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50 ヴィオラのお願い

50 ヴィオラのお願い


「あの、少しの間だけ私と恋人のフリをしていただけませんでしょうか!」


 ヴィオラがそう告げた瞬間、承治の喉を通りかけたお茶は一瞬で気管支に入り込み、盛大なむせかえりを起こした。


 激しく咳き込む承治は、胸を叩いて心と体を落ちつける。

 同時に、承治の隣に座るファフも「はぁ?」と呟いて目を点にしていた。それが普通の反応だろう。


 承治は裏返った声のまま、ヴィオラが告げた言葉の真意を問い立てる。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! 言っていることの意味がよくわからないんですけど」


「まあ、事情も分からなければ無理も無いですよね……とりあえず、私がこんな変なお願いをした理由をご説明させてください」


 そう告げたヴィオラは、恥ずかしそうな様子でゆっくりと語り始める。


「実は私、親に見合い話を持ちかけられたんです。あ、親と言っても母親ですね。父は既に他界していますので」


 いささか気を落ちつけた承治は、なるべく冷静に応じる。


「はあ、見合いですか」


 ヴィオラも年頃の独身女性なので、そういった話が持ち上がることもあるだろう。

 そんなことを考えると同時に、承治はヴィオラの告げたお願いの真意をなんとなく察し始める。


「私はその話を断ろうとしたんですが、親があまりに強引なもので、ちょっとした嘘をついてしまいまして……」


 先ほどヴィオラは、承治に恋人のフリをしろと言った。

 つまり、ヴィオラのついた嘘とは、こういうことなのだろう。


「もしかして、もう決まった相手がいるって嘘ついたんですか?」


「ご明答です……」


 頭を抱えた承治は事の真相を解明する。


「つまり、お見合いを断るために僕をニセの恋人に仕立てて親に紹介したいと」


「はい……」


 そこまで話したところで、承治の隣に座るファフはいきなり腹を抱えて笑い始めた。


「な、なによそれ! マンガじゃあるまいし! こ、恋人のフリってまあ! ホントにそんなこと考える人っているのね! ヒッヒッヒ、お腹痛い!」


 ファフはゲラゲラと笑い転げているが、はっきり言って承治もヴィオラの提案は的外れな発想に思えた。

 

「ファフのこの反応見てくださいよ。わざわざ恋人のフリって……普通に断れなかったんですか?」


 ファフと承治の態度に対し、ヴィオラはいささか不満げな表情を作って語気を強める。


「そうは言いますけど、お見合い話って断るの大変なんですよ! 付き合いのある相手なら顔も立てなきゃいけないし、今は結婚する気がないなんて言っても誰も理解してくれないし……」


「そりゃまあ、既に相手がいるってことなら断る筋は通りますけど、僕と恋人同士だなんて嘘ついてもすぐにバレちゃうんじゃないんですか? まさか偽装結婚しろだなんて言いませんよね?」


 その言葉に、ヴィオラは頬を膨らませて応じる。


「そこまでお願いする気はありません! 今回ばかりは、お見合い相手が特別なんです。幼馴染で家柄も立派な人だから、断るのが難しくて……でも、この話さえ乗り切れば当分そんな相手は出てきません。本当に今回だけなんです」


「恋人のフリねぇ……」


 はっきり言って、承治はヴィオラの恋人役を演じきれる自信がなかった。

 承治は、言ってしまえば事務員風情の凡人である。ルックスが良いわけでもなければ地位や名声もない。そんな人間が高貴で聡明かつ風光明媚なヴィオラの隣に立つこと自体に無理がある気がした。

 もっと言えば、仮にニセ恋人作戦を実行したとして、ヴィオラの親が二人の恋仲を否定すれば問題は更にややこしくなる可能性だってある。

 聡明なヴィオラにしては、今回の話はいささか無茶に思えた。


 そんなことを考えると同時に、承治は一つだけ気になる点があった。


「そもそも、なんでお見合いしたくないんですか?」


 いい歳して独身の承治が言えたことではないが、お見合いを通じて良い相手が見つかるならそれに越したことはないだろう。


 そんな承治の問いに対し、姿勢を正したヴィオラは正直に己の意思を告げる。


「私は、しかるべき時期まで今の仕事を続けていたいんです。国王陛下の容体は思わしくありませんし、世継よつぎのユンフォニア姫だって、まだ一人立ちできる年頃ではありません……仮に、私がお見合い相手へ嫁ぐことになれば、当然立場が変わるので、今の仕事を続けられなくなると思います」


 確かに、結婚まで話が進めば立場は大きく変わるかもしれない。

 だが、今問題にしているのは単なる見合い話だ。


 ヴィオラの発想にいささか飛躍を感じた承治は、別の切り口で解決策を探る。


「それならそうと、正直に言えばいいじゃないですか。もしかしたら、お見合い相手だって仕事がひと段落つくまで待ってくれるかもしれませんよ」


「でも、一度お見合いを受けてしまえば関係を持ってしまうも同然です。私はまだ、そんな気が全然なくて……別に、お見合い相手が嫌いなわけではないんです。ただ、その気が無いのにお見合いするというのも失礼じゃないですか……」


 なるほど。と、承治はヴィオラの心境をなんとなく察する。

 要約すると、今は仕事に打ち込んでいたい時期だから、結婚や見合い云々といった話に振り回されたくない、といったところなのだろう。

 その見合いを断るために、承治にニセの恋人を演じてくれと迫ったわけだ。


 承治は、改めて自身がどうするべきか考えあぐねる。

 ヴィオラには普段から世話になっているので、できれば力になってあげたいと思う。

 だが、恋人のフリをしてまで見合い話を無かったことにするという手段が本当に正しいのか、迷う部分があるのも事実だ。


 そんな調子で承治が黙り込んでいると、ファフが口を挟んでくる。


「面白そうじゃない。協力してあげれば? どうせ、ちょっと親に会って見せつけてくるだけでしょ。適当にイチャイチャしてればいいのよ」


 そう告げたファフは楽しそうにニヤニヤと口を歪めている。

 他人事だと思って面白がっているのだろう。


 承治は、仕方なくヴィオラの意思を改めて確認する。


「まあ、ヴィオラさんが本気なら協力しないこともないですよ。だけど、本当に僕なんかでいいのか、本当に恋人のフリなんかでお見合いを断わっていいのか、よく考えてください」


 その言葉に対し、ヴィオラは少し間を置いてから答えを出した。


「こういう言い方は卑怯かもしれませんが、他でもないジョージさんだからこそ、お願いしようと思ったんです。私の身勝手で、甚だ迷惑なことは重々承知しています。ですが、私はできることなら、このお見合いを綺麗さっぱり無かったことにしたいんです。そのためにも、どうか私に助力していただけませんでしょうか……」


 どうやらヴィオラの意思は固いらしい。

 それだけヴィオラも必死なのだろう。


 未だ納得のいかない部分はあるが、他でもないヴィオラの頼みである以上、承治はこの話を承諾する他なかった。

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