68 収穫祭3
68 収穫祭3
「あれ、もしかして大月さんにヴィオラさんじゃないですか!?」
そう告げて承治とヴィオラの前に現れたのは、以前クラリア王国で出会った転生者――長岡祥太だった。
若々しい顔立ちに青い甲冑を纏う彼は、相変わらず駆け出しの剣士か傭兵のような風体をしている。
そんな長岡は、承治と同じ転生者であり、元は日本人の学生だ。
だが、長岡は転生時に大量の〝オプション〟を契約しており、肉体が強化されていたり、魔法が自由に使えたりと、なかり高い戦闘能力を有している。言わば、魔力を封印される前のファフと似たようなものだ。
そんな世界すら救ってしまいそうな力を持つ長岡は、久しぶりに承治達と再会できたのが嬉しいらしく、ニコニコと笑みを浮かべて話しかけてくる。
「数カ月ぶりですね。二人とも目立つから、すぐに分かりましたよ」
そんな長岡に対し、承治は苦笑いで応じる。
なぜ苦笑いなのかと言えば、この後の展開に一抹の危惧を抱いたからだ。
「久しぶりだね長岡くん。今日は観光に来たの?」
「いえ、正確に言えば仕事ですね。実は俺、今はクラリア王国で見習い騎士をやっているんですよ。その任務で、クラリアからカスタリアへ移動する貴族や商人の護衛を任されたんです。ただ、護衛任務は旅の道中だけなので、今は暇を持て余していました」
「へぇー、そうなんだ」
承治は、どこか気のない相槌を打つ。
そして、続くヴィオラの一言によって、いよいよ承治の危惧が現実のものとなった。
「ナガオカさん。もしよろしければ、私達と一緒にお祭りを回りませんか? たぶん、この街に来たのは初めてでしょうし、私でよければ、カスタリア王都をご案内しますよ」
くっ、やはりそうなるか。
せっかくヴィオラと二人きりでお祭りを楽しもうと思っていたのに、予想外な邪魔が入ってしまった。
いや、長岡くんのことは嫌いじゃない。嫌いじゃないし、カスタリアへ来てくれたからには素直に歓迎したい。したいが、タイミングが悪かったのだ。僕の情けない下心が、長岡くんを拒絶しているだけなんだ。
などと、承治は心の中で一人勝手に葛藤する。
そして、そんな承治の葛藤など知りもしない長岡は、嬉しそうにヴィオラへ言葉を返した。
「いいんですか! いやあ、助かります! あ、ちなみに俺、今はロングヒルって名乗ってるんです。どうも前の名前がこっちに世界に馴染まなくて……言いづらければ長岡でも構いませんので、改めてよろしくお願いします!」
長岡だから長岡、ということらしい。
それはともかく、承治の不安は見事に的中し、長岡は二人に同行することになってしまった。こればかりは巡り合わせが悪かったという他ない。
まあ、世の中そう上手くはいかないか。
そう割り切った承治は、長岡を受け入れて素直に観光を楽しむことにした。
* * *
そんなわけで、長岡を加えて三人となった一行は、王都巡りとお祭り見物を兼ねた観光に乗り出した。
基本的には、ヴィオラがガイドとなって長岡と承治に街の名所を紹介するというスタイルだ。一応承治も王都の住人ではあるが、改めて観光をしてみるとそれなりに新しい発見があった。
カスタリア王都は中世によくある城塞都市のような構造をしているが、城壁の外側にも市街地が広がっているのが特徴的だ。
一行は〝正門通り〟に添って王都の中心部から外縁に向かって観光を続け、その城壁のたもとに辿りつく。
ここまで来ればお祭りの賑わいも控えめになるが、露天市とパレードが行われている〝正門通り〟からは賑やかな喧騒が聞こえた。
混雑を避けて裏路地から街中にそびえる城壁を見上げたヴィオラは、ガイドがてらにカスタリアの歴史について軽く解説を行う。
「この大陸は、百年ほど前から五十年にも及ぶ長い戦乱期を迎え、各種族は己の勢力圏を広げるために争いを始めました。中でも、大陸最大勢力である人類種は複数の陣営に分裂し、とりわけ激しい戦争を繰り返します。この城壁も、その名残りですね」
その後もヴィオラの話は続く。
最終的には、陣営を統一させた人類種が強力な魔法の行使技術を発展させたことで優位を獲得し、戦乱を終結させたらしい。
なので、大陸にある国家の多くは人類種が支配層を占めているのだそうだ。
「そして、現国王のカスタリア王三世は、戦乱が収まると共に獣人やエルフ族といった他種族との宥和政策を実施、同時に大陸全土へ攻撃魔法の使用禁止条約を提言しました。今のこの平和は、まさに現国王陛下が築き上げたものと言えますね」
承治と長岡は、声を揃えて「へぇー」と感心したような声を上げる。
そして、承治が簡単な感想を述べた。
「やっぱり、どこの世界にも戦争はあるんですねぇ。幸い、僕が元々暮らしていた世界も平和でしたけど、こっちの世界も平和でなによりですよ」
「そうですね……私も子供の頃に戦争の惨状を見ましたが、あれは本当に悲惨なものでした」
そう告げたヴィオラは、視線を落として表情を暗くする。
その一方で、承治は一つひっかかる点があった。
「あれ、でも戦乱期が終わったのって五十年前くらいですよね。ヴィオラさんが子供の頃にも戦争があったんですか?」
「ええ、そうですね。あれは確かに五十年前くらいの出来事でしたね。まだ幼かったですが、衝撃的だったのでよく覚えています」
「えっ、だって五十年前ですよ。ヴィオラさんまだそんな歳じゃないでしょ」
すると、ヴィオラはさも当たり前といった態度で衝撃的な事実を告白した。
「いえいえ、私は今年で七十五歳ですよ」
その瞬間、承治は言葉を失った。
七十五歳? 今、七十五歳って言った? だって、見た目はどう見ても二十代なのに、七十五歳? いやいや、マジで? ウソでしょ。
などと承治が呆気に取られていると、ヴィオラは何かに気づいた様子で言葉を付け足す。
「あ! 承治さん、言っておきますけど、私はエルフ族なんですよ。エルフは人類種より成長速度が遅くて、三倍は長生きします。なので、私の年齢を人類種に例えると二十五歳くらいなんです。私はおばあさんじゃありませんからね!」
なるほど。そういうことならば、七十五歳でこの見た目なのも納得できる。
まさか、ヴィオラが自分の祖父母と同じくらいの年齢だとは思わなかったが、まだまだヴィオラについて知らないことは山ほどありそうだ。
などと承治が考えていると、いつの間にか周囲が騒がしくなり始めた。
そして、承治がなんとなしに周囲を見回していると、不意に〝正門通り〟の方から悲鳴のような声が聞こえた。