82 再投獄
82 再投獄
ひんやりとした石壁に四方を囲まれ、小窓からかすかに夕陽が入り込むその場所は、承治にとって嫌な思い出のある空間だ。
こちらの世界に転生した際、正気を取り戻した承治が初めて連れ込まれた場所が、この牢屋だった。
承治もまさか、半年足らずで二度目の投獄を経験するとは思わなかった。
しかも、投獄された原因は〝魔道具の横流し〟に関与した容疑という、身の覚えのない理由だ。明らかな濡れ衣である。
承治はとりあえず鉄格子に近づき、通路の様子を確認する。
幸いにして、監視役の衛兵は近くにいないようだ。
加えて、承治はこの場に連れ込まれた際に、長岡とファフも近くに閉じ込められていることを確認している。部屋が横並びなので顔は見えないが、声の届く距離だ。
鉄格子に顔を寄せた承治は、なるべく静かに声を上げる。
「ファフ、長岡くん、大丈夫?」
すると、聞き覚えのある二人の返事が視界の外から返ってきた。
「うーい」「俺は大丈夫です」
承治は胸を撫で下ろし、これから何を話すべきか頭を捻る。
そして、真っ先に疑問に思ったことを口にした。
「一応確認するけど、長岡くんの力なら簡単に脱獄できるよね?」
転生者である長岡は、契約時のオプションによって肉体が強化されており、魔法も自在に扱うことができる。かつて、ファフはその力で一国を降伏に追い込んだほどなので、長岡も牢屋を抜け出すくらいは朝飯前だと想像できる。
承治がそんなことを考えていると、視界の外から再び長岡の声が届いた。
「いや、まあ、そうなんですけど。そんなことしたら脱獄犯になっちゃうじゃないですか。元々捕まるような心当たりもないし、大人しくしていれば出られるかなと思って……」
懸命な判断だ。
いかに強大な力を持っていたとしても、それを好き勝手に振るえばファフのように世界を敵に回すことになる。
「まあ、長岡くんの力を借りて脱獄するのは最終手段か……とにかく、どうして僕と長岡くんに容疑がかかったのか、理由がわからないと動きづらいな」
すると、視界の外からファフが口を挟む。
「理由も何も、全部あの黒エルフ……レベックがでっち上げたんでしょ。長岡を告発したのも承治を陥れる布石だったんでしょうね。長岡にとってはいい迷惑でしょうけど」
「はあ、俺はいざとなれば逃げ出せるからいいんですけど、大月さんはそのレベックって人に恨みでも買ったんですか? もしかして権力争いとか」
長岡の言葉に対し承治が言い淀んでいると、痺れを切らしたファフが不機嫌そうに声を放つ。
「色恋沙汰よ色恋沙汰。承治とヴィオラの間柄にレベックって男が嫉妬してんの」
「ええっ! 大月さんとヴィオラさんってそういう関係だったんですか!?」
いや、そこに反応するのかよ。
と、承治はいちいち誤解を招くファフの発言に辟易しながら応じる。
「僕とヴィオラさんはただの上司と部下だよ。まあでも、色々と誤解されてレベックに嫌われたのは事実かもしれないけど……」
そう告げた瞬間、承治は数時間前にレベックの下へ向かったヴィオラのことを思い出した。
すると、ファフも同じことを思い出したらしく、承治より先に声を放つ。
「とりあえず、ヴィオラのことが心配ね。私達が捕まったってことは、ヴィオラじゃレベックを止められなかったってことでしょ。あのヴィオラがレベックに言いくるめられたとは思えないし、もしかしたらレベックに捕まってるのかも……」
ファフの懸念はもっともだ。
この状況にヴィオラが介入してこないということは、何らかの形で身動きを封じられている可能性が高い。
それを考えると、承治はいてもたってもいられなくなる。
だが、事を焦って強引に脱獄するやり方が賢いとは思えなかった。なぜなら、自分達にかけられた疑いが晴れない限り、下手に暴れたりすれば疑惑が高まるだけだからだ。
ならば、今は待つことしかできないのだろうか。
承治は、長岡やファフと相談しつつ必死に頭を回転されたが、打開策は一向に思いつかない。
そうこうしているうちに、いつの間にか日が暮れて牢獄は暗闇に覆われていた。
物寂しい牢屋の中で、ひたすら無為な時間が過ぎ去って行く。
そんな時、不意にどこからともなく金属を叩くような音が響いた。
カンカンとリズムよく鳴るその音は、通路に設けられた小窓から響いている。
承治はすぐさま鉄格子に近づき、目を細めて小窓に視線を向ける。
すると、どこか見覚えのある犬のような耳が小窓の外で揺れ動いていた。
その可愛らしいケモミミは、獣人と人類種のハーフであるセレスタのもので間違いない。
驚いた承治はたまらず声を上げそうになったが、セレスタの思惑を察して状況を見守る。
すると、ケモミミに続いてセレスタの小さな顔が小窓から姿を現した。
窓が高い位置にあるので、セレスタは〝空飛ぶモップ〟に跨ってこちらを覗いているのだろう。
不意に現れたセレスタの存在は、八方ふさがりだった承治にとって、まさに暗闇に射し込んだ一筋の光明になり得た。
コソコソと姿を現した今の状況からして、味方をしてくれると見ていいだろう。
そんな承治の思惑をよそに、セレスタは小窓から片手を突き出して何かを投げるような動作をする。
すると、床で何かが跳ねる音がした。
承治はすぐさま床を這いずり、落下した物体を探す。
そして、布に包まれた小さな物体を見つけ出すことができた。
承治が再び小窓に目を向けると、セレスタは既に姿を消している。
承治はとりあえず受け取った布を解く。
すると、中から小さな水晶玉と宝石が姿を現した。
「これは……共鳴水晶とウラシムか」
共鳴水晶は、遠距離連絡を可能とする魔道具の一種だ。そして、ウラシムの宝石はその魔道具を稼働させる燃料になる。
つまり、これで外部との連絡手段が確保されたということだ。
承治は心の中でセレスタに感謝しつつ、受け取った共鳴水晶を宙にかざしてみる。
すると、水晶の中に見覚えのある人影が映し出された。
『久しいなジョージ。これを覗いているということは、監視の目はついとらんようだな』
水晶の中からそう告げたのは、他でもない第一王女ユンフォニアだった。