48 第一王女
48 第一王女
その日、読書と雑談で半日ほど時間を潰した承治とファフは、日が傾く前に図書館を去ることにした。いくら読書が暇つぶしになるとはいえ、何時間も続けて本を読めば飽きも来る。
とりあえず私室に戻ることにした承治とファフは、肩を並べて王宮内を移動する。
その間、兵士や貴族、侍従といった面々と何度かすれ違ったが、皆一様にファフと承治の姿を見て驚きの表情を浮かべていた。
彼らは、ファフが釈放されていることに驚いていると言うよりは、一介の事務員である承治がファフを従属させていることが信じられない様子だった。
事情を知らなければ当然の反応かもしれない。
人気がなくなったところで、ファフは歩みを進めながら承治に声をかける。
「やっぱり、私が外に出ると目立つわね」
ファフは何でもないといった様子だが、内心では色々と気にかけているかもしれない。
「まだ事件が解決してから日が浅いからね。時間が経てば皆慣れてくるよ」
「この国を征服しようとした大罪人が周囲に馴染むまでに、いったいどれくらいの時間がかかるかしらね」
ファフの言うとおり、それは長い道のりになるかもしれない。
だが、承治は自分の意思でファフの監督役を引き受けたのだ。その責任がある以上、当面はファフをサポートしていく必要があると考えていた。
ただし、こればかりは焦っても仕方のないことだ。
それを思った承治は、話が重くならないよう適当に相槌を打って会話を切り上げる。
そんなわけで、承治とファフがしばらく無言のまま廊下を歩いていると、見知った人物とばったり遭遇した。
小柄な体に煌びやかなドレスを纏うその人物は、侍従を引き連れながら承治とファフに対して気さくに声をかけてくる。
「おお、ジョージにファフニエル。今日は休みか?」
そう告げて姿を現したのは、第一王女ユンフォニアだった。
ユンフォニアは、カスタリア王国の現国王カスタリア三世の一人娘という血筋を持つ、れっきとしたお姫様だ。
承治は、そんなユンフォニアに対して軽い態度で応じる。
「ヴィオラさんが休みだから、僕らも今日は休みだよ。そう言うユフィは公務中?」
承治はユンフォニアとそれなりに付き合いがあるので、人目を気にする必要のない場所ではユフィと呼んで気楽に接するようにしていた。
相手がお姫様なので傍目から見れば不敬だと言われそうだが、承治があえて気さくに振る舞うのは、ユンフォニアに対するある種の気遣いのようなものだ。
それを承知しているユンフォニアは、承治と気さくに会話を交わす。
「うむ、ちと会議をしておってな。朝から始めて、ようやく今終わったところだ。えらくくたびれてしもうたわ」
今のユンフォニアは、病に伏せる現国王に代わってカスタリアの国政を担っている。周囲の話によると、国王が崩御した際には女王に就任する予定らしい。
日本的な感覚で言えば中高生くらいの年頃であるユンフォニアだが、国王代行ともなればそれなりにやることも多いのだろう。
承治はそんなユンフォニアを労おうとしたが、承治が口を開くより先にユンフォニアが言葉を続けた。
「そういえば、二人は今暇か? 少し、余と茶でも飲まんか」
* * *
そんなわけで、何の前触れもなくお茶に誘われた承治とファフは、ユンフォニアの私室に招待された。
承治にとって、その部屋は転生に際して初めて足を踏み入れた空間でもあるが、、当時は泥酔していたので殆ど記憶が残っていなかった。
ユンフォニアの私室は王女様の個室だけあってかなりの広さがある。全体で二十畳くらいだろうか。
窓際に一際大きなデスクが置かれ、本棚の並ぶ壁の上には現国王の肖像画が飾られている。
そんな空間の中央で、承治とファフは肩を並べてソファーに腰を下ろす。
そして、侍従がお茶の入ったティーカップを並べ、部屋を去ったところでようやくユンフォニアが口を開いた。
「急に誘ってすまんな。会議で堅苦しい話ばかりしとったから、軽く雑談でもしたくなってのう」
対する承治は、お茶を飲みつつあまり硬くならないよう応じた。
「僕なんかでよければいくらでも話相手になるよ。ファフもいいよね?」
「この前までこの国を占領しようとしていた私なんかでよければ、ね」
そんな冗談じみたファフの物言いに対し、ユンフォニアは苦笑で応じる。
「今になって思えば、あの戦いは嘘のような出来事だった。そしてファフニエルよ。そちも、この短期間でよく心を入れ替えたと思う。ヴィオラから話は聞いているが、真面目に働いているようではないか」
その言葉に、ファフはいささか複雑な表情で応じた。
「心を入れ替えたかどうか、と言われると私にもよくわからないわ。私は単に処刑されるのが嫌だっただけ。もちろん、迷惑をかけた人達には申し訳ないと思うけど、償をしているという自覚はないわ……」
「償いなどというものは一夕一朝で成せるものではない。ゆっくり時間をかけ、己の犯した罪に向き合って行けばよい……まあ、余もこんな風に偉そうに語っているが、一国を担う者として相応しい存在なのか、疑問に思うこともある。誰しも、己の成す行動に自信を持っているとは限らんものよ」
承治はユンフォニアの心情を察する。
国王代行を務め、次期女王でもあるユンフォニアは、想像を絶する重荷を抱えているのだろう。
しかし、幼いながらも責任感と人望があり、日々勉学や芸事に励むユンフォニアは、承治から見ても時期女王に相応しい存在だと思えた。
同時に承治は、ユンフォニアの〝普通の少女〟としての一面も知っている。
好奇心旺盛で甘い物や花を好み、そして年の近いセレスタなんかと遊ぶユンフォニアの姿は、とても人間味がある。
そんな彼女が女王ともなれば、今以上に自由を奪われ、大きな責任を負うことになるだろう。
それが抗えない運命であるなら、承治はそんなユンフォニアに少しでも寄り添える立場でいたいと思った。
それは、未だ立ち位置の定まっていないファフに対しても言えることだ。
空になったティーカップを置いた承治は、二人の会話が終わったところでゆっくりと口を開く。
「まあ、責任だとか贖罪だとか、思うところは色々あるだろうけど、人生は辛い事もあれば楽しいこともあるよ。こう言うと、ちょっと無責任かな?」
すると、ユンフォニアは青々と晴れ渡る窓の外と視線を向ける。
細められたその目には、どこか寂しさの色が内包されている気がした。
「うむ。幸いにして、今のところこの国は平和だ。ならば、あれやこれやと悩むのも馬鹿らしいかもしれんのう……」
そう呟いたファフは、ティーカップを置いて言葉を続ける。
「ジョージにファフニエルよ。余はいずれ、女王となる。だが、たとえ余が女王になったとしても、また一緒に茶を飲んではくれぬか?」
そんなユンフォニアの些細な望みに対して、承治とファフは小さな頷きで応じた。