86 対決
86 対決
王宮上空を飛んでいたファフは、塔に引き返そうとするレベックを足止めするため急降下する。
そして、レベックが塔に辿りつく直前で、城壁の屋上に降り立つことができた。
「はいストーップ! アンタの相手はこの私よ!」
ファフに行く手を遮られたレベックは、足を止めてローブの中に手を忍ばせる。
そして、どこか余裕のある表情で口を開いた。
「まさか、貴様らがヴィオラの救出を優先するとはしてやられた。ロングヒルを囮にして、私の行動を貴様が空の上から監視していたのだろう? さながら、オーツキが救出役といったところか」
レベックの推理は完璧だった。
観測役を任されたファフは、脱走騒ぎを聞きつけたレベックが王宮外縁の目立たない塔から出てきたところをしっかりチェックしており、その情報を共鳴水晶で承治に伝えていた。
いきなり塔へ引き返したレベックの行動を見るに、ヴィオラが囚われている場所は塔の中で間違いなさそうだ。今頃、塔に突入した承治がヴィオラを救出している頃合いだろう。
それらは全て、承治の考案した作戦だ。
だが、ヴィオラの救出だけが作戦の全てではない。残る作戦を成功させるために、ファフは時間稼ぎを兼ねて挑発的な態度でレベックと対峙する。
「あら、全てお見通しってわけ? でも、アンタがそれに気付いたところで、ヴィオラはもう助け出されてる頃でしょうね。愛しのヴィオラが奪われて残念だったわね」
「そこが解せん。貴様らは、この国の支配を目論んでいるのだろう。確かにヴィオラは第一王女ユンフォニアの右腕だが、王族に比べれば政治的な重要度は低いはずだ」
レベックの言葉に対し、ファフは呆れた様子で応じる。
「アンタ、まだそんな思い込みしてるわけ? 承治がヴィオラの救出を優先したことに、小難しい理由なんてないわ。承治は、ヴィオラのことが好きなだけ。どんな我儘を貫き通してでも、好きな人を助けたいと思った。ただそれだけよ」
すると、レベックは鼻で笑って応じる。
「ヴィオラを奪うためにこれだけ大それた策謀を巡らせるとは驚きだ……だが、ヴィオラは渡さんッ!」
その瞬間、一歩踏み込んだレベックはローブを翻し、目にも止まらぬ速さで居合抜きのような斬撃を放つ。
ファフはすかさず後退して斬撃を回避し、その勢いを利用して再び空に飛び立った。
「っと、危ない危ない……つーかさぁ、策を巡らせたのはアンタの方でしょ。それにヴィオラは渡さないって、もともとアンタのモノじゃないから。アンタもヴィオラのことが好きなら、ヴィオラの気持ちは考えないわけ?」
「……今のヴィオラは貴様らに誑かされている。正気を失っている者に意思を問うても無意味だろう」
「ったく、どこまで思い込みが強いのよ……まぁいいわ。ホントにヴィオラが誑かされてるかどうか、もう一回くらい確認してみたらどう?」
そう告げたファフは、レベックから視線を外して背後の塔を顎で指す。
すると、塔の通用口から承治とヴィオラが体を支え合ったまま姿を現した。
二人の姿をレベックは一瞬だけ狼狽を見せたが、すぐさま余裕の表情を取り戻す。
「ほう、わざわざ二人揃って現れるとは手間が省けた。大人しく投降する気になったかねオーツキ・ジョージ」
対する承治は、ヴィオラを胸に抱えたまま強気な態度で応じる。
「まず、ヴィオラさんの枷を外す鍵をよこせ。もう拘束しておく必要はないだろ」
「……よかろう」
すると、レベックは懐から小さな鍵を取り出して承治の足元に投げつける。
承治はレベックの動きに注意しつつ鍵を拾い上げ、すぐにヴィオラの拘束を解いてやった。
「さて、他に未練はないかオーツキ。よもや、私の前に姿を現して生きて帰れるとは思うまいな」
そう告げたレベックは、剣を構え直して腰を落す。
対する承治は、ヴィオラから体を離して軽く両手を上げてみせた。
「せっかくだし、少し話をしないか。ヴィオラさんのことだって、話せば分かることもあるかもしれない」
「もはや話すことなど何もない。今すぐこの場で貴様を切り捨てれば全てが片付く」
「本当にそう言いきれるか? 僕を怨むのは勝手だけど、お前はヴィオラさんの為を思ってこんな大それたことを企てたんだろ? これがヴィオラさんの為になってなきゃ何の意味もないだろ」
レベックは剣を構えたまま、しばし沈黙する。
そして、徐々に顔を歪めながら口を開いた。
「ヴィオラの為……そう、ヴィオラの為だ! ヴィオラにとって、貴様は害悪となる存在だ! だから貴様を取り除く。それがヴィオラの為だ!」
すると、承治の背後に立つヴィオラが声を荒げる。
「レベック、何度も言っているけど、私はそんなこと望んでない。たとえどんなに強い想いがあろうと、人を傷つけたり陥れたりするようなやり方は間違っているわ!」
「いいや、間違っているのは君の方だヴィオラ。物事は、基本的に競争と奪い合いだ。何かを得ようとする者がいれば、奪われる者もいる。その過程で傷つく者や陥れられる者が生じるのは道理のうちだ」
そんなレベックの身勝手な主張に対し、承治は怒りすら覚える。
だが、承治は何もこの場でレベックを論破するために会話を続けているわけではない。
それを自覚する承治は、レベックから〝ある言葉〟を引き出すための問いを続けた。
「だからお前は、ヴィオラさんを得るために、ありもしない冤罪をでっち上げたわけか。何かを得るためなら、そういう策略も手段のうちってことか?」
「ああそうさ。現に、貴様は私の術中に嵌り地位を失った。これは正義、不正義の問題ではなく、単純な結果だ。貴様が何を足掻こうと、今さらこの結果は覆らない。これこそが、私の持てる〝力〟だ!」
そこまで聞いたところで、承治はニヤリと口を歪める。
「なるほど。じゃあもう一度確認するけど、アンタは僕を排除するために魔道具横流しの罪をなすりつけた。あ、長岡くんの件もね。同時に、計画を邪魔されないようヴィオラさんを不当に拘束していた。全部、アンタの策略なんだな?」
「そうだと言っているだろう。今更そんなことを聞いて何になると……」
そこまで言いかけたところで、レベックは何かを察した様子で目を見開く。
だが、その反応はいささか遅すぎた。
今のやり取りで全ての条件をクリアした承治は、不敵な笑みを浮かべながら態度をころりと変える。
「僕だって考えたんだよ。アンタを出し抜き、この状況を覆す方法をな」
そう告げた承治は、タネ明かしとばかりに上着のポケットから何かを取り出し、手のひらで掲げて見せる。
そして、承治の掲げた手の上には、複数の〝共鳴水晶〟が転がっていた。