう。
1987年3月18日
昨日、彼女の両親と夕食を共にした。
お互いがお互いを慰めると言う、とても奇妙な食事だった。
去り際に彼女からの手紙を貰った。
それから感謝の言葉も。
彼女と友だちでいてくれてありがとう、と。
涙が溢れて言葉が出なかった。
彼女が亡くなってから、初めての涙だった。
1987年4月25日
彼女と姉さんが亡くなってから1ヶ月がたった。
しばらくは抑えられていたのに、久しぶりに衝動に襲われた。
だけどもう彼女はいない。
そして姉さんも……。
今度こそ人を襲うかもしれない。
1987年5月10日
ここは狂ってる。
こんな研究をしていたなんて。
しかも一般に公開するだと?
ふざけるな!!
1987年5月12日
この研究はまさか彼女の……
いや、それでは年齢があわない。
それとも、あれを使えば?
いや、まさかそんなはずは……。
(この先は黒く塗りつぶされている)
(紙が挟まっていた)
人…授精
ほ乳類の……ウス……
子および卵子の……る
始……原生殖細胞……
…………与する遺伝…
働……解明し、その…
………づいて、試験管
内で、…………………
胚葉から始原生殖細胞
を………
(滲んでいてよく読めない)
1987年7月2日
彼女のことが分かった。
そして、彼女の両親のことも。
何故葬儀が行われなかったのか。
彼女がどこで生まれ育ったのか。
全てはあの大学にあったのだ。
1987年7月16日
腕の傷を見られた。
傷跡を見られただけだから、問題はないだろう。
鬱陶しいほど心配するという点がなければ、だが。
うっかり見られてしまったのだがこんなことになるとは……。
お前なんかに命の尊さを教わらなくても、それくらい知っている。
1987年7月24日
あまりに面倒なので姉さんが死んでから自傷癖があるのだと嘘をついた。
それから今は死ぬ気がないことも。
ただの病気だからあんまり心配されると鬱陶しいとも伝えておいた。
これでもう、構ってこないだろう。
1987年9月20日
ようやく彼女の両親を見つけた。
やはり祖国になど帰っていなかったのだ。
いや、本当はこの国が彼らの祖国なのかもしれない。
彼らに研究資料について問いただすと、予想通りの答えが返ってきた。
やはり彼女はただの実験動物でしかなかったのだ。
1987年10月3日
久しぶりに人間の血を飲んだ。
満足感が得られない。
彼女じゃなくては駄目なのだろうか?
1987年10月6日
あのお節介な女が行方不明だそうだ。
どうでもいい。
早くこの実験を終わらせなければ……。
1987年10月14日
彼女に会いたい。
姉さんに会いたい。
一人は嫌だ。
誰か殺してくれ。
(所々に血がこびりついている)
1987年10月26日
彼女の両親に連絡を取る。
あの研究を世間に公表したらしい。
問題視されるかと思ったらそうではなく、むしろ歓迎ムードのようだ。
この研究には彼女を含めたくさんの犠牲者がいることを知らないやつらが何を浮かれているのか……
(この先は字がめちゃくちゃで読み取れない)
(何かの紙が挟まっている)
人工授精
生殖医療技術の一つで、人為的に精液を生殖器に注入することによって妊娠を実現することを目的とした技術のことである。
それによって生まれた子を試験管ベイビーと称する。
人間の生殖医療(不妊治療)、家畜の生産や育種(→種付け)、養殖漁業などの目的で行われる。
なお、家畜については250年程度の歴史がある。
植物においては、人工授精に相当する行為を人工授粉。
体外受精に相当する行為を試験管内受精などと呼ぶ。
これらは実生性野菜や果実の生産、育種などの目的で行われる。
1987年11月12日
あのやっかいな女が見つかったそうだ。
錯乱していて精神に異常をきたしているらしい。
精神病棟に入院するそうだ。
1987年11月20日
教授に食事に誘われた。
あの教授はいい噂を聞かない。
この前も女性のことで問題になっていた。
生徒にも手を出しているらしい。
1987年12月4日
あの教授から嫌がらせをされるようになった。
食事を断わったくらいでそんなことをしなくてもいいと思う。
仕方ない。
何かで機嫌を取るか。
あの研究が出来なくなるのは困る。
1987年12月31日
ついに完成した。
この実験がうまくいけばもう一度、姉さんや彼女に会えるかもしれない。
さ…………………
(焦げたような跡が残っている)
1988年1月1日
実験は失敗に終わった。
1988年1月3日
何もやる気が起きない。
アレが失敗したのなら、もうやることがない。
彼女の両親に相談してみようか?
