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80 異変

80 異変


 太陽が南の空に昇った頃、第一王女ユンフォニアは王宮内の議場に集った王侯貴族達を前にして「ふうむ」唸った。


「して、緊急会合を開くのはいいが、開催を要請したレベック卿がおらんとはどういうことだ」


 その日、朝から勉学に励んでいたユンフォニアは、正午を前にレベックから緊急会合に臨席してほしいという要請を受けた。

 議題は外交及び国政に関わる重要な内容ということだけで、詳しい中身は聞かされていない。


 しかし、当のユンフォニアが議場に赴いてから既に数十分が経過しているが、未だレベックの姿は見当たらない。加えて、こういった会合ではいつも司会役を務めるヴィオラも珍しく顔を見せていなかった。


 呼び出された会合が一向に始まらないという醜態を前にして、さすがのユンフォニアも不満が顔に出始める。


「誰か、レベック卿の行方を知る者はおらんか。それとヴィオラもだ。あの二人がおらんでは話にならん」


 そう告げたユンフォニアは、だらしなく頬杖をついてあくびをする。

 そして、ユンフォニアが三回目のあくびをしたところで、ようやくレベックが議場に姿を現した。


 いそいそと議場に駆け込んだレベックは、ユンフォニアの前で跪き深々と頭を下げる。


「殿下をお呼び立てしておきながら長らくお待たせしてしまい、申し開きの余地もございません。どうか不遜なわたくし目に罰をお与えください」


 対するユンフォニアは寛大な態度で応じる。


「あまり関心はせんが、そちも色々と忙しいのであろう。そちが自省しているのならば、余にこうべを垂れる必要はない。して、ヴィオラは一緒ではないのか」


「ヴィオラ首席宰相は体調がすぐれないとのことで、私室にて休んでおります」


 その言葉に、ユンフォニアは軽く驚きの表情を見せる。


「なんと、あのヴィオラが床に臥すとは珍しいのう。後で見舞いに行かねばな……では、議事の進行はレベックに頼むとしよう」


 ユンフォニアに促されたレベックは、体を翻し議場に集う王侯貴族に向けて声を放つ。


「では、これより緊急会合の開催を宣言する。議題は、昨今問題となっている魔道具の横流し事件及び、クラリア王国との外交問題についてだ。まずは前者から説明しよう」


 そう切り出したレベックは、現在国内の闇市場に流通している魔道具が、元々は近衛兵の武器として製造されたものであり、何者かがその品を横流ししていることを説明する。

 そして、話はすぐさま核心に迫った。


「魔道具の製造から納品に至る過程で何者かが横流しを行っていることは既に周知の事実かと思うが、私は幾人かの協力を得ることで、ようやくその犯人を特定することに成功した」


 レベックの発言に対し、ユンフォニアは身を乗り出して反応する。


「おお、さすがはレベックだ。して、その小賢しい悪玉は一体何者なのだ。よもや、この中にいるなどとは申すまいな」


「詳細説明はトランペ子爵に頼みたい」


 レベックに発言を促されたトランペは、さも誇らしげに返事をして起立する。


「はっ。造兵卿であるわたくしは、自身の責任範囲である魔道具の流出を阻止するべく、レベック卿と共に調査を進めておりました。その過程で、製造を担当していた一部職人から余剰生産品を秘密裏に買い上げていた、とある人物の名が浮かび上がりました。その者こそが、闇市場に魔道具を流通させた犯人でございます」


「前置きはよい。その者の名を申してみよ」


 そして、トランペは堂々と続く言葉を口にした。


「はっ。その者は、ヴィオラ首席宰相閣下の部下である転生者オーツキ・ジョージにございます」


 その瞬間、列席する誰もが驚きの声を漏らし、議場はどよめきに包まれた。

 その反応は、承治が横流しに関与していたことが信じられないというよりは、なにかと謎の多い転生者が事件を起こしたという、センセーショナルな出来事に驚いているといった様子だ。

 そして、犯人の名を聞いて最も驚いていたのは、承治の人となりを知るユンフォニアだった。


「し、信じられん! 何かの間違いではないのか!?」


 座席を立って前のめりになるユンフォニアに対し、トランペは軽くたじろぎつつ応じる。


「は、はい。余剰品の非公式な買い上げは、複数の職人が自白している確かな情報であります。加えて、オーツキの買い上げた魔道具の一部流通ルートについても、レベック卿が裏を取っております」


 トランペに促されたレベックは、あくまで冷静な態度で口を開く。


「先日、収穫祭に合わせてクラリアから入国していた怪しげな騎士を捕らえたのだが、その者はカスタリア製の魔道具をクラリアに密輸しようと目論んでいた。そして、その騎士はオーツキを通じて魔道具を入手する予定だったことが判明している」


