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51 帰省

51 帰省


 承治とヴィオラの〝偽装恋人作戦〟決行日はあっという間に訪れた。


 ヴィオラは勤務日を一日だけ休み、本来の休日と合わせた二日間の日程で帰省する予定を立てている。

 ヴィオラの実家はカスタリア王国二大公領のひとつである〝リュート公爵領〟の山間部にあるらしく、帰省はいささか遠出になるらしい。

 そこで、ヴィオラは以前遠出した時と同じく、セレスタを頼ることにした。


 魔女であるセレスタは、空を自由に飛ぶことができる飛行用魔法具――通称〝空飛ぶモップ〟を扱うことができる。

 以前、古龍襲撃事件で隣国クラリアへ赴いた時のように、〝空飛ぶモップ〟を活用すれば早馬で数日はかかる旅路も数時間でひとっ飛びだ。


 そんなわけで、旅の支度を整えた承治、ヴィオラ、ファフ、セレスタの四人は、日が出て間も無い早朝に王宮のバルコニーへ既に集合していた。


 ファフは今回の旅行目的とは無縁だが、承治の判断で同行させることにした。

 そもそも、罪人扱いのファフは監視役の承治が傍にいるという条件で仮釈放されている身だ。承治の不在中に牢屋へ閉じ込めておくのはさすがに心苦しかったので、第一王女ユンフォニアを説得してどうにか同行させる許可を得た。


 更に都合のいいことに、背中に大きな翼を生やすファフは飛行能力を有している。

 セレスタの〝空飛ぶモップ〟は最大三人乗りなので、操縦手のセレスタと承治、ヴィオラの三人で満席になってしまう。

 定員からあぶれたファフは、己の翼で目的地まで飛んで行くという算段だ。


 バルコニーの中心で〝空飛ぶモップ〟に跨った承治、ヴィオラ、セレスタの三人は、朝焼けに照らされながらいよいよ飛び立とうとする。


「ソロソロイクヨー」


 そんなセレスタの掛け声と共に、〝空飛ぶモップ〟は重力を無視して、ふわりと浮きあがる。原理は一切不明だが、これも魔法による力なのだろう。


 同時に、ファフも己の翼を広げて空へ飛び立つ。

 バサバサと翼をはためかせるファフは、モップに跨り宙に浮く三人を眺めて感心したような声を上げる。


「へえ、本当にモップで空を飛べるのね。でも、普通魔女と言えばホウキじゃない? なんでモップなの?」


 それは承治も気になったが、何かこちらの世界にしかない法則や節理があるのだろうと決め込んで、深く考えないことにした。


 そうこうしているうちに、〝空飛ぶモップ〟はぐんぐんと高度を上げて目下の地上が遠ざかっていく。

 承治にとって空飛ぶモップでの飛行経験はこれで三度目になるが、生身の状態で宙に浮くという体験は何度経験しても恐怖感が拭えなかった。

 同時に、ヴィオラの体をガッチリとホールドすることによって得られる感触とこそばゆい香りにも慣れることはできない。


 承治は気恥しさと恐怖心を紛らわすためヴィオラに話しかける。


「今回はどれくらい時間がかかりそうなんですか?」


「クラリアに行った時より近いですが、前回と同じ速度を出したとして三時間はかかると思います」


 その言葉に、承治は「うっ」と唸る。

 〝空飛ぶモップ〟での移動は、ゆったりと座っていられる飛行機や鉄道の旅とは訳が違う。眺めは確かに最高だが、不安定な姿勢と恐怖による疲労は想像以上だ。

 先が思いやられた承治は重々しく口を開く。


「まあ、適宜休憩しながら行きましょう……」


「そうですね。セレスタさんとファフさんも、疲れたら無理せず言ってくださいね」


 こうして、ヴィオラの実家に向けた空の旅が幕を開けた。



 * * *



 およそ三時間の行程となった空の旅は、特にトラブルもなく無事に終了した。

 だが、誤算が一つだけあった。


 目的地に到着して早々、倒れ込むように寝転んだファフはぜえぜえと肩で息をしながらうめくように口を開く。


「はぁ……はぁ……うっ、はぁ……し、しんどい……し、死ぬかと思った……」


 どうやら、羽による長時間の飛行はかなりの肉体的疲労を伴うらしい。

 正確に言えば〝空飛ぶモップ〟の飛行速度があまりに速かったため、それについていくのが大変だったのだろう。


 一方、〝空飛ぶモップ〟に乗っていた承治とヴィオラも、小さなサドルと不安定な姿勢によって下半身に多大なダメージを蓄積させていた。

 ファフに並ぶ形で四つん這いになった承治とヴィオラは己の尻を押さえてうずくまっている。

 この旅路でけろっとしているのはセレスタただ一人だ。


「みんなダイジョウブ?」


「また尻が割れるところだった……」


 そんなジョークを口走りつつ、尻の肉をほぐし終えた承治は内股のまま立ち上がる。

 そして、正面に見える目的地の集落に目を向けた。


 周囲は高い木々に囲まれ、ところどころ切り開かれた空間に家々が立ち並んでいる。

 多くの家は木造ロッジのような構造をしているが、中にはテントのような布張りの住居も見受けられた。定期的に移住する住民がいるのかもしれない。

 全体的に見て、それほど栄えた集落ではない。以前訪れたハーモル村といい勝負だろう。ハーモル村との違いは、この集落には殆ど畑が無いところだろうか。

 

 そんな様相を目の当たりにして違和感を覚えた承治は、よろよろと立ち上がったヴィオラに声をかける。


「ええと、ヴィオラさん。ここって、リュート公爵領の中心地なんですよね? 何と言うか、あんまり栄えていないようですけど」


 その言葉に、ヴィオラは己の尻を摩りながら応える。


「山間部や森林に住むエルフ族はいわゆる狩猟民族で、人類種のように平地を開墾したり街を形成したりしないんですよ。なので、エルフ族の土地であるリュート公爵領では一つの集落にあまり人口が密集していません」


 なるほど、と承治は納得する。

 要するに文化の違いなのだろう。人類は商工業を発展させるために都市へ人口を集中させてきたが、逆に狩猟を生業にするなら獲物を狩り尽くさないよう分散して暮らす方が合理的だ。

 そう考えると、この集落もエルフ族にとっては大規模なものなのかもしれない。


 承治がそんな分析を続けていると、息を整えたファフがようやく立ち上がる。


「み、水……水飲みたい……」


 そんなファフの言葉に応じ、一行の先頭に歩み出たヴィオラは三人を先導する形で集落に足を踏み入れる。


「ここで話していても仕方ありませんから、とりあえず私の実家に行って一休みしましょう。飲み物くらいはすぐにお出しできます」


 その言葉に、承治は今回の旅の目的を思い出す。

 大月承治という人物は、この地を踏んだその瞬間からヴィオラの恋人役なのだ。


 それを思うと、今後待ち受けるであろう展開が思いやられる。

 しかし、この地に来てしまった以上、後は成り行きに任せる他なかった。

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