54 旅の定番・温泉回!
54 旅の定番・温泉回!
そんなわけで、承治、ヴィオラ、セレスタ、ファフの四人は集落の近場にある温泉へ赴くことになった。
温泉は集落から少し離れた山のふもとに沸いているらしく、人数分の布を抱えた一行はセレスタの〝空飛ぶモップ〟で目的地へ向かうことにした。当然ながらファフは自力飛行だ。
集落から飛び立った一行が少し高度を上げると、木々の間から薄らと白い煙が立ち昇る温泉地を簡単に見つけることができた。
ヴィオローネの言う通り、徒歩で行くにはいささか遠い距離だが、こういうとき手軽に移動できる〝空飛ぶモップ〟は非常に役立つ。
そして、上空から温泉地に近づいた一行は、そのままヴィオラの案内に従って小さな谷を形成する小川へと降り立つ。
剥き出しの岩と木々に囲まれたその小川は、ところどころで白い煙が立ち込めており、温泉地ならではの独特な臭いが漂っていた。
〝空飛ぶモップ〟から降りたヴィオラは、小川の一角を指さして三人に告げる。
「あの辺りが入るのに丁度いい温度になっているんですよ」
その言葉に、同じく〝空飛ぶモップ〟から降りた承治は「へー」と感心したように相槌を打つ。
と同時に、自身が致命的な思い込みをしていることに気付いた。
そう、ここは日本ではないのだ。
温泉と言っても、この世界にある温泉は地面を掘削して汲み上げた湯を小綺麗に囲って作られたようなものではない。
ヴィオラの言う温泉とは、山から自然に沸き出た源泉と小川の水を混ぜて形成された秘湯的な天然露天風呂なのだ。
当然ながら、周囲には目隠しはおろか脱衣所などというものは存在しない。言うなれば、川で水浴びをするのと同じ感覚だ。
それを踏まえた上で、承治は現状を再確認する。
男である承治を除く他三人は、美女が一名と少女が二名である。
温泉に入るという状況下で、そのハーレム的な構成は見ようによっては世の男達から嫉妬と羨望の眼差しを向けられそうなシチュエーションであるとも言える。
だが、肝の小さい承治は「では入りましょうか」と、当然のように服を脱ぎだせるほど大胆な男ではなかった。
当然ながら、モラルやデリカシーといった問題を考慮した上でもある。
それを思った承治は、控えめな口調で他三人に声をかける。
「ええと、僕が混ざるのも何かアレなんで、三人で入ってきてくださいよ。僕は空でも眺めてますんで」
すると、既に服を脱ぎだしているファフが最初に声を上げる。
「別に私は気にしないわよ。どうせ貰い物の体だし。まあ、堂々と見ろとまでは言わないけど」
その言葉にセレスタが続く。
「ワタシも気にしないヨー」
そして、残るヴィオラはいささか迷いを見せていたが、すぐに答えを出した。
「まあ、ここまで来てジョージさんだけをのけ者にはできませんね……せっかくですから、私達に気を遣わず温泉を楽しんでください」
気を遣うな、と言われてもこの状況で気を遣わない男がいたら結構ヤバイヤツだろう。世の中にはそういう人種もいるかもしれないが、承治は一応こちらの世界でも常識人でいたかった。
しかし、普段からサウナにしか入っていない承治としても、たまにはお湯に浸かりたいという欲求があるのも事実だ。決して、美女達との混浴を楽しみたいわけではない。
ここは、最大限の配慮をした上で入湯するとしよう。
「とりあえず、三人で先に入ってください。僕は後から入りますんで」
そう告げた承治は、背を向けて三人が湯に入るまで待つ。
こうすれば、服を脱いだ三人のあられもない姿を見ることなく入湯することができる。
そんな承治の意図を察した三人は、さっそく服を脱ぎ始めた。
承治の背後では、既に裸になっているであろうファフが「ヘタレねぇ」などと呟いている。そんな言葉に対して、セレスタは「ヘタレってナニ?」と純粋に応じていた。
気を遣っているのにヘタレ扱いとは心外である。昼間のことといい、そのうちファフにはお仕置きが必要かもしれない。
そんなことを考えていると、背後から「もういいわよー」というファフの声が届く。
承治が恐る恐る視線を戻すと、服を脱ぎ去った三人は既に小川脇に形成された温泉に浸かっていた。
その様子は、遠目から見ても刺激的だ。
