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64 対峙

64 対峙


 先日、いきなりヴィオラの執務室を訪れたレベックというエルフ族の男は、なんとヴィオラの幼馴染だった。

 そして、ヴィオラが断ったお見合いの相手というのも、レベックその人だった。

 以上の事実を知った承治は、ふとこんな疑問を抱く。


 仮に、仕事という理由さえ無ければ、ヴィオラはレベックとの見合いを受けていたのだろうか。


 二人はエルフ族同士の幼馴染であり、子供の頃は仲が良かったらしい。更に後から聞いた話だが、レベックは生まれこそ平民だが現在は伯爵の地位を持つれっきとした貴族なのだそうだ。しかも背は高いし顔もイケメンだ。

 それらを踏まえると、ヴィオラとレベックはいかにも〝お似合い〟に思えてくる。


 ただし、ここで重要になるのはヴィオラの気持ちだろう。

 ヴィオラがレベックのことをどう思っているのか。それ次第で、話は大きく変わってくる。


 あの日以来、レベックは仕事の打ち合わせと称して度々ヴィオラの執務室を訪れていた。

 執務室でレベックと会話を交わすヴィオラの態度は相変わらず気さくで好意的な感じだった。


 その好意がどの程度のレベルなのか、こればかりは未知数だ。

 かと言って「レベックさんのことどう思ってますか」などとヴィオラに直接聞けるはずもなく、近頃の承治は悶々とした日々を送っていた。


 そんなわけで、今日も普段通り仕事を終えた承治は、自室に戻るためファフと共に王宮の廊下を歩いていた。

 今日は執務室にレベックが訪れなかったので、あまり気を揉むようなことはなかった。


 最近の承治はレベックのことを考えてばかりだ。

 すると、隣を歩くファフがさっそくレベックの話題を振ってくる。


「いやー、あのレベックって男のお陰で来賓対応の仕事がなくなってラッキーラッキー。これだけ忙しいと余計な仕事してらんないわよねー」


 ファフの言う通り、レベックは外交卿という立場でヴィオラが受け持っていた来賓対応の仕事を素直に引き継いでくれた。

 それどころか、最近は式典準備や内政の定例業務にも積極的に協力する姿勢を見せており、正直に言って仕事面では助かっている。


 承治は、どこか自分のお株が奪われているようでいい気はしなかったが、それは仕事と関係のない単なる気持ちの問題だ。

 だからこそ、素直にレベックの能力だけは評価しているつもりだった。


「……アンタ、随分とレベックのことが気になるみたいね」


 承治が考え事に夢中になっていると、ファフが再び話を振ってくる。

 あまりレベックのことは話したくなかったが、さすがに黙っているのも悪いと思った承治は適当に言葉を返した。


「別に、気にしてるつもりはないけど」


「またまた意地になっちゃってぇ。アンタ、ヴィオラと仲良くしているレベックに妬いてるんでしょ? もう見え見えなんだからー」


 はっきり言って、それは図星かもしれない。

 レベックに対して抱く承治の感情を最も的確に現す言葉――それは、嫉妬心だ。


 だが、承治はそれを認めたくなかった。

 単にヴィオラと仲良くしているだけの相手を、嫉妬心で嫌うような器の小さい人間にはなりたくなかった。

 ヴィオラにとって、レベックが大事な幼馴染であるならば、それを尊重するのが正道であって嫉妬するのは邪道だろう。

 承治の根幹には、そんな考え方がある。


 ならば、今後はレベックに対して歩み寄る姿勢を見せる必要があるかもしれない。

 やはり人間関係は宥和が一番だろう。


 などと承治が考えていると、まるでその決意を試すかのような機会が不意に訪れた。

 ふと承治が顔を上げると、なんと廊下の奥からレベック当人が姿を現したのだ。


 淡々と歩みを進めるレベックは、いつも通り漆黒のローブを靡かせて承治とファフの下に近づいてくる。進行方向が互いに交差しているので、恐らくレベックの行き先はヴィオラの執務室なのだろう。


 承治にとって、この出会いは完全な不意撃ちだった。

 いざレベックと対面すると、かける言葉が思いつかない。


 そして、互いの距離が間近に迫ったところで、ようやく承治は口を開いた。


「……どうも」


 って、それだけかい。

 と、自分で自分に突っ込みたくなる反応だったが、そもそも承治とレベックは最近知り合ったばかりだ。すれ違いついでに雑談するような仲でもないため、今は挨拶を交わすのが限界だろう。


