63 幼馴染
63 幼馴染
執務室の扉がノックされると、出入り口に一番近い承治が席を立って扉へ向かう。
この部屋への来客はさして珍しくない。時より、貴族や役人が仕事に関する要件でヴィオラの下を訪れるからだ。
承治は「はいはい」と返事を告げて扉を開け放つ。
すると、見知らぬ大男が姿を現した。
承治より頭一つ大きいその男は、顔以外の全身を漆黒のローブで覆い隠していた。肌は褐色で長い黒髪を靡かせているが、何より特徴的なのは尖った長い耳だろう。一見するとエルフ族のようでもあるが、彼と同じ肌と髪の色を持つエルフ族を、承治は見たことがなかった。
そして、整いながらも愛想のない彼の表情は、どこか人を寄せ付けない類の雰囲気を帯びている。
「ええと、どちら様でしょうか……」
恐る恐る声をかける承治に対して、男は仏頂面で応える。
「君こそ誰だ。ここはヴィオラの部屋だろう」
すると、その声を聞いたヴィオラがデスクから立ち上がって声を上げた。
「レベック! どうしてここに……」
どうやら、レベックと呼ばれた来訪者はヴィオラの顔見知りらしい。
などと承治が考えていると、レベックは承治の体を無理やり押しのけてヴィオラの下へ近づく。
その間、カチカチと金属が擦れる音が響いたので、レベックはローブの下に鎧か何かを纏っているようだ。
「久しぶりだねヴィオラ。四年ぶりくらいかな」
ヴィウラの前でそう告げたレベックは、堅苦しい顔をわずかにほころばせる。
対するヴィオラも初めこそ驚いていたが、レベックに対しては愛想の良い笑みを見せた。
「久ぶりね。急に顔を見たからびっくりしたわ。今日はどうしたの? 今はコルネティア公爵領に勤めてるのよね?」
そんなヴィオラの言葉遣いに、承治はかなり驚かされた。
ヴィオラは、普段から年下どころか母親や兄に対しても敬語を使っている。そんなヴィオラがタメ口を使っている所を、承治は初めて見た。
対するレベックも、親しげな態度でヴィオラに応じる。
「実は、三日前に王都へ異動になったんだ。今は外交卿を拝命している」
「あら、そうだったの。前任の外交卿は全然仕事をしてくれなかったから、レベックが後任なら安心ね。丁度お願いしたい仕事があって……」
そんな調子で、ヴィオラとレベックは先に話していた収穫祭の来賓対応に関する仕事について会話を始めた。
その様子は事務的でありながら、互いにどこか気を許しているような雰囲気を帯びている。
レベックに半ば存在を無視された承治は、どこか釈然としない気持ちを抱きながら二人の会話を見守る。
そして、仕事の話がひと段落したところで、レベックはようやく承治の存在を話題に取り上げた。
「そこにいる彼と、奥の少女は君の部下かい?」
「ええ。彼はオオツキ・ジョージさんと言って、実はカスタリアの伝承にある転生者なのよ。奥の彼女はファフと言って……」
ヴィオラがファフをどう紹介してよいやら言いあぐねていると、ファフが自ら声を上げる。
「ファフでーす。元は出自もよく分からない孤児みたいなものよ。ジョージに拾ってもらって、ここで働いてまーす」
まあ、あながち嘘でもない無難な自己紹介だろう。
対する承治も軽く自己紹介をする。
「大月承治です。一応、こことは別の世界出身で、今はヴィオラさんの部下として働いてます」
レベックはファフに興味はないらしく、承治に視線を向けて淡々と口を開く。
「転生者……まさか、君が魔王ファフニエルを打ち倒した転生者だと言うのか」
どうやら、ファフニエル騒動の顛末はレベックの耳にも入っているらしい。
と言うより、自分は自己紹介しないのかよ。
などと、この場でそんな文句が言えるわけもなく、承治は仕方なくレベックの問いに応じる。
「まあ、一応そうなります……」
承治がそう告げると、レベックは鋭い目つきで承治の全身を舐めまわすように観察する。
レベックが大柄なこともあり、上から見下ろされるその視線には言いようのない威圧感があった。
ひとしきり観察を終えたレベックは、承治に対して何も告げず、再びヴィオラに視線を向ける。
「なんと言うか、ヴィオラらしくない部下達だね」
らしくない、とはどういう意味だろうか。
承治とファフがヴィオラの部下として相応しくない、とでも言いたいのだろうか。
癪に障るその発言に承治は少しムっとしたが、とりあえず表情には出さないようにしておいた。
すると、ヴィオラもレベックの発言に引っかかるところがあったのか、表情を変えずにそれとなく反論する。
「これでも、頼りになる部下達なのよ」
「まあ、君の助けになっているのなら構わないが……」
いや、アンタが構う構わないはどうでもいいでしょ。お前はヴィオラさんの何なんだよ。
と、承治は心の中で不満を漏らしつつ〝仕事の邪魔だからさっさと出て行けよ〟オーラを視線に込めて放つ。
すると、レベックはそんな承治の視線に気付かぬまま、ようやく話を切り上げた。
「とにかく、これからは私も王都で働く同志だ。何か困ったことがあれば、いつでも頼ってくれ」
その言葉に対してヴィオラが軽く返事を告げると、レベックは踵を返して執務室を後にする。
扉が閉められると同時に、承治はホっと肩を撫で下ろした。
なんだったんだアイツは。
正直に言って、承治は先のやり取りでかなり気分を害した。
しかし、冷静になって考えてみれば、彼はヴィオラの顔見知りらしい。それを思うと悪く言う気になれなかったが、とりあえずヴィオラとレベックがどういう関係なのか、承治はそれが気にかかった。
「ヴィオラさん。レベックさんとはどういう関係なんですか」
承治は冷静さを取り戻したつもりだったが、自然とストレートな質問が口からこぼれてしまう。
すると、ヴィオラは承治の心情を察したのか、いささか困ったような表情で応じた。
「気を悪くしたならすいません。彼、昔から周りが見えてなくて……」
そう切り出したヴィオラは、控えめに言葉を続ける。
「レベックは、私の幼馴染なんです。この前、皆さんと一緒に行ったエルフ族の集落で共に育った仲で、それなりに付き合いがあります」
幼馴染。
その言葉に、承治は何とも言い表せない衝撃を受ける。
もちろん、ヴィオラに幼馴染の一人や二人いてもおかしくはない。だが、あのぶっきらぼうな態度を見せるレベックを、ヴィオラが幼馴染と認めた事実がどこか信じられなかった。
すると、ファフも会話に参加してくる。
「なんか偉そうな感じだったわね。仲いいの?」
「それなりに、でしょうか。子供の頃は、よく一緒に遊んでいました。最近はあまり会ってませんでしたけどね……それと、彼と私の間にはもう一つ複雑な縁があります」
そう告げたヴィオラは、視線を落して躊躇いがちにこう告げた。
「実は、先日断ったお見合いの相手は、レベックだったんです」