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60 母親

60 母親


 承治が席につくと、ヴィオローネは逆に席を立って茶淹れを始める

 その所作は、普段ヴィオラが職場で見せる姿と瓜二つだ。


 手際よくお茶を出したヴィオローネは、再び承治の対面に腰を下ろして軽く手を組む。その表情は柔和でありながら、どこか侮れない空気を孕んでいるような気がした。


「昨日はヴィオラと楽しい夜を過ごせた?」


 いきなり意味深な質問が飛んでくる。

 承治は、あえてストレートに言葉を受け止めて当たり障りのない返答をする。


「ええと、軽くお酒を飲んで、それなりに楽しく過ごしました」


「あの子、お酒飲んだの? あれほど控えろって言ってるのに……どうせまたベロベロになってご迷惑をおかけしたんでしょ?」


 さすがは親だけあってヴィオラの酒癖の悪さは承知済みのようだ。

 しかし、承治は酒を飲みたくなるヴィオラの気持ちも何となく分かるため、フォローを入れておくことにする。


「確かに、ヴィオラさんは酒癖が悪いですけど、あれはあれで息抜きになってるんですよ。普段は常に凛としてるから、たまにはハメを外さないと」


「粗相がなければそれでいいんだけど……でも、随分とヴィオラのことを気にかけてくれるのね」


「一応、ヴィオラさんは僕の大事な人なので……」


 ヴィオラの恋人を演じている以上、そう応えるのは自然だ。

 しかし、承治がヴィオラのことを気にかけているのは、あながちウソでもない気がした。


 そんな承治の返答に対し、ヴィオローネはどこか感情の読めない微笑みを浮かべる。


「ウソなんでしょ?」


 一瞬、承治はその言葉の意味を理解できなかった。


「ウソ、と言うのは?」


「ジョージさんとヴィオラの関係よ。ウソなんでしょ?」


 その瞬間、承治の背筋は凍りついた。

 ヴィオローネの放った言葉は、今日まで積み上げてきた承治とヴィオラの思惑を完膚なきまでに破壊する一言だった。


 もちろん、人間関係に証拠などというものはないので、ここでしらばっくれてウソを貫き通すこともできる。

 しかし、承治はウソをついてまでお見合い話を断るというやり方にそもそも懐疑的だった。それに、ヴィオラは相手に失礼がないよう断る理由を作りたがっていたが、正直に理由を告げて断る方法だってあったはずだ。


 今更ながらそんな事を思った承治は、これ以上の抵抗を素直に諦める。

 それは、ヴィオローネに真実を打ち明けた上で話し合う余地がある、と見込んでの決断でもあった。


「どうして分かったんですか?」


 承治は、自白も兼ねてウソがバレた理由を問う。

 すると、ヴィオローネはあっけらかんとした様子で応えた。


「分かるわよ。だって、親ですもの」


 そう告げたヴィオローネは、一息置いてからゆっくりと語り始めた。


「あの子ったら、恋人を親に紹介するってだけなのに、ウチに来てからずっとイライラしてたじゃない。それも、私やリュートの態度に怒っている感じじゃなくて、自分自身が気に食わないって態度で。あれじゃバレバレよ。元々、ウソをつけるタイプじゃないのよね」


 言われてみれば、ここに来てからのヴィオラは少しぶっきらぼうな所があった。些細な動機だが、それだけで看破できるものだろうか。


 すると、ヴィオローネは理由を付け足す。


「お互い〝さん〟付けで呼び合っているのも変だったしね」


 確かに、それは盲点だった。

 将来を誓い合った恋人同士なら、もう少し親しみを込めて呼び合うのが自然だろう。ヴィオラさん、承治さん、などという呼び方は、まさに上司部下といった感じだ。


 結局のところ、承治とヴィオラの演技力はその程度だったのだ。

 ヴィオローネの口ぶりからして、二人のウソは最初から看破されていたのだろう。

 

 それを踏まえ、承治は話の筋を変える。


「ヴィオローネさんは、なんで僕らがこんなウソをついたのか分かりますか?」

 

「あの子が見合いを嫌がったんでしょ? いっつも仕事があるからって先延ばしにしてたけど、いい加減嫌気がさしたのね」


 その言葉を受け、承治はいよいよ交渉に打って出た。


「それが分かってるなら、もう少しだけ待っていてくれませんか? もちろん、他人の僕が口を挟む筋合いはありません。それでも、ヴィオラさんが今の仕事に区切りがつくまで、余計なしがらみに囚われたくないと思う気持ちはよくわかります」


「それじゃあ、いざというときはアナタが責任を取ってくださる?」


 それは、承治にとって予想外の返しだった。

 〝責任を取れ〟とは、仕事に打ち込んだあげくヴィオラが適齢期を逃しそうになったら一緒になれ、と言いたいのだろうか。

 承治はどう応えてよいか分からず、押し黙ってしまう。


 すると、ヴィオローネはクスクスと笑いをこぼして再び口を開いた。


「フフ、冗談よ。だけど、アナタのような人がヴィオラの傍にいれば安心できるって言うのは、半分本音だったのよ。ヴィオラだって、アナタのことをよほど信頼していなければ、こんな話は持ちかけなかったでしょ? あの子にしては、少し大胆な行動ね」

 

 そんな言葉を受け、承治はこの偽装恋人作戦を持ちかけられた時にヴィオラが放った言葉を思い出す。


――他でもないジョージさんだからこそ、お願いしようと思ったんです。


 ヴィオラは僕のことを信頼してくれている。

 それは、承治にとって嬉しい発見だったと同時に、何とも言い表せないプレッシャーのようなものにもなった。


「僕は、ヴィオラさんの信頼に応えられている自信はないですけどね……」


 そんな自虐的な発言に対して、ヴィオローネは承治を諭すかのように優しく語りかける。


「信頼というものは、応えるものじゃないわ。信頼は常に一方的なものよ。ヴィオラはアナタを信頼している。それとは別に、アナタがヴィオラのことをどう思っているのか、それが大事なの」


 承治がヴィオラのことをどう思っているか。

 それは、未だ答えの出ない難しい問題だった。


 まずもって、承治がヴィオラに好意のような感情を抱いているのは事実だ。ヴィオラと共に働く時間は充実しており、何気ない一時を一緒に過ごしていても楽しいと思える。

 しかし、ヴィオラと今以上の関係を望んでいるのかと言えば、それは素直に肯定できなかった。


 承治は、今の平和な生活に甘んじ、それが永遠に続けばいいとさえ思っている。

 だからこそ、変化を恐れているのだ。

 ヴィオラとの関係を深めようとすれば、当然ながら変化が生じる。

 その未知なる変化に足を踏み入れる勇気を、承治は持てていなかった。


――じょーじさん、わらしとケッコンしたいんれすか?


 昨晩、呂律の回らないヴィオラが放ったそんな問いに対し、承治は「わからない」と答えた。

 結局のところ、承治はヴィオラとの関係と自身の境遇を結びつけて、事をややこしく考えているのだ。

 

 その回りくどい考え方は、まるで結論を出すことを先延ばししているかのようであった。


「僕は……」

 

 承治は、その先に放つべき言葉を持たない。

 その様子を察したヴィオローネは、ニコリと微笑んで話を切り上げた。


「とにかく、ヴィオラの意思はよく分かったわ。今回のお見合いは、私の方から断っておきます。だけど、私も嫌がらせのつもりでこんな話を持ちかけたわけじゃないのよ。それだけは、ジョージさんも忘れないでね」


 そんなヴィオローネの言葉に対し、承治は弱々しく頷く他なかった。

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