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76 裏側

76 裏側


 カスタリア収穫祭の三日目である今日、カスタリア王国造兵卿トランペ子爵は己のためだけに用意された豪華な朝食を堪能し、王宮に設けられた私室に戻ろうとしていた。


 今年で齢四十五を迎えるトランペは、丸々と膨らんだ腹を揺らして廊下を歩く。太ってきたせいか、近頃は少し歩くだけでも疲労するようになってしまった。

 今では通勤がおっくうになり、屋敷を離れて王宮で寝泊まりすることが多くなった。それでも、召使付きの私室を用意させたので、さしたる不便を感じていないのが現状だ。


 少し息を荒くしながら私室に辿りついたトランペは、これから二度寝でもしようかと思案しつつ部屋に足を踏み入れる。

 その瞬間、トランペは何者かの気配を感じた。


「誰だっ!」


 驚いたトランペが声を上げると、一人の男が窓から差し込む逆光に照らされて姿を現す。


「失礼。少し待たせてもらったよトランペ子爵」


「お前……いえ、貴公は外交卿のレベック伯爵。どうして私なんぞの部屋に……」


 トランペは、勝手に私室へ入り込んでいた人物がレベックだと分かったとたん、謙虚な態度を見せた。なぜなら、カスタリアの階級序列ではレベックの方が上位の貴族だからだ。

 しかし、勝手に私室に入られていたことに対する不満はしっかり表情に出している。


 対するレベックは、落ちつき払った宥和な態度で口を開く。


「まず、貴公の部屋に勝手に立ち入った非礼を詫びよう。貴公とは急ぎ話がしたくてね」


「まあ、そういうことであれば……で、話というのは?」


 この男、一体何を考えている。

 反ユンフォニア派の筆頭として暗躍するトランペは、追及されそうな件に心当たりが多すぎた。

 トランペ自身は、レベックがどんな人物であるかよく知らない。だが、第一王女ユンフォニアの腹心である宰相ヴィオラと縁があることくらいは把握していた。

 ならば、ユンフォニアの命で何らかの疑惑を追及してくる可能性は高い。


 そんなトランペの悪い予感は、レベックの告げる言葉によってすぐさま現実のものとなる。


「実は、正規兵用に生産された魔道具を貴公が闇市場に横流ししている、という話を聞いたものでね」


 その言葉を聞いて、トランペは一気に血の気が引いていく。

 元々、リスクの高い魔道具の横流しは疑惑をかけられる前に手を引く予定だったが、どうやら引き際を見誤ったらしい。


 この男、ここで始末してしまおうか。

 窮地に立たされたトランペは、己の腰に携えた魔道具の短剣にゆっくりと手をかける。今は中年太りしているトランペも、貴族として剣技と魔法の心得くらいはあった。


 すると、そんなトランペの動きを察したレベックは目を細めて静かに言葉を続ける。


「やめておけ。貴公では私に勝てない」


 なんてヤツだ。こっちの思惑は全てお見通しと言うわけか。

 トランペは、底知れぬレベックの実力に畏怖を抱く。だが、言い逃れを諦める気は無かった。


「何をおっしゃいます。私は、単に怯えているだけです。どうやら、レベック卿は何者かに誑かされているようだ。私は潔白です」


 必死に言い訳をするトランペに対し、レベックは嘲笑ともとれる不敵な笑みを見せる。


「率直に言うが、貴公の罪を問うつもりなら、わざわざ貴公に会ったりせず、淡々と証拠を集めて議会に差し出している。私は、あくまで貴公と交渉するためにここへ来た。こう言えば、少しはマトモに話をする気になるかね」


 交渉だと。この男、何を考えている。

 トランペはしばし思案した後、当たり障りのない返事を告げる。


「とりあえず、交渉とやらの中身くらいはお聞かせ願えますかな」


「簡単なことさ。近頃の私は、カスタリアの現体制に疑問を持ち始めている。より正しき道が他にあるのではないか、そんな風に考えることが多くなった。そこで、同じような考えを持つ貴公とは、何かと協力できるんじゃないかと思ってね」


 コイツ、ユンフォニア派じゃなかったのか。一体どっちの味方なんだ。

 レベックの真意を測りかねるトランペは、カマをかけつつ本音をほのめかす。


「おやおや、レベック卿ともあろうお方が王室批判ですか。感心できませんな。しかし、言いたい事は分からないでもない。ユンフォニア姫殿下はまだお若いだけに、大局を見失っている。カスタリアの将来を憂う気持ちは、確かに私にもあります」


 トランペの本音を引き出したレベックは、後押しとばかりに言葉を続ける。


「そこでだ。私は、この国をより良き方向に変えるために、いささか強引な手段をとりたいと考えている。行動を起こすためには多くの同志が必要だ。どうだろう、私の理想に乗ってみる気はないか」

 

 より良き方向に変える。それは、何を意味しているのだろうか。

 はっきり言って、トランペは理想の国づくりなどに興味はない。己の利益こそが第一優先であり、国は自分のためにあればこそと考えていた。


 だが、仮にレベックの言う強引な手段が現ユンフォニア政権の打倒を目指すものであれば、それはトランペにとって都合が良かった。

 人類種以外の他種族にも公正に権利を分配しようとするユンフォニアの方針は、人類種だけで利益を独占したいと考えるトランペの思惑と相反している。

 

 ならばこの男、利用できるかもしれないな。

 なに、いざというときは手を切るだけのことだ。

 そう考えたトランペは、恭しくレベックに応じる。


「……そうですな。こんな私でも、何かとレベック卿にお力添えできることがあるやもしれません。どうぞ何なりとご相談ください」


 そんな言葉に対し、レベックは小さく口を歪めて満足げに頷いた。

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