1988年1月7日
さすが彼女の両親だ。
彼女を作っただけはある。
無理に一人でやろうとせずに、最初から協力してもらえばよかったのだ。
そういえば、彼女からの手紙を貰った。
最近見つかったものらしい。
(手紙が挟まっている)
親愛なる……へ。
あなたがこの手紙を読んでいるのなら、私はこの世界にはもう居ないのでしょう。
ずっと病院にいた私は友人もいなくていつも寂しい思いをしていました。
このまま死んでしまうのではないかと、とても不安だったのです。
だけど、私はあなたに会うことが出来ました。
毎日のようにお見舞いに来てくれてとても嬉しかった。
あなたのおかげで私の最後はとても楽しかったです。
あなたが私を飲んでくれたから私はあなたの中でいつまでも生き続けられる。
私はあなたになれて、本当にうれしい。
ありがとう。
先に天国で待っています。
のんびり待っているから、出来るだけたくさん生きて、たくさんのお土産を持ってきてください。
あなたの親友より。
1988年2月5日
早く彼女に会いたい。
1988年2月18日
やはり、もう一度頑張ろう。
彼女の両親にも少しだが手伝ってもらったのだから。
彼らは的確なアドバイスをくれるがあまり、頼らないほうが良いだろう。
変に止められても困る。
彼らは本当の子供のように扱ってくれているのだから。
おそらくは、彼女の代わりだと思われているのだろうが……。
いや、代わりだからこそ止めに来るに違いない。
1988年3月……
外に出たくない……
家の中でず…………
何故だ………………
成……………………
………………………
(破られている)
1988年5月31日
友人たちが誕生日パーティーを開いてくれた。
ずっと元気がないから、慰めようとしてくれているのだろう。
とても嬉しい。
だが、実験が成功すれば彼らとはもう……。
1988年8月3日
友人たちに誘われて海に遊びに行った。
こんなに楽しいのはとても久しぶりだ。
海を見たのも。
彼女にも見せてあげたかった。
1988年9月1日
こんなに楽しい夏休みは久しぶりだ。
色んなところに遊びに行った。
いろんな人と知り合った。
それも、もうすぐ終わりだ。
1988年10月21日
今度こそ本当に完成した。
痛みを伴わず
苦しむことも無く
まるで眠るように死ねる薬。
マウスで散々実験したから大丈夫だろう。
さあ、決行の日を決めよう。
1988年10月30日
明日、決行することに決めた。
あいつを埋めたこの場所で
姉の死んだこの場所で
彼女に貰ったこの花の下で
まるで水のように赤い血を流そう。
血は地面に吸い込まれ、ソメイヨシノの贄となる。
ああ、だからこの身体は血を欲しがったのだ。
この綺麗な花に与えるために、蓄える必要があったのだ。
月に照らされ花が咲く。
いつまでも孤独な桃色の花。
世界に一つしかない、花。
この花が血を欲しがっていたのだ。
この体に満ちた血を、最後の一滴まで吸い取るがいい。
そしてその花を、赤く染めろ。
.*+;゜*・+;゜*・+.゜*.
1988年10月31日
まるで眠るように死んでいるのは女性だった。
とても幸せそうに。
ぱっと見ただけでは死んでいると思わないかもしれない。
口から流れる血を除けば。
日記は読み終わった。
この日記を書いたのが彼女なのか、そうでないのかは分からない。
ただ、ここで女性が死んでいる。
一冊の日記と共に。
それが何を意味するのか……。
すべては警察の仕事だ。
日記は元の位置に戻しておいた。
関係のない人間は去るとしよう。