表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/96

78 ヴィオラとレベック

78 ヴィオラとレベック


 承治と別れたヴィオラは、一心に足を動かして王宮の廊下を突き進む。

 その間、レベックのことを考え続けた。


 レベックは、なぜナガオカを告発したのか。

 あの人の良いナガオカが武器の密輸という浅ましい犯罪に手を染めるとは思えない。であれば、何かの勘違いか、もしくはレベックがナガオカを陥れようとしているのだろう。


 ヴィオラには、レベックを疑う理由があった。

 レベックは確かに勤勉で努力家かもしれないが、何かを成すために手段を選ばないタイプだ。

 以前、王宮内で権力争いが生じた時も、レベックは政敵を貶めるために捏造や裏工作といった手段を積極的に用いたと噂されていた。もちろん、それは単なる噂でしかなかったが、ヴィオラはレベックの潔白を信じることができなかった。


――アナタには私以外の他人がまるで見えていない。


 ヴィオラは以前、レベックにそう告げた。

 その言葉通り、レベックは昔からヴィオラ以外の人を人として見ていなかった。

 幼い頃にも、ヴィオラへイタズラをした同年代の仲間をレベックが何の躊躇いもなく傷つけたりするような出来事はいくらでもあった。

 レベックは、ヴィオラ以外の他人を動きまわる人形か邪魔者くらいにしか考えていないのだろう。

 それこそが、レベックを疑ってしまった理由だ。


 なぜレベックがそうなってしまったのか、ヴィオラにも心当たりはある。

 幼くして両親を亡くし、親戚に預けられていたレベックは、少数部族のダークエルフという特異性も相まって家庭でも外の世界でも孤立していた。

 そんな中、周囲に疎まれるレベックと対等に向き合おうとしたのは、ヴィオラただ一人だった。

 ヴィオラは、孤独なレベックの助けになりたいと思って手を差し伸べた。

 だが、結果的にレベックはヴィオラにしか心を開かなかった。


 それがレベックにとって良い結果になったのか、ヴィオラには分からない。

 分からないが、仮にレベックがヴィオラのためを思って何らかのトラブルを起こしているとすれば、その責任は自身にもあるとヴィオラは考えていた。


 レベックは、いつも私のためを思って行動する。たとえそれが、他人を傷つける結果になったとしても。

 もし、レベックが暴走しているのなら、私が止めなきゃ。レベックには、私しかいないのだから。


 そんなことを考えているうちに、ヴィオラはレベックの執務室前に辿りつく。

 できれば、ナガオカの件は単なる勘違いであって欲しい。

 心ではそう願っていても、ヴィオラの抱く不安は全く拭えなかった。

 

 ヴィオラは震える手で扉をノックし、室内から返事が放たれたことを確認する。

 そして、ゆっくりと扉を開け放ち、部屋の窓際で佇むレベックと対面した。


「やあヴィオラ。ちょうど会いたいと思っていたところだよ。今日は、誰かと一緒かい?」


 そう告げるレベックの表情は、心なしか普段より明るく見えた。


「いいえ、私一人よ。実は、アナタに聞きたいことがあってここに来たの」


「ロングヒルという男のことだろう」


 ロングヒル――それは、ナガオカが名乗っている今の名だ。

 会話の目的がナガオカであることを看破されたヴィオラは、レベックに対する疑念を深める。なぜなら、レベックはまるでヴィオラに問い詰められるのを待っていたかのようなそぶりを見せたからだ。


「心当たりがあるなら話が早いわ。私は、ナガオカ……いえ、ロングヒル騎士が密輸のような犯罪行為に関わった可能性は極めて低いと考えています。アナタは一体、どういったルートでその情報を入手したんですか?」


「おいおい、なんだか今日はよそよそしいじゃないか」


 レベックはヴィオラの問いに答えず、なぜか柔和な微笑みを見せる。

 対するヴィオラは、不満げに眉をひそめて応じた。


「レベック……私の言いたいことが分かるなら、ちゃんと答えてちょうだい。ロングヒルさんの件は真実なの? それとも……」


 すると、レベックは両手を大きく広げ、体に纏うローブをマントのようにはためかせながら口を開く。


「ああ、真実だとも。外交卿である私は、クラリア本国から騎士ロングヒルが魔道具の密輸を手引きしているという情報を入手した。そして、君に伝えなければならない重大な情報がもう一つある……それは、密輸の元凶となった魔道具を、国内でバラ撒いていた黒幕の正体だ」


 そう告げたレベックは、ヴィオラが口を挟むよりも先に、まくし立てるように言葉を続けた。


「あろうことか、我が国内で魔道具の横流しを主導していたのは、転生者オーツキ・ジョージだったのだよ」


 その言葉を聞いた瞬間、ヴィオラは自身の予感が完璧に悪い方向へ当たっていたことに絶望する他なかった。

 そももそ、ほぼ毎日ヴィオラと共に働いているジョージが、厳重に管理されている魔道具の横流しを主導できるわけがない。加えて、ジョージにはそんなことができる権力もなければ人脈もないこと、ヴィオラはよく知っていた。