 すると、レベックは返事もせずに承治とファフの前で立ち止まる。

 その表情は相変わらず仏頂面で、感情は一切読めなかった。


 対面する三人が沈黙を共有していると、先にファフが口を開く。


「なんか用?」


 いや、軽いな君。まあ、それがファフの良さなんだろうけどね。

 などと承治が考えていると、レベックはいきなりとんでもない発言を繰り出した。


「魔王ファフニエル……なぜ貴様がヴィオラの傍にいる」


 さすがの承治も、その発言には面食らった。

 しかし、冷静に考えればファフが元魔王ファフニエルという事実は、カスタリア王宮内では有名な話だ。それがレベックの耳に入っていてもおかしくはない。


 ファフもそれを自覚しているのか、レベックの発言に対しては平然と応じた。

 

「何か文句ある?」


「言いたい事は山ほどある。あれほどの騒ぎを起こした貴様が、この王宮で平然と暮らしている事実が、そもそも道理に反している」


「それはアンタの道理でしょ? 確かに私は騒ぎを起こした。だけど、この国の王女様はそんな私に贖罪の機会を与えてくれたのよ。なんも知らないクセに偉そうなこと言わないでくれる?」


「……にわかに信じられん話だ」


 ファフとそんな会話を交わしたレベックは、続いて承治に矛先を向ける。


「得体が知れないのは貴様もだオーツキ。伝承の転生者だと? 確かに、この国にはそんな言い伝えもあるが、所詮は眉唾物だ。私は、どこの馬の骨とも分からん貴様がどうやって殿下やヴィオラに取り入ったのか、その点に興味がある」


 承治は、先ほどまでレベックに歩み寄る必要があるかもしれないと考えていたばかりだが、その挑発的な物言いに対してはさすがにカチンときた。


「言い伝えは確かに眉唾物かもしれませんけど、僕が別世界から来た転生者なのは事実ですよ。証拠もあります。それに、こっちの世界に来て右も左も分からなかった僕を今の職場に誘ってくれたのは、ヴィオラさん自身です」


 レベックは無表情のまま承治を見下ろす。

 対する承治は、まくし立てるように言葉を続けた。


「それに、生真面目なヴィオラさんが簡単に取り入れられるようなタイプじゃないことくらい、幼馴染のレベックさんならよく分かるんじゃないんですか? ヴィオラさんは、自分の意思で僕に手を差し伸べてくれたんです」


 すると、レベックは小さくため息をついて呆れたように口を開く。


「……そうだな。まず、私の意見を訂正しよう。実際のところ、私は事の経緯などに興味はない。ヴィオラが何を思って貴様らを引き立てたのか、それ自体は問題の本質ではない。私は、ヴィオラの傍に得体の知れない者が付き纏っていることそのものを問題視している。こう言えば、私の意思を理解してもらえるかな」


「なんすかそれ。アンタが認めてくれなきゃ僕らはヴィオラさんに近づいちゃいけないんすか?」


 語尾の荒くなる承治に対し、レベックは堂々と応える。


「そうだ。私は貴様らを信用していない。そして、私は友としてヴィオラの身を案じている。仮に、ヴィオラが貴様らに誑かされているのだとすれば、私はそれを正す責務がある」


 すると、今度はファフが反論する。


「友、ねぇ……友達語る割には随分と自分本意なのね。ヴィオラの気持ちは考えないわけ? 想いが一方通行なのに友達気取りだったら笑えるけど」


「……」


 ファフの挑発的な言葉に対し、レベックは何も応えなかった。


 しばし沈黙を守ったレベックは、不意に歩みを再開して承治とファフの脇を通り過ぎて行く。

 レベックは一方的に言いたいことを言って去ろうとしているが、承治とファフはそれを咎めようとは思わなかった。

 これ以上会話を続けても不毛なだけだと、互いに理解していたのだ。


 レベックが姿を消したところで、承治は肩の力を抜いて大きく深呼吸する。

 よもや、歩み寄ろうとした相手にここまで拒絶されるとは思わなかった。


 もちろん、転生者である承治とファフがこの世界で得体の知れない存在なのは事実かもしれない。だとしても、同じ王宮で働く者として端から拒絶するような態度を取られるのは心外だ。

 

 先が思いやられた承治は、無意識に頭を掻きむしる。

 すると、ファフがふと口を開いた。


「あのレベックって男、かなりヴィオラに入れ込んでるわね」


 承治は、改めてヴィオラとレベックの関係について考えてみる。


 レベックは、ヴィオラのことを〝友〟と称していた。

 しかし、レベックのヴィオラに対する感情は、果たして友情程度で留まっているのだろうか。先ほどの態度を見るに、それ以上の感情が含まれていても不思議はないように思えた。


 承治がそんなことを考えていると、ファフは何かを思い出した様子で再び呟く。

 

「そういえば、レベックって自分がヴィオラとのお見合いを断られたってこと、もう知ってるのかしら? ヴィオラのオカンを説得してから一週間も経ってないし、案外まだお見合いできる気でいるのかもね。それなら彼氏面するのも納得ね」


 そんなファフの何気ない一言は、後の波乱を思わせる前触れに他ならなかった。

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