「ありえん! あのジョージが、そんなっ……」


「殿下、私の話はまだ終わっておりません」


 ユンフォニアの言葉を遮ったレベックは、列席者に向けて堂々と言葉を続ける。


「そして、二つ目の議題であるクラリア王国との外交問題とは、その転生者オーツキに関わる話だ。魔道具密輸の件でオーツキの存在を知ったクラリア王室は、いずれかの筋でオーツキと魔王ファフニエルが密な関係にあることを知ったようだ。当然ながらクラリア王室は、密輸犯であるオーツキが魔王ファフニエルを隷属させていたという不可解な事実を知り、我が国に対して非常に強い不信感を抱いている」


「それは……」


 ユンフォニアは反論しようとしたが、返す言葉がなかった。

 そもそも、ファフニエルに対する措置が寛容すぎたのは事実だ。かつて魔王ファフニエルに苦汁を飲まされた周辺国からすれば、その元凶が野放しになっている現状を不信に思うのは当然である。

 だからこそ、ユンフォニアはファフニエルに対する措置を今まで秘匿するよう心がけてきたが、その秘密は最悪のタイミングで顕在化してしまったようだ。


 様々な問題が同時に噴出した今、ユンフォニアはどうしていいか分からず狼狽を見せる。

 すると、レベックが異様なまでに平然とした態度で声をかけてきた。


「ご安心ください。オーツキとファフニエルの身柄は既に拘束しております。以後は尋問を行い、余罪を追及したいところですが、私としてはクラリアとの関係を鑑み、速やかな極刑の執行を進言します」


 ユンフォニアは、承治とファフニエルが既に拘束されていることにも驚かされたが、それ以上にレベックの告げた提案に衝撃を受けた。


 極刑――つまり、ジョージとファフニエルを殺せと言うのか。

 ユンフォニアにとって、承治とファフは今や友人に等しい。身分差を気にすることなく、気さくに接すことができる唯一無二の存在と言ってもいい。

 

 しかし、それはあくまでユンフォニア自身の交友関係にすぎない。

 仮に、承治の罪が事実であれば公正に裁くべきだし、国王代行としてはクラリアとの関係を良好に維持する役目もある。

 当然ながら、国政の場で己の交友関係などという私情を持ち込むことはできない。


 ユンフォニアがそんなことを考えていると、議場はレベックの発言をきっかけに、いつの間にかヒートアップしていた。

 どこか勢いのついたトランペは、声を荒げて近くの者に持論をぶつけている。


「レベック卿の提案を速やかに実行しなければ、クラリアとの関係悪化は必然だ。私もこんな事は言いたくないが、ファフニエルを野放しにしていた事実が広まれば、その判断を下した姫殿下の沽券にかかわる」


 それはユンフォニアに対する批判とも取れる発言だったが、トランペの発言を咎める者はいなかった。

 なぜなら、カスタリアの権力者である列席者達は、国王代行のユンフォニアに盲目的に従っているわけではないからだ。

 ユンフォニアは広く意見を受け入れる寛容な統治を行っているからこそ、その家臣である彼らは、己の地位と権力をもってユンフォニアに対し批判的な立場を取ることができる。

 つまり、ユンフォニアの判断次第では国が分裂する恐れすらあるのだ。


 そんな状況に立たされたユンフォニアは、ファフニエルの処遇に対して責任を感じると同時に、国王代行としてどんな指示を出すべきか迷いを見せる。

 そもそも、レベックとトランペの語った話が事実かどうか、今は断定することができない以上、承治の処遇を軽々と決めるわけにはいかないだろう。

 しかし、ファフニエルの件は何らかの形で決着をつけ、早急にクラリアへ説明する必要がある。でなければ、クラリアの不信感はますます強まってしまう。


 こんな時、ヴィオラがいれば。

 己の背中にのしかかる責任という重しに押し潰されそうになったユンフォニアは、もはやこの場にいないヴィオラの存在を頼る他なかった。


「とりあえず、余はジョージの上役であるヴィオラにも意見を聞きたい。無関係ではなかろう」


 ユンフォニアの提案に対し、すぐさまレベックが応じる。

 

「実のところ、ヴィオラ主席宰相はオーツキの件で大変ショックを受けており、心神喪失状態にあります。今は私が支えをしておりますが、姫様の御前に立てる状態とは言い難い状態です。どうかご容赦のほどを……」


 ユンフォニアは、レベックの言葉に強烈な違和感を覚えた。

 仮に承治が罪を犯したとして、ヴィオラはそれを理由にショックを受けて寝込むような人物だろうか。

 赤子の頃からヴィオラに世話をされてきたユンフオニアは、ヴィオラの持つ〝強さ〟を知っている。たとえどんなに厳しい状況に立たされようと、ヴィオラが全てを投げ出すような心理状態に陥るとは思えなかった。


 ならば、この場にヴィオラがいないことに、何か意味があるのではないか。

 そう感じたユンフォニアは、紛糾する議場を眺めながら、鋭い視線をレベックの背中に向けた。

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