 であれば、レベックの語った話は明らかな虚偽だ。それも、故意に作りだされた謀略じみた虚偽に他ならない。

 レベックは、間違いなくジョージを陥れようとしている。ナガオカの件は、ジョージの疑惑を深めるための布石だったのだろう。


 でも、なぜレベックはジョージを標的にしたのか。ジョージがレベックに何をしたというのか。ヴィオラには、それがよく分かっていなかった。

 ただ、今はそんなことよりもレベックの暴走を止めなければならない。


 そう考えたヴィオラは、たまらず声を荒げる。


「私はジョージさんの上司なのよ! もし、アナタの言ってることが本当なら、私が気付かないハズないじゃない! お願いレベック……もう他人を陥れるようなことはやめて!」


 取り乱すヴィオラを前に、レベックは落ち着いた態度を崩さず応じる。


「陥れる? それは違う。私が行おうとしているのは断罪だ。転生者オーツキはこの国を、そしてヴィオラを誑かさんとする諸悪の根源だ。私は奴を取り除かねばならない。その使命を果たすためなら、手段や過程は問題にならないのだよ」


「どうしてそうなるのよ! 私はジョージさんに騙されてなんかいない……むしろ、私の助けになっている。それを、どうしてアナタが咎めようとするの!? 私はこんなこと望んでない!」


 悲痛な表情で訴えるヴィオラを前に、レベックは初めて狼狽を見せた。


「違う……違う、違う違うッ! 君がそんなことを言うのは、全てオーツキのせいだ! オーツキが君を変えてしまったんだ! なぜ、キミは僕を疑うんだ! なぜ、僕じゃなくてオーツキを選ぶんだ! 間違ってる! 全部間違っている!」


 まるで会話にならないレベックを前に、ヴィオラは息を整えて徐々に冷静さを取り戻していく。

 そして、キッと目を細めて鋭い視線をレベックに向けた。


「レベック……アナタが行おうとしていることは、このカスタリアに混乱をもたらす悪意ある謀略です。私は、カスタリア王国首席宰相としてアナタの行動を看過できません」


 すると、レベックは片手で顔を覆い、表情を隠しながら応じる。


「なら、キミはどうするんだい?」


「アナタを力ずくでも止めます」


 そう告げたヴィオラは、軽く腰を落して戦いの構えを作る。

 その様子を見たレベックは、不意に口を歪めて余裕の表情を取り戻した。


「はは、なんだか懐かしいね。昔、キミとはよく手合わせをしたものだ。あの頃は、いつも僕が負けていたけど」


 レベックは、まるで白昼夢でも見ているかのように脈絡のない言葉を告げる。

 その様子を見たヴィオラは、もはやレベックが正気を失っていると判断する他なかった。


「レベック、お願い。私にこんなことさせないで……」


「だけどね、今の僕は昔の僕とは違うよ」


 すると、レベックはヴィオラの下へゆっくりと歩み寄っていく。

 互いの距離は徐々に狭まり、いよいよ目と鼻の先まで近づいたが、それでもヴィオラは動き出すことができなかった。


「どうしたんだい。これじゃあ手合わせにならないよ」


 そう告げたレベックが右手を緩慢に持ちあげたその刹那、ヴィオラはレベックの腕を掴んで関節をロックしながら背中に回り込もうとする。

 だが、その動作はレベックの強引な腕力によって阻止され、逆にヴィオラは足を捌かれて床に組み伏せられた。

 あまりに素早い一連の動作は、まるで超高速で演じられたペアダンスのようだ。


「どうだいヴィオラ。僕も強くなっただろ」


 一瞬の出来事だったが、そこで垣間見えたレベックの実力はヴィオラの想像以上だった。

 レベックに敗北を喫し、身動きを封じられたヴィオラは頬を床に擦り付けたまま苦しげに口を開く。


「ッ……アナタは、力も、才能もあるのに、道さえ誤らなければ……」


 すると、レベックは手の力を緩めず冷静に応じる。


「道を誤る? 僕は今、自分の歩むこの道こそが正しき道だと確信したよ。むしうろ、間違っているのはキミの方だ。僕はキミの間違いを正さなきゃならない。そのためには、こうするしかないんだ。少しの間、我慢してほしい」


 そう告げたレベックは、懐から短剣を取り出しヴィオラの首筋に近づける。

 そして、囁くように呪文を呟いた。


『ヒュプノーティスモス』


 それは、単純な睡眠魔法だった。

 魔法を行使されたヴィオラは一瞬にして意識を失い、瞳を閉じて静かな寝息を立て始める。


「待っていてくれヴィオラ。僕が、全てを終わらせるから」


 そう告げたレベックは、無防備となったヴィオラの体を優しく丁寧に抱え上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