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57 ファフとセレスタ

57 ファフとセレスタ


 承治とヴィオラが寝床問題で揉めているその頃、ファフとセレスタは宛がわれた寝室で手持無沙汰な時間を過ごしていた。

 寝るにはまだ早い時間ということもあり、二人は互いのベッドに腰掛けて沈黙を共有している。


 そもそも、ファフとセレスタが二人きりになるのはこれが初めてだった。

 先日出会ったばかりの二人はそれなりに仲良くなっているように見えたが、二人が居合わせる場には常に承治がいた。そんな橋渡し的存在がいなくなった今、ファフとセレスタはどことなく話しづらくなっている。


 特にファフは、セレスタが自分のことをどう思っているのか、未だによく分からなかった。

 承治と一緒にいる時は悪ふざけで絡んだりもするが、もしかするとセレスタにとっては迷惑だったかもしれない。

 そんなことを思ったファフは、気まずそうにセレスタへ話しかける。


「セレスタちゃん。私なんかと同じ部屋で何かでごめんね」


 そんな言葉に対し、セレスタは首を傾げる。


「ナンデ謝るノ?」


「私なんかと一緒にいても面白くないでしょ、ってことよ」


 明け透けな性格をしているファフは、昔から人付き合いが苦手だった。

 転生前に通っていた高校でも〝友達らしき人達〟は存在したが、それは場の空気に従って会話を交わしていた程度で、楽しい時間を共有していたという自覚はなかった。

 ファフは、他人に気を遣って話すのが心底嫌いだ。

 それでも、周囲から浮きたくないという見栄があり、学校では無理やり他人と話を合わせていた。

 そんな時間は、ファフにとって苦痛でしかなかった。


 だからこそ、一度死んで転生を果たしたファフは、過去のしがらみから解放されて、それなりに自由に振る舞えるようになった。

 もちろん、気を遣わず自由に振る舞えば、他人はそれ相応の反応を見せる。時には嫌われることもあるだろう。

 セレスタに投げかけた言葉は、そんなファフの言わば自嘲だった。


 対して、のほほんとマイペースなセレスタは、そんなファフの心情を読みとることができず、ファフが告げる言葉の意図が理解できない様子だ。


「ファフと一緒だとオモシロくナイ? そんなことないヨ」


「別に気を遣わなくていいわよ。私、調子に乗ってセレスタちゃんに色々しちゃってるけど、嫌だったらもうしないから」


 私が素直に振る舞えば嫌われて当然だ。

 現世で嫌々と他人に気を遣って過ごしてきたファフは、人間関係をそういうものだと認識していた。

 自身の親にすら、素直に話せたのが何年前のことになるか思い出すことができない。それだけ、他人に対するファフの認識は歪んだ形で縛られていた。


 すると、セレスタは自身のベッドから離れてファフの隣に腰を下ろす。

 そして、ファフの目をじっと見つめた。


 深みのあるダークブラウンの瞳に捉えられたファフは、セレスタの内心を推し量ることができず、気まずそうに視線を逸らす。


「な、何よ急に」


「ワタシ、ファフのことキライじゃないヨ。ファフは、ワタシのことキライ?」


 ファフは、他人から面と向かって自分のことが嫌いかどうかと問われたのは初めてだった。

 だからこそ、どう返していいか分からず素直に応じてしまう。


「私だって、セレスタちゃんのことは嫌いじゃないわよ。むしろ好きな方って言うか……」


「なら、ワタシたち友達だネ。ワタシ、あんまり友達イナイから、嬉しいナ」


 そう告げたセレスタは、屈託のない笑みを浮かべる。


 ファフは、自分を友達だと認めてくれるセレスタの言葉を嬉しく思う反面、わざわざ「友達だ」と面と向かって言われなければ友達一人作ることができない自分自身を情けなく思った。


「相変わらずバカね。私って」

 

 苦笑いを浮かべて独り言を口走るファフに対し、セレスタは再び首を傾げる。

 ファフは、そんな素直な反応を見せるセレスタが堪らなく愛おしく思えた。まるで、可愛らしい妹ができたようだ。


 しかし、現世で一人っ子だったファフは、仲のいい姉妹がどんな関係を築くものなのか、まったく想像することができない。こういう時、何をして、何を話せばいいのか、それすら分からなかった。


 すると、ファフは生前のとある記憶を思い出す。

 それは、まだファフが幼く、母親と仲が良かった頃の思い出だ。


「セレスタちゃん。そっち向いて」


 そう告げたファフは、セレスタに背を向けて座るよう促す。

 そのままセレスタの綺麗な黒髪をまとめている紐をほどき、手櫛で髪を梳かし始めた。


「寝る前にちゃんとお手入れしないとね。本当はくしがあるといいんだけど」


くしならあるヨ」


 セレスタは、自身の旅行用具からくしを取り出しファフに手渡す。

 それ以上、二人の間に言葉は必要なかった。


 ファフは、かつて母親が幼い自分にしてくれたように、優しく丁寧にセレスタの髪を梳かす。窓から差し込む月明かりに照らされたセレスタの黒髪は、まるで闇夜に流れる天の川のように、きらきらと瞬いていた。


 ファフに髪を預けるセレスタは、ユラユラと尻尾を揺らしながら楽しそうに鼻歌を歌い始める。

 時よりセレスタの尻尾がファフの足に当たり、こそばゆい感触を与えた。


「セレスタちゃん。尻尾、くすぐったいわよ」


 すると、クスクスと笑みを漏らしたセレスタは、尻尾を器用に動かしてファフの体を撫でまわす。

 柔らかく生温かいその感触は、くすぐったいながらも心地よかった。


 他人の〝温もり〟に触れるのは何年ぶりだろうか。

 そういえば、昔は両親がよく自分の頭を撫でてくれた。

 ファフは、かつて自分が両親に愛されていた頃の記憶を思い出し、胸が締め付けられそうになる。

 

 どうして、自分はもっと素直になれなかったのだろう。

 今更そんな後悔をしたところで、かつての自分は既に亡き者となっている。きっかけは些細な事故だったが、同じ事故に巻き込まれた両親がどうなったのか、今のファフには知る由もない。

 こちらの世界に来て初めて触れた他人の温もりは、ファフ自身に初めて死んだことに対する後悔の念を抱かせた。


 いつの間にか、ファフの瞳に涙が溢れる。

 その涙は、もう両親とは会えない寂しさによるものなのか、それともセレスタと出会えた喜びによるものなのか、ファフ自身にも区別がつかなかった。


「どうかしたノ?」


 啜り泣く声に気付いたセレスタは、心配そうな面持ちでファフに顔を向ける。

 対するファフは、涙を拭いながら無理やり笑みを作って応じた。


「んーん、何でもない。目にゴミが入っただけよ」


 そう告げたファフは、優しい手つきで再びセレスタの髪を梳かし始めた。

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