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72 交錯

72 交錯


 着替えに行くためヴィオラと共に廊下を歩いていた承治は、このタイミングで最も遭遇したくない人物と出会ってしまった。

 黒いローブに身を包み、長い黒髪を靡かせながら現れたその人物は、他でもないレベックだ。


 レベックは、さっそく血に汚れたヴィオラの服装を見て驚きの表情を浮かべている。

 その瞬間、承治はこれから始まる話がややこしくなるであろうことを確信した。


「ヴィオラ! どうしたんだその格好は! どこか怪我をしているのか!?」


 普段は澄ましているレベックも、今日ばかりは随分と狼狽した様子だ。

 対するヴィオラは、困ったような顔を浮かべて弁解する。


「落ちついてレベック。これは私の血じゃないわ。さっき、街中で少し荒事に巻き込まれて、その時にジョージさんの血がついたの」


「荒事だと!? 何があった! 君は無事なのか!?」


「私は無傷だけど、私を庇ってくれたジョージさんが怪我を……」


「その男のことなどどうでもいい! とにかく、君が無事なら……」


 面と向かって「どうでもいい」と言われると、さすがの承治も釈然としない気分になる。

 だが、そんな感情を代弁するかのように、ヴィオラが語気を強めて言葉を返してくれた。


「どうでもいいって、そんな言い方しないでちょうだい。私にとって、ジョージさんは大切な人なのよ」


 恐らく深い意味はないだろうが、「大切な人」などと言われると、承治は少し気恥しくなる。

 だが、その言い回しがレベックに要らぬ誤解を生んでしまった。


「大切な人、だと……キミにとって、そこの男が特別な存在だとでも言うのか」


 ヴィオラは、レベックの発言がいささかズレているように感じたらしく、眉をひそめて応じる。


「少し、言い方が悪かったわ……私は、人が怪我をしたと聞いて、どうでもいいなんて言えるアナタの品性を疑ったのよ。私を心配してくれるのは嬉しいけど、だからって私以外の人をないがしろにしているなら、私はアナタを見損なうわ」


「そんな、私は、キミのことを想って……」


 レベックは、ヴィオラの手厳しい態度にかなりショックを受けているようだ。

 対するヴィオラは少し言いすぎたと感じたのか、声のトーンを落して再び口を開く。


「正直、私はアナタのことを心配しているのよ。アナタは勤勉で努力家だし、国に奉仕しようとする姿勢も立派だと思う。だけど、アナタには私以外の他人がまるで見えていない。昔からそう……私以外の人を、人として見ていなのよ」


「僕にとっては、キミ以外の者を見る必要などないからだ! 僕にはキミしかいない! キミが僕の全てなんだ!」


 レベックは、まるで自分の気持ちを訴えかけるかのように声を荒げる。

 同時に、一人称が私から僕に変わっていた。恐らくレベックの告げた悲壮な訴えは、彼の本心なのだろう。

 

 ヴィオラは、そんなレベックに何と声をかけていいやら迷った様子で言葉を詰まらせる。

 すると、口を噤むヴィオラに対して、レベックがまくし立てるように言葉を続けた。


「僕は今日まで、キミに相応しい存在になるため、何でもやってきた! もうキミを泣かせまいと、キミを守れるだけの力をかき集めた! 僕は、キミだけの為に、今日まで生きてきたんだ! なのに、キミは僕を拒んだ! 僕を拒絶した!」


「ちょっと待って。私はアナタを拒んでなんか……」


 そう言いかけたところで、ヴィオラはレベックの言う「拒んだ」という言葉に何か思い当たるようなそぶりを見せる。


「もし、お見合いの話をしているのなら、断ったのにはちゃんと訳があるの。私は、ユンフォニア姫が独り立ちできるまで今の仕事に集中していたくて、だから、身を固めるとかそういう話は、まだ考えられなくて……」


「仕事は関係ないだろ! たとえ僕はキミと一緒になっても、キミの立場に口出しするつもりなんてない! キミは好きに生きればいい! 僕はただ、キミの傍にいられればそれでいいんだ!」


「レベック……」


 どうやら、レベックはお見合いを断られたことでヴィオラに拒絶されたと思い込んでいるらしい。

 しかし、それにしてはいささか冷静さを欠いているようだ。

 少し落ちつかせなければ、話にもならないだろう。


 そう思った承治は、ヴィオラの弁解に言葉を付け足す。


「レベックさん。ヴィオラさんの言葉は事実です。今回のお見合いはヴィオラさんの母が持ちかけたもので、ヴィオラさんの本意じゃなかったんです。あくまでヴィオラさんは、今は仕事に集中したい時期だからという理由でお見合いを断った。だから、レベックさんの事をどう思っているかというのは、また別の話で……」


 喋っているうちに、承治は不本意ながらレベックの立場をフォローする形になってしまった。

 しかし、ヴィオラの事を想うレベックの気持ちも理解できなくはないので、多少同情する部分があるのは事実だ。


 だが、レベックはそんな承治のフォローを一蹴する。


「知った風な口を利くな! 分かっているぞオーツキ。全て貴様が原因なのだろう。貴様が、貴様がヴィオラを……今に見ていろ。貴様の陰謀は、この私が必ず暴く!」


 そう告げたレベックは、ヴィオラと承治の間を無理やり通り抜けて、その場から歩き去る。

 どうやら、ヴィオラに対する誤解は解けなかったようだ。


 同時に、承治はレベックが語っていた〝陰謀〟という言葉が気にかかった。

 先ほどのレベックはかなり冷静さを欠いていた。もしかしたら、何か重大な思い込みをしているのかもしれない。


 それよりも、この件で最も頭を悩ませることになったのはヴィオラの方だ。


――僕はただ、キミの傍にいられればそれでいいんだ!


 レベックが先ほど訴えた言葉は、ヴィオラに関係を迫ったも同然の中身だった。

 対するヴィオラは答えを出さなかったが、実際のところレベックのことをどう思っているかは分からない。

 

 そんな事を考えた承治は、なぜだか強い不安を抱いた。 

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