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89 結末

89 結末


 承治が目を覚ますと、知らない天井が視界に広がる。

 半裸の体はブランケットに包まれ、ベッドに寝かされているようだ。


 ふと視線を右に向けると、ヴィオラがその場に佇んでいる。

 固く目を閉じたヴィオラは、椅子に座りながら眠っているようだ。

 服装も普段のドレスではなく、ネグリジェのような薄着姿でいる。薄い布地でボディーラインが強調されたその服装は、どこか扇情的だ。

 

 そんなヴィオラの姿をひとしきり眺めた承治は、上半身を起こして周囲を見渡す。

 ここは、王宮の医務室だろうか。室内にはベッドや薬品棚のようなものが置かれている。

 そして、ヴィオラの背後にも一台のベッドがあり、軽く使われた形跡があった。


 まさか、ヴィオラはわざわざ起き上がって、ずっと隣に座っていたのだろうか。

 長らく拘束されていたヴィオラも相当疲労しているだろうに、こうして健気に他人を心配する様は、なんともヴィオラらしい。

 承治がそんなことを考えていると、首をコクリと動かしたヴィオラは不意に目を覚ます。


「おはよう」


 承治がそんな言葉をかけると、寝起きのヴィオラは安堵と困惑が入り混じった複雑な表情を作り出す。

 そして、胸元で固く手を握り締め、目を閉じながら振るえる声で小さく呟いた。


「よかった……」


 それは、紛れもなく承治の無事を喜ぶ言葉だ。

 承治はどこか気恥しくなると同時に、ヴィオラに心配をかけたことが申し訳なくなる。


「すいませんヴィオラさん。僕、色々無茶しちゃって」

 

 そんな承治の言葉に対し、ヴィオラは前のめりになって声を荒げる。


「もうっ! ホントに、あんな無茶して! 私、すごく心配して、だから……」


 徐々に声のトーンを落したヴィオラの言葉は、次第に嗚咽へと変化する。

 そして、しまいには大粒の涙を流して咽び泣き始めた。


 静かな室内に、ヴィオラの嗚咽だけが響き渡る。

 そんな姿を見た承治は、自分のためにとめどなく涙を流してくれるヴィオラのことを、心の底から愛おしく思えた。


 承治はせめてもの慰めのつもりで、ヴィオラの背中を優しく摩る。

 すると、ヴィオラは徐々に落ち着きを取り戻して、ぐしぐしと涙を拭った。


「すいません、私……」


 こういう時、下手に感情を昂ぶらせるような話題は避けた方がいいだろう。

 そう思った承治は、とりあえず一番気になっていた事件の顛末を聞くことにした。


「ヴィオラさん。とりあえず、あの後どうなったのか、知ってる範囲で教えてもらえますか?」


 承治の言葉に促され、ヴィオラはあの死闘の後に起きた出来事を語ってくれた。


 まず、承治や長岡に対する疑惑は、全て冤罪だったという認識でしっかり周知されたようだ。そうでなければ、レベックの自白を引き出した意味が無い。

 また、脱獄騒ぎを起こした件についても、そもそも冤罪で投獄していた王宮側に落ち度があったということで、不問にされるらしい。恐らくユンフォニアが取り計らってくれたのだろう。

 更にヴィオラは、クラリア王国の反応について補足する。


「状況の一部始終を見ていたクラリア側も、今回の一件はカスタリア国内で起きた陰謀騒ぎだったと認識し、外交卿のレベックからもたらされた情報は全て虚偽だったと納得してくれました。一応、ファフさんの件もうやむやにできたそうです」


「あの一件で分かったけど、ファフの影響力はまだ大きいですね……そのうち風化すればいいんだけど」


 今回はうやむやにできたが、いずれまたファフの存在に危機感を抱く者が出るかもしれない。ファフに関する情報の扱いは、今後も注意する必要があるだろう。

 そして、ヴィオラはいよいよレベックの顛末を語る。


「事件の後、レベックは姿をくらましました。目撃者の話によると、レベックは着地間際に転移魔法を行使した可能性があるとのことです。ただし、転移魔法は正確な転移先の座標計算を行わないと、どこに飛ばされるかも分からない危険な技で、その後レベックが無事に転移できたかどうかは……」


 話しによると、レベックはまだ生きている可能性があるらしい。

 だが、カスタリア王宮内での地位は失墜し、現在は指名手配犯のようなものだ。たとえ生きていたとしても、今後は派手な活動をすることはできないだろう。


 そしてヴィオラは、消息不明となったレベックに対し、未だに複雑な心情を抱いているようだ。


「レベックの行いは擁護できませんが、正直なところ、少し同情できる所もあるんです。レベックは幼い頃から孤独で、私が唯一の話し相手のような環境で育ったので……」


 そんな言葉を皮切りに、ヴィオラはレベックの過去を語ってくれた。

 

 話を聞き終えた承治は、改めてレベックという男について考える。

 あんなことのあった後だが、今の承治にならレベックの気持ちが多少は理解できる気がした。


 レベックは、唯一自分と向き合ってくれたヴィオラのことを、愛していたのだろう。

 己の全てを賭け、何をしてでも手に入れたいと思うくらい、ヴィオラのことを愛していたのだろう。

 その想いは、己の命を賭けてヴィオラを助けたいと思った承治の感情と酷似している。

 

 しかし、レベックは肝心なヴィオラの気持ちを無視した。

 いかに強い想いがあろうと、その想いが時として一方的になることは往々にしてある。

 同時に、承治は自分とヴィオラの関係について改めて意識した。

 

 僕は、ヴィオラのことが好きだ。

 この事件をきっかけに、承治は己の感情をはっきりと自覚した。


 だが、問題はヴィオラの気持ちだ。

 いかに承治の想いが強くとも、それが一方的であれば結局はレベックと同じだ。たとえ他人を愛することが尊い行為だったとしても、一方的な想いは時として過ちを生み出す。


 もちろん承治は、ヴィオラの気持ちを確かめる最も簡単な方法を知っている。

 何も難しいことはない。単純に、ヴィオラに好きだと伝えて返事を乞えばいいだけのことだ。


「ジョージさん、どうかしましたか?」


 ふと、考え込む承治の視界にヴィオラの顔が大きく映り込む。


 涙で瞼を赤く腫らし、疲労の浮かぶその表情は弱々しく儚げだ。

 そんな表情を見ていると、今すぐにでもヴィオラを抱きしめ、己の想いをぶつけたくなってしまう。


 だが、今はまだその時ではないと承治は判断した。

 あんな騒ぎがあった後で、今は互いに気持ちの整理が追いついていない部分もあるだろう。

 自分の気持ちを伝えるのは、もう少し落ち着いてからの方がいい。

 そう結論付けた承治は、出かかった想いをぐっと飲み込む。


 だけど、少しくらいなら本音を言ってもいいか。

 そんな気まぐれに惑わされた承治は、自然とこんな言葉を口走っていた。


「いえ、今のヴィオラさんの格好が凄く綺麗なんで、ちょっと見惚れてました」

 

 そんな承治の言葉に対し、視線を落して耳まで赤くしたヴィオラは、囁くように「バカっ」と呟いた。

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