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77 前兆

77 前兆


 その後、収穫祭三日目の最終日は何事もなく過ぎ去った。

 結局、ファフは二日酔いで一日中ダウンしていたらしく、承治とヴィオラは二人きりでその日の勤務を全うした。


 久しく二人きりの勤務となったが、特に変わったことはない。

 できる仕事が少なかったので自然と雑談する回数は多くなったが、どれも他愛もない話題にすぎなかった。

 というのも、その日の承治はヴィオラに対してどこか気を遣ってしまい、あまり会話が弾まなかったのだ。

 承治が気を遣う原因となったのは、レベック絡みの出来事だ。


――僕はただ、キミの傍にいられればそれでいいんだ!

 

 昨日、レベックはヴィオラに関係を迫るような発言をしていた。

 対するヴィオラは、今は仕事があるので縁談のような話は進めたくないと訴えたが、その結果として二人の関係はこじれてしまった。


 もちろん、この話はあくまでヴィオラとレベックの問題であり、言ってしまえば承治は部外者だ。

 レベックは承治の存在を問題視しているようだったが、事の本質は違う。

 結局のところ、この問題はレベックの想いをヴィオラがどう受け止めるか、という部分に行きつくと承治は考えていた。

 だからこそ、承治はヴィオラの事が心配していながらフォローすることができないというジレンマを抱えていた。

 当然、そんな状態ではヴィオラと話していてもあまり落ちつくことができず、変に気を遣って何かとそっけなく振る舞ってしまった。


 僕がヴィオラにしてあげられることは何もないのだろうか。

 承治はそんなことを考えつつ、ぼんやりと仕事を続けて一日を過ごした。


 そして、何事もなく一日が終わり、一晩明けた今日は収穫祭の余韻を残す何でもない平日である。

 街や王宮では収穫祭の後片付けが粛々と進んでおり、人々は普段の生活に戻りつつある。

 そんな中、収穫祭の式典準備で働き詰めだった承治、ヴィオラ、ファフの三人は、この日を休日としていた。大仕事を片付けた三人にとっては、ようやく肩の荷が下りる待望の休息日だ。

 

 だが、そんな束の間の休日は、朝から不穏な様相を見せていた。

 事の発端は、朝食を済ませたヴィオラと承治が長岡を見送ろうとしたところに始まる。

 警邏隊との約束では、収穫祭終了後に長岡は王宮から開放される手筈になっていたが、その日の朝になって急に警邏隊が長岡の身柄を拘束したのだ。

 その情報を知った承治とヴィオラは、すぐさま警邏隊の詰め所に赴き、長岡が拘束された理由を問い詰めていた。


 警邏隊の対応に納得いかないヴィオラは、険しい顔を作って警邏隊長に詰め寄る。


「一体、どういうことですか。何度も言いましたが、ナガオカさんは暴漢を捕らえた張本人なんですよ。それをまるで罪人のように……彼を拘束した理由をお聞かせください」


 対する警邏隊長は、困ったような表情を浮かべて応じる。


「それが、昨晩になってナガオカという男が重大犯罪に関与しているという疑惑が急きょ持ち上がりまして、強盗騒ぎとは別件で拘束した次第です」


「重大犯罪? そんな話は私の耳に入っていません。一体、何の罪状ですか」


「何でも、闇市場に出回る魔道具をクラリアへ密輸する手引きをした疑いがあるとか」


 承治は耳を疑った。

 強盗犯を捕まえた件もそうだが、長岡は少女を助けるためにドラゴンと戦ったり、チエロ王国を救うために魔王ファフニエルへ挑んだりする典型的な正義漢だ。

 そんな人間が密輸などという犯罪に手を染めるとは考えにくい。


「それは信頼できる情報なんですか?」


 そんな承治の問いに対し、警邏隊長は怪訝な表情で応じる。


「少なからず、素性のよく分からん転生者様の言葉よりは信頼できる筋の情報ではありますな」


 すると、ヴィオラが語気を強めて口を挟む。


「何ですかその言い方は。アナタは、かつてジョージさんがカスタリアを救ったことを忘れたのですか。それに、承治さんは私の部下でもあります。承治さんに対する無礼は私に対する無礼とお思いなさい」


 ヴィオラの威圧的な態度に警邏隊長は驚いた様子だったが、下手には出ず毅然と応じた。


「言い方が悪かったのなら謝罪します。彼は確かにカスタリアを救った英雄かもしれませんが、その元凶となったファフニエルを手懐けて野放しにしていることが私には納得できんのです。それが、警邏隊の責任者として彼を信頼できない理由だと言えば、ご理解いただけますかな」


「ファフニエルの処遇は他でもないユンフォニア姫が下したものです。それに異を唱えるのであれば……」


 承治はヒートアップするヴィオラを抑えるため、無理やり会話に割って入る。


「ヴィオラさん落ちついてください。とりあえず、僕のことなんかより今は長岡くんのことを考えないと」


「僕のことなんかって、承治さんはいつもそうやって自分を……」


 そう言いかけたところで、ヴィオラは首を振って一旦口を噤む。

 そして、軽く息を整えてから再び口を開いた。


「……わかりました。話を戻しましょう。改めてお尋ねしますが、ナガオカさんが密輸に関わったという情報はどこで入手したのですか?」


「外務のレベック卿が独自に掴んだ情報だそうです」


 淡々と告げられた警邏隊長の言葉に対し、ヴィオラはかなり驚き狼狽を見せた。


「そんな、レベックがどうして……とても信じられません」


 ヴィオラの言う〝信じられない〟とは、レベックがデマカセじみた情報を流したことが信じられないのか、それともレベックの情報通り長岡が犯罪に手を染めたことが信じられないのか、それは承治にも分からなかった。


 何にせよ、レベックが情報源であるならば直接話を聞くのが手っ取り早いだろう。

 

「とりあえず、レベックさんのところに言って事情を聞きましょう。きっと、何かの間違いですよ」


 ヴィオラは、なぜか躊躇いを見せる。

 そして、少し間を置いてから口を開いた。


「ジョージさん。レベックとは、私が話をします。ジョージさんはレベックに何か誤解されていたようですし、レベックも私と二人きりの方が話しやすいと思うので……」

 

 言われてみれば、ヴィオラの提案は理にかなっている。

 レベックが承治に対して強い不信感を抱いているのは明らかだ。そんな二人が顔を合わせてしませば、まともに会話ができるか怪しい。

 ここはヴィオラの提案に従うのが無難だろう。


「わかりました。僕はファフを起こして仕事場で待ってます」


 承治がそう告げると、ヴィオラはすぐさま踵を返して廊下の奥へと進んで行く。

 そんな背中を見送る承治は、ヴィオラの提案に納得していながらも一抹の不安を抱いた。


 僕は一体、何に怯えているんだ。

 ヴィオラとは反対方向に足を進めた承治は、歩きながら己の抱いた不安の正体を考え続けていた。

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