69 荒事
69 荒事
悲鳴のような声は、〝正門通り〟の方から聞こえた。
しかも、その悲鳴は一度で収まらず、様々な声が折り重なる喧騒へと発展していた。
恐怖と混乱の色を帯びるその喧騒は、どう考えてもお祭り騒ぎによるものではない。
承治、ヴィオラ、長岡の三人は、互いに目を合わせて真剣な面持ちを作る。
そして、最初に声を上げたのはヴィオラだった。
「大通りの方で何かあったみたいですね。様子を見に行きましょう」
その言葉に対して承治が頷くと、長岡もこれに続く。
そして、意見を一致させた三人は、観光客を避けつつ急いで〝正門通り〟へ向かった。
三人が〝正門通り〟へ繰り出すと、悲鳴を上げた人々が露天や踊り子を押しのけて王都出口側に向かって慌てて走っている。誰もがしきりに背後を気にしているので、何かから逃げているのだろう。
逃げ惑う人々を押しのけた承治は、通りの王宮側に目を向ける。
すると、道の真ん中にぽっかりと人がいなくなった空間が形成されていた。
その中心には、獣人の男二人組が腰を低くして居座っている。一方は虎のような見た目をし、もう一方は熊のような見た目だ。
そして、彼らは共に短剣のような物で武装し、周囲には血が飛び散ったような跡があった。
状況を分析するまでもなく、かなりキナ臭い状況であることは一目瞭然だ。
承治は目の前の光景から〝通り魔〟を連想したが、衝動的な犯罪である通り魔を二人組で行う者はそうそういないだろう。ならば、喧嘩か強盗といったところだろうか。
そんなことを考えているうちに、承治、ヴィオラ、長岡の三人はいつの間にか武装した獣人二人と対峙する形で道の真ん中に躍り出ていた。
逃げる人達と反対に進めばこうなるのは必然だ。
体術と魔法に長けたヴィオラや、甲冑と剣で完全武装する長岡と違って、丸腰の承治は勢いに任せて前に出てしまったことを少し後悔する。
「ンだぁてめぇら! 近づいたらブッ殺すぞオラァ!」
すると、興奮した様子の虎男が短剣を振り回して威嚇するように叫ぶ。かなり冷静さを失っているようだ。
対して、長岡が冷静な口調で応じる。
「落ちつけ。とりあえず話し合おう。手荒な事はしたくない」
長岡は、二人組みを刺激しないよう両手を挙げて対話の意思を示す。
そして、武装した長岡の登場により、逃げまどっていた人々の一部は落ち着きを取り戻し始めた。
「ソイツらは強盗だ!」
「やっちまえ剣士さん!」
どこからともなく、ギャラリーからそんな声が放たれる。
「黙れ! テメェら皆殺しにされたくなけりゃ道を空けろ!」
そう告げた虎男は、短剣を掲げて前に出た長岡を威嚇する。
彼らは強盗らしいが、恐らく〝正門通り〟を突っ切って王都の外へ逃げようとしているのだろう。しかし、運悪く承治達がその退路を塞いでしまったというわけだ。
冷静な熊男と強気な虎男の態度を見るに、降参する気はさらさらないらしい。
そんな状況を長岡も察したのか、承治とヴィオラにだけ聞こえる声で囁く。
「一人は重力魔法で足止めできますが、もう一人はどうしましょう」
その言葉にヴィオラが応じる。
「もう一人は私に任せてください。長岡さんは虎顔の男をお願いします」
そして、残る承治は――特に何もすることができない。
まあ、荒事の時はいつもそうなんだけどね。
などと心の中で自嘲した承治は、何も語らず姿勢だけはそれっぽく構えておいた。
そうこうしていると、再び虎男が叫ぶ。
「クソッ! テメェらどうなっても知らねぇぞ!」
次の瞬間、事態は突如として動き出した。
『ファイアーヴォイル!』
そんな呪文を叫んだのは、長岡でもヴィオラでもなく、なんと虎男だった。
虎男の魔法によって現れた小さな火球は、すぐさま三人の下へ襲いかかる。
『ヴィントクリンゲ!』
そんな奇襲に対していち早く反応したのは長岡だった。
長岡は、居合術のように剣を引き抜き、魔法でかまいたちのようなものを発生させて火球を両断する。
空中でまっぷたつになった火球は爆煙を上げて四散したが、周囲に広がった黒煙のせいで視界が奪われてしまった。
『ヴィントシュトース!』
すると、ヴィオラが機転を利かせて風魔法を放つ。
黒煙は風魔法によって吹き飛ばされ、すぐさま視界が確保される。
だが、次の瞬間、ヴィオラが吹き飛ばした黒煙の塊から虎男と熊男が不意に飛び出して来た。
彼らは、黒煙に紛れて承治達をやり過ごす算段だったらしい。
しかし、風魔法で黒煙を飛ばされたのは予想外だったらしく、結果的に姿を露にした虎男と熊男は承治達に向けて突進する形になっていた。
今や間近に迫った一同は、互いに驚きの表情を浮かべて対峙する。
そんな突発的な状況にも関わらず、長岡は冷静に判断を下した。
『アンツィーウングストラスト!』
長岡は即座に重力魔法を行使し、虎男を地面に押し付けて無力化する。
残るは熊男だけだが、その行き先はヴィオラが遮っていた。
『ヴィントシュトース!』
ヴィオラは即座に風魔法を唱え、熊男を吹き飛ばす――ハズだった。
だが、いかに力強く呪文を叫ぼうと、ヴィオラのかざした手から風魔法が放たれることはなかった。
ヴィオラは驚いた様子で目を見開き、狼狽を見せる。
そして、その狼狽が一瞬の隙となった。
無防備なヴィオラの下に、短剣を携えた熊男が一気に距離を詰める。
「危ない!」
その瞬間、承治は無意識のうちに体を動かしていた。