とりあえず手近な大岩に隠れた承治はその場で服を脱ぎ、ヴィオラの実家で貸してもらった布を腰に巻いて温泉へと近づいていく。
湯に浸かる三人の表情はとても気持ちよさそうだ。
すると、承治の視線に気付いたファフは「しっしっ」と手を振って眉をひそめる。
「ほら、こっち見てんじゃないわよ。アンタはそっちの端っこ」
承治はすかさず視線を逸らし、遠慮気味に三人が身を寄せる岸とは反対側に足を浸ける。
そのまま全身を湯に投じると、鳥肌が立つほどの快感が全身を駆け巡った。
こうして湯に浸かるのは何日ぶりだろうか。時たま、王都の公衆浴場に出かけて湯に浸かることはあったが、自然に囲まれた天然の温泉という空間は、疲れた体に染みわたる最高の娯楽に成りえた。
「ほへぇ……やっぱり温泉はいいなぁ……」
そんな風にして承治が温泉を堪能していると、対岸から女性陣三人の声が耳に届く。
「ヴィオラってやっぱり胸デカイわねぇ。形も綺麗だし、承治が見惚れるのも納得ね」
「ホント、おっきいネー」
「大きくて困ることもだってあるんですよ。肩は凝るし、服を探すのも大変だし……」
承治は、そんなガールズトークをなるべく耳に入れないよう、空に浮かぶ雲を眺めて無心になる努力を行う。
今日もいい天気だ。
あの雲は、尻みたいな形をしているなぁ。尻というより巨乳に近いだろうか。
いやいや、その発想はまずいだろう。
よし、壮大な大自然に目を向けよう。あの双子山は形が綺麗だ。まるで豊満なおっぱいのよう……。
「煩悩丸出しじゃねーか!」
突如訳の分からない叫び声を上げた承治は、片手を目に当てて視覚情報を遮断する。
これで問題あるまい。全身の感覚で温泉を堪能しよう。
などと考えていると、再び対岸から楽しげな喋り声が届いた。
「ねえねえ知ってる? おっぱいって揉まれると大きくなるのよぉ」
「ソウナノ?」
「マッサージをすると大きくなる、という話は聞いたことありますね」
「ノンノン、自分で揉んでもダメなの。他人に揉んでもらうといいらしいわよ。セレスタちゃんはまだ発展途上みたいだから、私が揉んだげようか? ソレ!」
すると、じゃぶじゃぶという水しぶきの音と共にセレスタの可愛らしい悲鳴が耳に届く。
「イヤー! ……ンッ! ダメダメ! ソコはダメ!」
「ホレホレ! ここがいいんか!? ここがいいんか!?」
「フフ、あんまりはしゃぐとのぼせちゃいますよ」
いやいや、そういう問題じゃないでしょ。
そりゃ女の子だけなら好きにキャッキャウフフして頂いて構わないんだけどさ、一応男の僕も近くにいるからね。あんまり刺激的な音声を発せられると色々と困ることがあるからね。
などと考えていると、そろそろ体が熱さに耐えられなくなってくる。
いささか頭がぼうっとしてきた承治は、自然と目を覆っていた手を下ろし、久しぶりに視覚情報を得た。
「そろそろ上がりましょうか」
そんなヴィオラの声と同時に、ざばっと水が落下するような音が耳に届く。
その瞬間、承治は目の前に映る光景に釘づけになった。
雄大な自然に囲まれた小川の中で、日光を浴びて黄金のように煌めくブロンド髪が空を切り、滴る水が星のような瞬きを見せる。
その中心では、乳白色に赤い彩りを添えた艶めかしい輝きが、洗練されたプロポーションをくっきりと浮かび上がらせていた。
その姿は、まるで神秘的な泉から姿を現した女神のように、神々しくその空間を支配していた。
承治は、そんなヴィオラの姿を、心から美しいと思った。
それは下心とかそんな感情ではなく、完膚無きまでに見惚れていた、と表現した方がいいだろう。
すると、承治の視線に気付いたヴィオラと不意に目が合う。
その瞬間、切り取られた時間を現実に引き戻すかのような大声が轟く。
「あー! 承治がヴィオラの裸見てる!」
そんなファフの言葉を受けて我に返った承治は、すかさず視線を逸らして何事もなかったかのように振舞う。
しかしながら、承治とヴィオラは間違いなく目が合っていた。今更誤魔化しても意味がないだろう。
承治はいささか焦りを覚えつつ、続く言葉を待つ。
しかし、当のヴィオラは悲鳴を上げるでもなく、怒るようなこともなく、他二人を促して淡々と湯から上がっていった。