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62 レベック卿

62 レベック卿


 その日、第一王女ユンフォニアの下にとある男が謁見を求めていた。

 国王代行として〝玉座の間〟に鎮座するユンフォニアは、眼前で深々とこうべを垂れる男を前に、堂々と口を開く。


「表を上げよレベック。久しぶりだのう。長きに渡るコルネティア公爵領での政務、ご苦労だった。向うで何か問題はなかったか?」


 レベックと呼ばれた男は、長く伸ばされた黒髪とエルフ族特有の長い耳を揺らして恭しく顔を上げる。

 大柄な体を漆黒のローブで覆い隠す彼は、エルフ族でありながら褐色の肌と黒髪を持ち合わせる特殊な容姿をしていた。


「殿下のご心配には及びません。先のファフニエル騒動の際はいささか混乱をきたしましたが、それ以外に目立った問題はありませんでした」


 そう告げたレベックの顔立ちは、高い鼻を中心に鋭さのある整い方をしている。

 しかしながら、きつく締められた口と細められた目つきが、どこか近寄りがたい雰囲気を作り出していた。


「ふむ、問題がないのは平和な証だ。これも全て、そちが正しきまつりごとを全うした功績と言えよう。しかし、あまり物言わぬそちが急に王都へ戻りたいと言い出したのには、何か訳があるのか?」


 その言葉に対し、レベックはしばし間を置いてから応える。

 

「……正直に申し上げますと、国王陛下の御身を案じた次第であります」


 ユンフォニアは、レベックの言わんとしていることをすぐに理解した。


「確かに、父上の容体は思わしくない。近い将来、カスタリアは大きな転換期を迎えるだろう。つまるところ、それを案じてそちが馳せ参じたと言うのであれば、余は頼もしい限りだ。当面、そちには〝外務卿〟としての地位を与えるが、王都の内政に気になる点があれば、忌憚なく意見を申すとよい」


「恐れ多きお言葉にございます」


 そう告げて再びこうべを垂れるレベックを前に、ユンフォニアは何かを思い出した様子で手を叩く。


「そういえば、そちはヴィオラと同郷だったな。ヴィオラは頼もしい家臣だが、それ故に余は多くの責任を押し付けてしまっている。これも同郷のよしみと思うて、機会があればヴィオラを手助けしてやってくれぬか」


 レベックは、〝ヴィオラ〟という言葉に対してかすかに反応を示す。

 だが、それを態度に出すことはなく、恭しく返事をした。



 * * *



 人は、歳を取ると時間の流れが早く感じるようになる、と言われている。

 特に学生を卒業して社会人になると、日々の体感速度は飛躍的に加速する。もちろん個人差はあるだろうが、少なからず承治はそう感じていた。


 承治がこちらの世界に転生を果たした時、カスタリア王国の季節は春だった。

 そして季節は巡り、今は秋である。

 泥酔しながら転生を果たすという苦い思い出はつい昨日の出来事のように感じられるが、なんだかんだとあれから四ヶ月近くの時が経過していたのだ。


 カスタリアの夏は、様々な出来事と共に瞬く間に過ぎ去った。

 先日ヴィオラの実家を訪れた時はまだ寒さを感じない過ごしやすい気候だったが、旅行を終えてからの数日間でカスタリア王都は一気に冷え込んだ気がする。


 その一方で、寒くなればなるほどヴィオラの振る舞うお茶がますます美味しく感じられるようになったのは、嬉しい変化だった。

 そんな風にして、温かいお茶で体を温めつつのんびりと働ければ最高なのだが、近頃の承治は寒さを感じる暇もなく仕事に追われていた。


 と言うのも、来週にはカスタリア王国の一大イベントである秋の〝収穫祭〟が控えており、その開幕式典の運営を任されているヴィオラを筆頭に、承治とファフも準備に追われていたのだ。


「ヴィオラさん、式典当日のスケジュールってこれで確定なんですか?」


 承治は、薄暗い執務室で己のしたためた書面をヴィオラに差し出す。

 今はまだ昼間だが、寒い時期は布で窓を覆うため室内はいささか暗くなっていた。


 そんな空間で、承治から書面を受け取ったヴィオラは、困った様子で眉をひそめる。


「ええと、まだ来賓の到着日時が確定していないので、細かな対応は変化する可能性があります」


 すると、自身のデスクで頬杖をつくファフが不満そうに口を挟む。


「面倒くさいわねぇ。客なんて勝手に来て勝手に見て帰ればいいのに」


「一応、相手は国賓ですので……何か失礼があれば、カスタリアの品位が疑われてしまいます」


 そんなヴィオラの言葉に対し、ファフは強気に反論する。


「でも、来賓の対応って本当は外務担当の仕事なんでしょ? なんで内政担当のウチらが外交絡みの仕事もしなきゃいけないわけ? ヴィオラは式典の運営だけで手一杯なんでしょ」


 どうやら、ファフは近頃の多忙によりいささか不機嫌になっているようだ。

 分かったような口を利いているのも、仕事に慣れてきた証だろう。


 しかし、承治もファフの言い分には一理あると思った。

 国外のお偉方がカスタリアを訪れるのであれば、本来は外交を担う外務担当が接待をすべきだ。これを会社に置き換えてみても、接待を担当するのは基本的に外との窓口になる営業の仕事だ。

 とは言え、総務や庶務のように手広く仕事を受け持つ部署は、往々にして一見関係のなさそうな仕事に巻き込まれることがある。

 カスタリアの内政を一手に担うヴィオラの仕事も同様だろう。


 それを思った承治は、ヴィオラに一つ提案を投げかける。


「来賓の対応みたいな仕事は、外務に投げられないんですかね? 僕らは僕らで、式典の準備に集中したいのも事実ですし……」


 すると、ヴィオラは尚も困った様子で視線を落す。


「実は、外交を担当している外務卿があまり仕事熱心な方ではなく、何でもかんでも丸投げされて私も困っているんです……ただ、姫様もそれを分かっているようで、そのうち処遇を考えるとおっしゃってました」


 そんな申し開きに対して、ファフは「何よそれー」と呆れたような声を上げる。


 しかし、他人が仕事をしないからと言って、自分が仕事を放棄していい理由にはならない。

 それを思った承治は「仕方ないよ」と、ファフを宥めつつ仕事に戻った。


 と、そんな調子でしばらく仕事を続けていると、不意に執務室の扉がノックされた。

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