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66 収穫祭2

66 収穫祭2


「わっ、すごい人混みだな!」


 ヴィオラと共に王宮の正門をくぐった承治は、溢れんばかりの人で埋め尽くされた王都の様子に圧倒された。


 収穫祭の真っ最中である市街地は、普段の様相から一変していた。

 王宮正門から伸びる王都最大の街路――通称〝正門通り〟には露天市が並び、広場や交差点では派手な衣装を纏う集団がパレードを行っている。

 やはり、どこの世界に行ってもお祭りと言えば出店に歌と踊りが定番らしい。


 当然ながら、パレードと露天市が同時に展開される市街地はどこもごった返している。普段の数十倍は混雑しているだろうか。

 そんな空間に繰り出した承治とヴィオラは、すぐさま人混みに揉まれて互いの姿を見失いそうになった。


 とりあえず、王都の地理に詳しいヴィオラが先頭となって、承治はその背中に続く形で人ごみの中を進む。

 しかし、遠慮がちなヴィオラは人をかき分けるのに苦労しているらしく、なかなか前に進めていなかった。


 承治はヴィオラの傍に近づき、声を張り上げて目的地を訪ねる。


「どこに向かってるんですか!」


「五番通りです! あそこまで行けば空いていると思います!」

 

 幸いにして、承治は五番通りと呼ばれる場所を知っていた。


 ならば、こういう時こそ男の自分が体を張るべきだろう。

 そう考えた承治は、人ごみを掻き分けてヴィオラの正面に進み出る。

 そして、おもむろにヴィオラと手を繋ぎ、自らが壁になってヴィオラが歩ける空間を作りながら人ごみを突き進んでいった。

 

 ぎゅうぎゅうと体が押し付けられる不快な空間で、右手に伝わる感触だけはどこか心地が良い。人の熱気で暑苦しいせいかもしれないが、直接触れるヴィオラの手は少しひんやりとしていた。


 そのまま人混みを抜けて五番通りに辿り着いた承治は、路地裏で胸を撫で下ろす。

 そして、すぐさまヴィオラの手を解放して頭を下げた。


「すいません。はぐれたら困ると思って、つい……」


 対するヴィオラはクスクスと笑いをこぼして応じる。


「フフ、どうして謝るんですか? むしろ、エスコートしてくれてありがとうございます。ジョージさんも、意外と男らしいところあるんですね」


 そう告げるヴィオラの口調は、感心していると言うより承治をからかっているような色を帯びていた。

 どこか気恥しくなった承治は「そりゃどうも」と、ぶっきらぼうな返事を告げることしかできなかった。


 そんな調子で一息ついた二人は、大通りを外れた路地からお祭りの雰囲気を楽しむことにした。

 路地は観光客も少なく移動が容易だ。加えて、交差点に出れば遠目からパレードの様子を見ることもできる。


 肩を並べた二人がしばらく路地を歩いていると、大きな交差点でエルフ族の一団が列を成して踊る光景が目に入った。その一団には音楽隊も付き添っており、様々な楽器と歌声が楽しげなリズムとメロディーを奏でていた。

 ヴィオラはその様子を承治に紹介する。


「あれはエルフ族の伝統的な踊りですね。実は、このお祭りは収穫祭という名目になっていますけど、以前は魔力を蓄えるウラシム鉱石と地に宿る精霊を崇める行事が起源だったという説があるんですよ。なので、精霊魔法と深い関わりのあるエルフ族は音楽で精霊達を呼び覚まし……」


 承治はヴィオラの解説に耳を傾けつつ、一団が魅せる踊りをぼんやりと眺める。

 しかし、いつの間にか視線が女エルフの踊り子へと向けられていた。年齢はかなり若そうだが、露出度の高い衣装で緩慢に踊るその姿は不思議な魅力がある。


 そんな承治の視線に気付いたヴィオラは、解説を中断して口をすぼめる。


「……随分と綺麗な踊り子さんですね」


 承治は慌てて踊り子から視線を逸らし、場を取り繕う。


「いやー、なんとも興味深い歌と踊りですねぇ。僕が前に住んでいた世界じゃ、あんな楽器も踊りもありませんでしたよ。いやぁ実に興味深い」


「隠さなくても結構ですよ。私、ジョージさんの興味がありそうなものは、よく存じていますから。あの踊り子さんは胸も大きいようですしね」


「はあ、胸ですか。僕はこのお祭りの歴史と起源に興味津々だったんで、そんなところまで……」


 すると、ヴィオラは不意に噴き出して笑い始める。


「フフ、やっぱりジョージさんはからかい甲斐がありますね。必死に誤魔化そうとしても、全然説得力がないんですもん」


 そんな言葉に対し、何も言い返せなかった承治は苦笑いを浮かべて頭を掻く。


 もちろん、承治も本気でウソをついたわけではない。

 単純に、煩悩丸出しな所を見透かされた気まずさを誤魔化すために、おどけてみせただけだ。

 対するヴィオラも、それを知った上でからかってきたのだろう。


 そんな風にして、近頃のヴィオラは承治に対して遠慮なく冗談を言ったり、からかったりする機会が増えていた。

 それは、ヴィオラが承治に対して気を許すようになってきた証なのかもしれない。


 そして、つい今しがた承治をからかうことに成功したヴィオラは、嬉しそうに声を漏らして笑っている。

 子供っぽく無邪気に笑うその表情は、胸が高鳴るくらいに愛おしく見えた。

 願わくば、承治はそんなヴィオラの笑顔を、これからもずっと見たいと思った。


 たとえ、それが過ぎたる願いだったとしても、今日一日だけはヴィオラと二人きりで過ごすことができるのだ。ヴィオラの笑顔を独り占めすることができるのだ。

 そんな事実に今更気付いた承治は、徐々に気分が舞い上がってくる。


 今日は楽しい一日になりそうだ。

 そんなことを思った承治は、ヴィオラにつられて笑いをこぼす。


 だが、そんな期待と思惑は、些細なきっかけで簡単に崩壊してしまう、脆い幻想のようなものだった。

 それを証明するかのように、突如として承治とヴィオラの前にどこか見覚えのある人物が姿を現す。

 二人の姿を見て笑みをこぼしたその男は、不意にこんな声をかけてきた。


「あれ、もしかして大月さんにヴィオラさんじゃないですか!? お久しぶりです!」


 そんな言葉と共に現れたのは、クラリアで出会った転生者・長岡祥太だった。

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