74 晩餐
74 晩餐
ヴィオラの執務室で軽く休憩した承治、ヴィオラ、ファフ、長岡の四人は、それから応接間に移動して夕食を取ることにした。
なぜ大食堂ではなく応接間なのかと言えば、ヴィオラが長岡を客人扱いにして晩餐の席を設けてくれたからだ。
応接間にて少し広めのテーブルを囲った四人は、王宮料理人が腕を振るった料理に舌鼓を打ちつつ楽しげに談笑する。
過去に因縁があったファフと長岡も、互いが同じ日本人だと知って随分打ち解けられたようだ。
食事と共に会話を交わしていると、ファフはこんな話題を持ち出す。
「それにしても、こっちの世界は娯楽が無くて困るわ。意外に慣れるもんだけど、テレビが無いと部屋にいるとき暇で暇で」
そんな言葉に長岡が応じる。
「俺はあんまりテレビ見ない方だったからなぁ。それより、スマホとネットが無いのが結構キツい。たまにさ、ポケットの中にスマホが入ってる気がして無意識に手を伸ばしちゃうんだよね」
「あー、それ分かるかも」
話についていけないヴィオラは、その時々に浮かんだ疑問を承治にぶつける。
「その、テレビやスマホってどんなものなんですか?」
「説明するのが難しいですねぇ。何というか、この世界の共鳴水晶を発展させたようなものです。演劇とかニュースとか、好きな映像を選んでいつでも見られる装置って感じですかね」
「なるほど。皆さんの住んでいた世界では、とても魔法が発達していたんですね」
「いえ、僕らの住んでいた世界には魔法というものはなくて……」
そんな風にして、一同は会話に花を咲かせつつ晩餐を楽しむ。
そして、食事がひと段落つくと晩餐の席では定番となる酒も徐々に進み始めた。
ヴィオラはいつもどおり好き勝手に飲んでいるが、ファフも好奇心でブドウ酒をちびちび舐めている。ファフはまだ未成年のハズだが、こちらの世界には未成年者飲酒禁止法が無いので、一応問題はないだろうか。
しかし、飲みなれないせいか既にベロベロになっていた。
褐色の肌を更に赤らめたファフは、顔をぐしゃぐしゃにして泣きながら酒を仰ぐ。
「ううっ、わらしはねぇ! わらしはねぇ! こんな人生じゃらめなの! こんなねぇ、人に迷惑かけてばっかりのねぇ! わらしはダメな女なのよぉ!」
どうやら、ファフは泣き上戸らしい。
一方、ヴィオラは怒り上戸の時もあるが、どちらかと言えば笑い上戸だ。
「らめですよファフさん。お酒は楽しくのまないと。ほらほら、元気をらしてくらさい。ファフさんはダメなんかじゃないれすよ」
「らって、ヴィオラはいいわよねぇ! じょーじって男がいるもんねぇ! わらしは一人ぼっちらもん……ひとりぼっちらのよぉ!」
「はい? じょーじさんはここにいまふよ?」
何と言うべきか、いささか面倒くさい雰囲気になってきた。
長岡もそれを察したのか、まだ正気を維持している承治にこっそり話かける。
「大月さん。やっぱりお酒ってヤバいですね。誰でも酔うとこんな感じになるんですか?」
「いや、二人の酒癖が格別悪いだけで、普通はここまでポンコツにならないと思うけど」
すると、承治の言葉に反応したヴィオラが声を荒げる。
「あー! またぽんこつってゆったー! じょーじさん、わらしのことぽんこつって言うんれすよ! ひどいれすよね!」
そんな言葉にファフが続く。
「そう言うじょうじはロ○コンのへんたいらからね。いつもわらしたちのカラダをつけ狙ってるんらわ。ヴィオラも襲われないようチュウイしなきゃらめよ」
「わらしはじょーじさんに負けないかららいじょうぶれす」
酔った二人はいよいよ会話が成り立たなくなってくる。
さすがの承治も、そろそろ付き合いきれなくなってきた。
「二人とも随分酔ってるみたいですし、そろそろお開きにしましょうよ」
「「やらー!!!」」
声を揃えたファフとヴィオラは、承治の提案を一蹴する。
「今晩は長くなるかもしれないから覚悟した方がいいよ」
そんな承治の言葉に対し、長岡は苦笑いで応じる他なかった。
* * *
承治達が宴会を楽しんでいる頃、レベックは昼間にヴィオラが巻き込まれたという強盗事件の顛末を独自に調べていた。
王都警邏隊の詰め所を訪れたレベックは、警邏隊長から事件の詳細について報告を受ける。
その中で、長岡について隊長が言及していた。
「強盗犯を取り押さえたのは、クラリアの騎士を名乗るロングヒルという男なのですが、堂々と街中で攻撃魔法を行使したので一応身柄を抑えております。何でも、その男はウラシムなしで魔法を行使できる体質の持ち主だとか……しかも、ヴィオラ宰相閣下のお知り合いだそうで何かと謎の多い男です」
レベックは警邏隊長の言葉を咀嚼し、頭の中を整理する。
「ウラシムなしで魔法を行使する力か……確か、魔王ファフニエルも同じ力を持っていたはずだな。しかし、その得体の知れない男がヴィオラの知人だと? むしろ、その場にいたオーツキという男と関係が深いんじゃないか」
「オーツキ……あのファフニエルを手懐けている転生者ですか。確かに、ロングヒルという男と親しげに話していましたな」
やはりな。と、レベックは己の予想が正しいことを確信する。
そして、事件のあらましを聞き終えたところで、話題は強盗犯が使っていた魔導具の件に移った。
「犯人は魔道具を持っていたそうだな」
「はい。例のごとく、王立工房製の横流し品です。昨今、流通量が増えつつあるので我々もルートを探っているところなのですが……」
警邏隊長の発言に対し、レベックは冷静かつ大胆に話を運ぶ。
「正直なところ、君ら警邏隊は裏で手を引いている者に目星がついているんじゃないか。ルートなど洗わずとも、横流しができるほどの権限を持つ者は限られるだろう」
「それは……」
口を噤む警邏隊長に対し、レベックは更に踏み込む。
「君の危惧していることはわかる。王侯貴族に対する疑念を語れば、口封じに消されるかもしれないからな。しかし、私は最近王宮に来たばかりの身だ。私は王宮の腐敗に染まってはいない。どうか私を信じて正直に答えてはくれまいだろうか」
警邏隊長はいささか迷いをみせたが、すぐに口を開いた。
「ここだけの話ですが、私共警邏隊は造兵卿のトランペ子爵が黒だと睨んでいます。近衛兵の武器調達を担当しているトランペなら横流しは容易でしょうし、ヤツは反ユンフォニア派の筆頭という噂もある。横流し品で街の治安が悪化するのは、ヤツにとって好都合なんでしょう」
「トランペ子爵……確か、豪商出身の者だな。やはり、金で地位を買った者には貴族たる高貴な義務は理解できんか」
「しかし、トランペを追及すれば必然的に反ユンフォニア派に睨まれることになります。我々も手を出しあぐねているところでして、いかにレベック卿と言えど、お一人の力では……」
「確かに、正面から挑んで敵う相手ではないだろう。しかし、戦いは何も正面から挑むだけに限らない。やり方はいくらでもある」
そう告げたレベックは、珍しく微かな笑みを見せる。
その表情は、悪事の黒幕を看破できたことに喜んでいると言うよりは、何かよからぬことを思いついたかのような雰囲気を帯びていた。




