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56 部屋割り

56 部屋割り


 結局、晩餐の席では承治とヴィオラの間柄に関する追及は殆どなく、一行は平穏に食事を済ますことができた。


 テーブルに並べられた皿は殆ど空になり、腹を膨らませたファフとセレスタは満足げな表情を浮かべて椅子にもたれている。

 承治も場の雰囲気が気楽だったこともあり、十分に料理を堪能できる余裕があった。腹も膨れ、後は寝るだけといったところだ。


 そんな様子を察したヴィオローネは、料理の片付けを始めつつ一行に声をかける。


「皆さんのお部屋は用意していますから、今日はゆっくり休んでいってちょうだいね」


 その言葉に対し、ヴィオラが反応を示す。


「部屋割りはどうするんですか? 空いてる部屋はひとつしかないですよね」


「あそこはベッドが二つあるから、ファフさんとセレスタさんの部屋ね。アンタはジョージさんと一緒に自分の部屋で寝ればいいじゃない」


 すると、ヴィオラは驚いた様子で口を開く。


「私の部屋って、だってあそこは……」


「別にいいじゃないの。広さは十分だし、アナタ達だってそういうの気にしない関係なんでしょ?」


 そんなヴィオローネの言い分に対し、ヴィオラは口ごもっていささか困ったような顔を浮かべる。

 傍目から話を聞いていた承治も、ヴィオラの私室で一緒に寝るというのはいささか気後れした。

 しかし、恋仲を演じていることを考えれば特に違和感はない提案だ。ここは変に拒絶するようなそぶりを見せず、やり過ごすのが無難だろう。


 結果的にヴィオラがそれ以上反論しなかったため、寝室の部屋割りはヴィオローネの提案に従う形となった。

 身支度を整えた一行は、ヴィオラに案内されてそれぞれの寝室へと向かう。

 ダイニングから伸びる廊下を進むと、ファフとセレスタに宛がわれた部屋にはすぐに辿りついた。


 就寝の挨拶を告げたファフとセレスタは、扉を開けて部屋の中へと入って行く。

 すると、扉を閉める直前になってファフが承治に声をかけくる。


「二人きりの夜を存分に楽しんでね」


 承治は、そんなファフの冗談をあしらうように「そっちも仲良くしろよ」と返しておく。


 そして、セレスタとファフが扉の奥に消えると、承治とヴィオラは久しく二人きりになる。

 二人は特に話すようなこともなく、黙々と廊下を進んでヴィオラの私室に辿り着いた。


 自分の私室を前にして、ヴィオラはいささか気恥しそうな様子で口を開く。


「あの、私の部屋にはちょっと問題がありまして……」


 問題とは何だろうか。

 承治はその真意を問いかける。


「問題、ですか? まあ僕みたいな男が気安く入っちゃうのは問題かと思いますけど」


「いえ、ジョージさんを部屋にお入れするのは構わないんですけど……」


 ヴィオラの反応はどこか煮え切らない。

 しかし、このまま部屋の前で突っ立っていても仕方ないと思ったのか、ヴィオラは一息置いてからドアノブに手をかけて扉を開け放った。


 承治が室内に足を踏み入れると、そこはなんとも慎ましい空間だった。

 広さは八畳くらいだろうか。窓側に一人用デスクと大きなベッドが並んで配置され、壁際に本棚が据えられている。それ以外に目立った家具は見当たらず、全体的に見て無味乾燥な印象だ。

 生真面目なヴィオラらしい部屋と言えよう。


 しかし、この部屋のどこが問題なのだろうか。


「綺麗な部屋じゃないですか。何も問題なんてないですよ」


 そんな承治の言葉に対し、ヴィオラは何故か頬を赤らめて応じる。


「ええと、その、ジョージさんに問題がなくても、私は少し問題ある気がするんですが……」


 そう告げたヴィオラは控えめに己のベッドを指さす。

 その瞬間、承治はヴィオラの言う〝問題〟の意味をはっきりと理解した。


「ヴィオラさん。ベッドが一つしかないみたいですけど」


「だから言ったじゃないですか……」


 承治は、この部屋に来る前にヴィオローネが告げていた言葉を思い出す。


――広さは十分だし、アナタ達だってそういうの気にしない関係なんでしょ?


 広さって、部屋の広さじゃなくてベッドの広さかよ!

 確かにセミダブルくらいの広さはあるけど、恋人同士なんだから同衾どうきんでも構わないだろうというヴィオローネの発想はいささか強引だ。

 しかし、今更ヴィオローネに「別々に寝るから寝床を用意してくれ」などと言えば、承治とヴィオラの関係が疑われてしまう。

 それを思った承治は、己が犠牲になる道を選ぶことにした。


「とりあえず、今晩は僕が床で寝ますよ」


 すると、ヴィオラは首をブンブンと振って承治の提案を否定する。


「いえ、これも全部私の身から出た錆です! 今晩は私が床に寝ますので、承治さんがベッドを使ってください」


「いやいや、上司のヴィオラさんを床で眠らせるなんて僕にはとっても……」


「ジョージさんはあくまで客人です。私だって、お客さんを床で寝させるような恥知らずな真似はできません」


 そんな調子で、二人の言い合いは平行線を辿る。

 互いに床で寝てもいいと言っているが、絨毯ならまだしも木板の床に直で寝るのは、そもそも無理があるかもしれない。

 すると、ヴィオラはなぜか承治から視線を外し、控えめなトーンで新たな提案を口にする。


「あの、ジョージさんが嫌でなければ、私は別に一緒でも構わないですけど……」


 結論から言えば、そうするのが一番手っ取り早ことを承治も自覚していた。


 しかし、承治とヴィオラが恋仲というのはあくまでウソの設定だ。何でもない男女が同じ寝具で夜を共にするのはいささか問題ある気がする。

 それでも承治は、ヴィオラが構わないというなら、心が揺れ動かされた。それは下心ではなく、あくまで互いが苦にならない選択肢ならば、という理由だ。


「まあ、ヴィオラさんが構わないなら僕も別にいいですけど……」


 と、二人は互いに合意したにも関わらず、恥ずかしそうに視線を泳がせて「本当にいいのか?」と様子を探り合っている。

 ヴィオラはそんな状況を誤魔化すかのように、苦笑いを浮かべて口を開く。


「と、とりあえず寝る時のことは後で考えましょう……寝るにはまだ早いので、少しお酒でも飲みませんか?」


 そう告げたヴィオラは、部屋の棚からボトル型の瓶を取り出す。

 思えば、先ほどの晩餐に酒は出ていなかった。もしかしたら、ヴィオラの酒癖の悪さを知るヴィオローネはあえて酒を振る舞わなかったのかもしれない。


 そんな晩餐の後で、今になって酒を取り出すヴィオラはもしかして飲むのを我慢していたのだろうか。

 それを思うと、何の違和感もなく私室から酒を取り出すヴィオラの姿がどこか微笑ましく思えた。


「相変わらず好きですねぇ。ま、今日はヴィオラさんも気疲れしたでしょ。せっかくだから付き合いますよ」


 そんな承治の言葉に、ヴィオラは嬉しそうに笑みをこぼした。

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