61 帰宅
61 帰宅
承治との話を終えたヴィオローネは、席を立って朝食の準備を始めていた。
その間、承治は先ほどの会話や考えを反芻しようとしたが、ほどなくして起床したヴィオラがダイニングに入ってきた。
三人が朝の挨拶を交わすと、ヴィオラは承治とヴィオローネが二人きりでいたことに驚いているようだ。
ヴィオラはこっそりと承治の下に近づき、背中を見せるヴィオローネに聞こえないトーンで話しかける。
「かあさんに何か変なこと聞かれませんでしたか?」
変なことと言うより、ヴィオラと承治のウソは完全に看破されてしまったわけだが、それをこの場で言うわけにもいかなかった承治は適当に話をはぐらかしておいた。
すると、ヴィオラに続いてリュート、セレスタ、ファフの三人も寝起きの雰囲気を帯びて続々とダイニングへ入ってくる。
一同の会したダイニングは一気に賑やかとなり、各々は朝食の準備ができるまでテーブルに腰を下ろして他愛もない雑談を始めた。
そんな雰囲気に飲まれた承治は、先ほどまで考えていた余計なことを一旦忘れることにした。
* * *
特に突っ込んだ話題もなく和やかなムードで朝食を済ませた一同は、いよいよ別れの時を迎えようとしていた。
元々、ヴィオラ達の取った休みは二日間なので、二日目の今日は早めに出発して余裕を持ってゆっくり帰ろうという計画だったのだ。
玄関先でヴィオローネとリュートに見送られた一行は、往路の時と同じく〝空飛ぶモップ〟に跨る三人と自力飛行のファフに別れ、出発の支度を整える。
「皆さん、また遊びに来て頂戴ね。ヴィオラもたまには顔を見せなさいよ」
「皆さんお元気で。ヴィオラも体には気をつけろよ」
一行はヴィオローネとリュートに別れの言葉を告げ、いよいよ飛び立とうとする。
「ソロソロイクヨー」
もはやお決まりとなったセレスタの掛け声と共に、三人を乗せた〝空飛ぶモップ〟はふわりと浮遊する。同時に、ファフも地面を蹴って空へと羽ばたいた。
すると、一同の去り際にヴィオローネが声を放った。
「ジョージさん、ヴィオラをよろしくね」
その言葉は、今の承治にとって複雑な心境を抱かせる別れの言葉となった。
* * *
久方ぶりの賑やかなひと時は、あっという間に過ぎ去ってしまった。
己の娘とその友人を遠い空へ見送ったヴィオローネは、「ふう」と一息つき、隣に立つ息子のリュートに話しかける。
「ねえ、ヴィオラとジョージさんがウソついてたの気付いてた?」
リュートは首を傾げて応じる。
「ウソ? 何のことだろう。わからないや」
すると、ヴィオローネは呆れた様子で肩をすくめた。
「アナタも案外鈍いのねぇ。まあ、男ってのは大抵そんなもんよね」
「いやだから、そのウソの中身を教えてよ」
「フフ、あの子がジョージさんをまたウチに連れてくることがあれば、その時に教えてあげるわ。もしかしたら、ウソから出た誠になるかもしれないしね」
ヴィオローネはそんな言葉を呟きつつ、家の中に戻って行った。
* * *
集落を離れ、青々とする大空へと飛び立った一行は、往路の時より遅いペースで飛行していた。
帰りは時間があるので、自力飛行するファフが疲労しない速度に合わせているのだ。
〝空飛ぶモップ〟にようやく乗り慣れてきた承治は、のんびりとした空の旅路でヴィオラとの関係について度々考えようとする。
しかし、飛行中は常にヴィオラと体を密着させた状態になるため、変に意識してしまい、あまり考えがまとまらなかった。
しばらく飛行を続けていると、バサバサと羽ばたきながら飛行を続けるファフが話しかけてくる。
「そういえば、お見合いの話はどうなったの? 結局断ることになったん?」
その言葉に、ヴィオラは「あっ」と声を上げた。
「言われてみれば、肝心の結論を聞きませんでしたね。それが目的だったのに、私ったら何やってるのかしら……」
と、ヴィオラは言っているが、この場にいる承治だけはその結論を知っている。
いい機会だと思ったので、承治は今回のウソがバレていたことをヴィオラに明かすことにした。
「すいませんヴィオラさん。実は、今朝ヴィオローネさんと話した時に聞きましたけど、僕らのついてたウソは最初からバレてましたよ」
すると、ヴィオラは背中越しに「ええっ!?」と素っ頓狂な声をあげる。
「バレてたって、でも、私には何も……」
「他の皆がいる手前、気を遣ったんじゃないですかね。でも、ヴィオラさんの事情を正直に話したら、お見合いの件は断るって言ってくれましたよ」
「今朝、かあさんとそんな話をしていたんですね……」
そう告げたヴィオラは、がくりと肩を落して言葉を続ける。
「結局、全部私の独り相撲のようなものだったんですね……こんな下らないことに皆さんを巻き込んで、あまつさえ承治さんには母の説得までして頂いて……本当に、申し訳ありません」
そんな風にしてうなだれるヴィオラに対し、ファフが声をかける。
「でも、私は結構楽しかったわよ。ヴィオラのお母さんは良い人だったし、料理は美味しかったし。それに温泉にも入れたしね。お見合いが断れたなら、結果オーライなんじゃない?」
その言葉にセレスタが続く。
「ワタシも楽しかったヨ。また皆でリョコウ行きたいナ」
二人の意見には承治も同意できた。
いささか気疲れはしたが、今回はドラゴンに襲われるようなことはなかったし、全体的に見て楽しい旅になったのは間違いない。
「二人の言う通り、僕も楽しかったですよ。まあ、ヴィオラさんとしては色々思う所はあるかもしれませんけど、ファフの言う通り結果オーライですよ」
そんな三人の励ましに対し、ヴィオラは小さなため息をつく。
「本当にすいません。皆さんにそう言って頂けると気が楽になります……」
そう告げたヴィオラは、少し間を置いてからいきなり大空に向かって叫び声を上げる。
「あーあ! ホント、私ったら何してるんだろう! バカバカバカ! 私のバカ!」
承治は、酒の入っていないヴィオラがなりふり構わず感情を爆発させる姿を始めて見た気がした。
だが、子供っぽく自嘲するその姿はどこかヴィオラらしくも思えた。
初めて見る姿なのにそう思えたのは、承治がヴィオラの内面を知りつつあるからなのだろう。
承治は、そんな事実が嬉しくもあり、またヴィオラの言動が可笑しくもあり、たまらず笑いをこぼしてしまう。
すると、ヴィオラは声に勢いを残したまま言葉を続けた。
「あー! 今、私のこと笑いましたね!?」
「そりゃ笑いますよ。何を言い出すかと思えば、バカって」
承治は語尾に(笑)がついてしまいそうな勢いで声を震わせる。
すると、ヴィオラも承治につられてクスクスと笑いを漏らしていた。
そんな中、二人につられて笑みを浮かべるセレスタは、近くを飛ぶファフと目を合わせて小さく呟く。
「やっぱり、二人とも仲イイネ」
すると、ファフも呆れたような笑みを浮かべて応じた。
「仲がいいと言うより、芸風が噛み合ってるのよ。〝コンビ〟としてはお似合いだと思うけどね」
そんなファフの言葉は、承治とヴィオラの笑い声にかき消され、大空へと四散していった。