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55 晩餐

55 晩餐


 温泉にてヴィオラの裸をまじまじと見てしまった承治は、以前起きた〝ベッド内セクハラ事件〟の時と同様に、ヴィオラの気を悪くしたと思い込んでいた。

 しかし、温泉を上がってからというもの、当のヴィオラは何も無かったかのように振る舞っており、その様子に承治はいささか拍子抜けしていた。

 単に呆れられただけという可能性もあるが、とりあえずヴィオラが気にしていないそぶりを見せていたので、承治もそれに倣う形で事はうやむやになりつつある。


 そんなこんなで、温泉を堪能した一行は今後の動向を思案し、もう少しだけ時間を潰すことにした。


 セレスタの持つ〝空飛ぶモップ〟を活用した一行は、手近な山の山頂に降り立って景色を堪能したり、適当に森林を散策したりして時を過ごす。

 それは何気ない時間だったが、複数人で気ままに行われた散策はそれなりに楽しく、あっという間に時間は過ぎ去っていった。


 そして、日が傾きかけたところで一行は集落へと舞い戻る。

 〝空飛ぶモップ〟から降りた一行がヴィオラの実家の前に立つと、食欲をそそる香ばしい匂いが玄関から漂ってきた。


 そんな匂いにつられ、ファフとセレスタは揃って鼻をスンスンと鳴らす。


「あー、お腹空いた。やっぱり旅行の醍醐味と言えば御馳走よねぇ」


「オナカ空いたネー」


 そんな姿を見た承治は、気兼ねなくこの旅を楽しんでいられるファフやセレスタが少しうらやましくなった。


 しかし、承治自身もヴィオラの恋人役を演じるという気疲れを抜きにすれば、それなりにこの旅行を楽しんでいるのも事実だった。

 普段は王宮に引き籠っているだけあって、たまに見る外の世界は刺激的だ。温泉は気持ちよかったし、ハイキングのような散策もいい気晴らしになった。


 それを思った承治は、家に入る前にヴィオラへ声をかける。


「ヴィオラさん。今回はまあ色々と面倒事がありますけど、たまには皆で旅行をするのもいいですね」


 すると、ヴィオラはいささか申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「ジョージさんにそう言っていただけると、付き合わせてしまった私も気が楽になります……」


 考えるまでもないが、この旅行で最も気疲れしているのはヴィオラだろう。

 ウソを重ねて親を騙そうとすれば罪悪感もあるだろうし、心労が重なって当然だ。


 思えば、普段から他人に気を回しがちなヴィオラがゆっくりと気を休めているところを、承治はあまり見たことがない気がした。

 仕事の休憩時間もお茶淹れを進んで行い、休日もなんだかんだと王宮を駆け回っていることが多い。

 そんなヴィオラにとって、酒に酔うことが唯一の息抜きになっているのかもしれない。酔っぱらったヴィオラが好き勝手に振る舞うのも、普段抑圧されている感情が爆発した結果だと考えれば納得いく部分もある。


 それを思うと、承治は今後もう少しヴィオラの飲み歩きに付き合ってあげてもいいような気がしてきた。

 それがヴィオラにとっての息抜きになるのなら、酔い潰れた後の介抱くらいしてあげるのが人情と言うものだろう。


 そんなことを考えつつ、承治はヴィオラに声をかける。


「このまま無事にお見合いが断われたら、そのうち祝勝会でもしましょうよ。ヴィオラさんの好きな店に付き合いますよ」


 そんな承治の言葉に対し、ヴィオラは弱々しくはにかんで応じる。


「フフ、是非お願いします」


 そして、すぐさま気を引き締め直し、ゆっくりと己の実家の扉を叩いた。



 * * *



 一行が再びヴィオラの実家に足を踏み入れると、昼間の質素な雰囲気とは打って変わって豪華な晩餐の席が設けられていた。

 ダイニングの大テーブル中央には大きな鍋が置かれ、その周囲には小奇麗な料理がいくつも並んでいる。

 自然豊かな集落だけあって菜食が中心だったが、様々な工夫を凝らして彩られたそれらの料理は、食欲をそそるには十分な魅力を内包していた。


 すると、エプロンを纏ったヴィオローネが小皿を抱えて一行を迎え入れる。


「あら、お帰りなさい。温泉はどうでした?」


 その言葉に、ファフがいち早く応じる。


「いやー最高だったわ。是非、また行きたいわね」


「そう言ってもらえるとご紹介した甲斐があったわ。さあさあ皆さん、お腹空いたでしょ。大した物は用意できなかったけど、遠慮せずに召しあがってちょうだい」


 そんな言葉に促され、一同は席について食卓を囲う。

 承治、ヴィオラ、ファフ、セレスタを除いて、同席しているのはヴィオローネとリュートの二人だけだ。

 他の家族については聞かされていないが、ヴィオラの父は既に他界しているそうなので、ヴィオローネがこの家の実質的な家長なのかもしれない。


 そんなこんなで食事が始まると、ファフはさっそく料理にがっついている。よほど腹が減っていのだろう。

 かく言う承治も腹は減っていたので、適当に料理をつまみつつ場の雰囲気を伺う。

 しかし、料理に舌鼓を打つ一同は他愛も無い雑談を交わす程度で、承治とヴィオラの関係を改めて追及するような話題は上がらなかった。


 話の節目で、ヴィオローネは久しぶりに帰省したらしいヴィオラに話を振る。


「最近、王都での仕事はどう? 結構忙しいんでしょ?」

 

「確かに忙しいですけど、それなりの遣り甲斐はあります。最近はジョージさんとファフさんが仕事を手伝ってくれるので、随分と楽になりましたね」


「あらそう。皆さん、こんな娘ですけど、これからも支えてもらえると助かるわ。ほら、この子って変に責任感があるでしょ? 昔っから、何でも一人で抱え込んじゃうのよ」


 そんな言葉に、リュートも同調する。


「そうそう。王都から人をよこしてほしいって要請があった時も、本当は僕が王都に行くつもりだったけど、ヴィオラが無理言って家を出ていったんだよ。昔から、言い出したら聞かなくてさ」


 ヴィオラは口をすぼめて反論する。


「あの時、兄さんには家族がいたじゃないですか。私は一人身だったし、王都の暮らしにも興味があったんです」


 食事の最中に軽く聞いた話だが、リュートは既婚者なのだそうだ。

 この家で一緒に暮らしている嫁と子供は、嫁方の実家に顔を出していて不在とのことだ。

 ヴィオラは、そんな家庭を持つリュートを気遣って自ら宰相という地位に招かれたようだ。


 すると、ヴィオローネは小さくため息をついて口を開く。


「そりゃアンタが男ならいいけど、女一人で王都に行くなんていうから心配したのよ」


「女の私が一人で王都に行って何が悪いんですか? ご心配には及びません。ちゃんと生活はできていますから」


 そんなヴィオラの態度に対し、ヴィオローネは呆れたように肩をすくめる。


「ほら、いつもこんな調子なのよ。だから私も、早く身を固めて頼れる人ができれば、なんて思っていたんだけど……でも、ジョージさんのような方が傍にいれば、私も安心できそうね」


 そう告げたヴィオローネは、優しげに微笑んで承治に視線を向ける。

 対する承治はどう反応していいか分からず、頭を掻いて愛想笑いを浮かべる他なかった。

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