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45 異世界デスクワーク2

45 異世界デスクワーク2


 異世界でデスクワークを生業にする男――大月おおつき承治じょうじは、いささか変わった経歴の持ち主だ。


 平成の日本国で生まれ育った承治は、何の変哲もない学生時代を送り、そして何の変哲もない中小企業に事務員として就職し、平平凡凡としたサラリーマン生活を送っていた。そこまでは、至って普遍的な人生である。

 

 しかし、齢27歳を迎えた年に、承治は下らない理由でポックリと死んでしまった。そこから承治の運命は大きな変化点を迎える。

 

 現世で死んでしまった承治は、天界人という正体のよくわからない輩と契約を結び、生前と同じ肉体を維持したまま地球とは異なる異世界へ転生を果たしたのだ。

 承治の転生した先は、中世のような様相をしていながら、魔法やエルフ、ドラゴンといったファンタジーが存在する、文字通りの意味で異世界だった。


 そんな世界に放り込まれた承治は、紆余曲折の末、平和な中堅王制国家である〝カスタリア〟という国の王宮にて働くことになった。

 仕事内容は、サラリーマン時代の知識を生かしたデスクワークだ。

 よもや、ファンタジー世界でデスクワークをすることになるとは思わなかった承治であるが、それもこれも全て成り行きだ。


 この物語は、そんなデスクワーカー大月承治の風変わりな異世界生活を綴ったものである。



 * * *



 個室と言うにはいささか手広な部屋の一角で、承治は己にあてがわれたデスクについて書類とにらめっこをしていた。


 承治の職場とも言えるその部屋は、カスタリア王国首席宰相を務めるヴィオラ女史じょし専用の執務室だ。

 室内は窓と出入り口および給湯スペースを除く殆どの壁が本棚で覆われている。執務用のデスクは窓際に一台と壁際に二台並び、部屋の中央には休憩用のローテーブルとソファーが設置されていた。

 その他にも、ティーセットの置かれた丸テーブルや、花を飾る植木鉢なども目に入る。それらの調度品は、堅苦しい空間に一抹の彩りを添えていた。


 そして、窓側の一番大きなデスク鎮座する女性こそが、この部屋の主であり承治の上司でもあるヴィオラだ。

 若くしてカスタリア王国の内政を牛耳る彼女は、〝エルフ〟と呼ばれる種族だ。

 その一番の特徴は、長いブロンド髪から飛び出た大きな耳だろう。また、ドレスのような派手なワンピースを纏う彼女は、美しい容姿とメリハリのあるプロポーションを兼ね備えている。

 おまけに聡明で気立ても良く、魔法や体術を生かした高い戦闘能力まで有しており、まさにスーパーレディと称して相違ない女性だ。

 しかし、酒癖が悪いというのが唯一の欠点だった。


 そんな上司の下で今日も仕事に励む承治であったが、先日になってこの職場に加わった新たな仲間がいる。


 それは、元魔王ファフニエルこと、ファフという少女だ。

 承治の隣のデスクで金勘定に邁進しているファフは、可愛らしくも整った顔立ちをしていながら、いささか威圧感のある容姿をしている。

 褐色の肌に浮かぶ目は深紅に輝き、長い銀髪を靡かせる頭には羊のような角が生えている。服装は一張羅である漆黒のドレスを愛用しており、露出した背中からは大きな羽まで生えている。

 その容姿は、まるで女悪魔デモネスのようだ。

 だが、そんなファフも元々は承治と同じ転生者で、日本の女子高生だったらしい。


 そんな彼女が、転生後に魔王を名乗って世界を恐怖に陥れたのはつい先日のことだが、そんな事件も解決してしまえば過去の出来事だ。

 今のファフは、己の犯した罪を償うため、承治の部下として働いている。

 ファフは明け透けの無い子供っぽい性格の持ち主だが、最近は新しい環境を受け入れて生真面目な面も見せ始めている。これからの活躍が楽しみな新人だ。

 

 そんな個性的な上司と部下に囲まれた承治は、今日も己のデスクで仕事に邁進している。

 デスクワークの本分は、基本的に書類との戦いだ。

 

 今の承治は、先日の魔王ファフニエル襲撃事件で被った損害の経費を書面に書き出していた。

 そして、あらかた数字を出し終えたところで、隣のデスクに座るファフに書類を手渡す。

 

「ファフ。これ、必要な経費をまとめたやつだから全部合算してもらえる?」


 そう告げられたファフは淡々と書類を受け取る。

 だが、その内容に目を通すとたちまち気まずい表情を見せ始めた。


「げっ、これ私が壊した設備の修繕費じゃない。結構いい額ね……とりあえず全部足せばいいの?」


「そっ。こうやって数字に出すと重みがわかるでしょ?」


「私の給料じゃ当分払えそうにないわね……」


 そんな承治とファフのやり取りを見ていたヴィオラは、優しげな笑みを浮かべて会話に口を挟む。


「ジョージさん。ファフさんをあんまり苛めてはダメですよ」


 冗談じみたその物言いは、場を和ますための気遣いなのだろう。

 対するファフもそれを分かっているのか、気恥しそうに「うー」と唸って経費の合算を始めた。


 最初こそ承治は、元魔王を名乗っていたファフがこの職場に馴染めるか不安を抱いていた。

 だが、そんな不安も今や杞憂になりつつある。

 ファフをこの職場に引き入れたのは承治の我儘のようなものだったが、上司であるヴィオラは持ち前の心の広さでファフを受け入れ、時にはさっきのように気を遣ってくれている。


 ファフ自身は、償いのつもりで仕事をする気になったのかもしれないが、承治はそんな後ろめたい気持ちでファフに働いてもらいたくはなかった。

 かつて転生を果たした承治がこの職場で己の居場所を見いだしたように、ファフにとっても、この空間が新たな居場所になって欲しいと承治は願っていた。


 そんなことを考えつつ、承治は経費の計算を必死に行うファフの姿を横目で見ながら小さく微笑む。

 そうこうしているうちに、計算を終えたファフは結果を書き出した書類を承治に差し出す。


「はい、計算終わったわよ……もしかして、私のこと待ってた?」

 

 承治の視線に気付いていたファフは、深紅に輝く目をパチパチとしばたたかせながら首を傾げる。


 彼女は今でこそ威圧感のある容姿をしているが、元は女子高生だ。それに、顔立ち自体は少女と何ら変わりないので、素直な表情をしていると年相応の可愛らしさが垣間見れる。


 そんな小悪魔的とも言える視線に射抜かれた承治は、いささか気恥しさを覚えつつ差し出された書類を受け取る。


「ああ、ごめん。なんでもないよ」


 すると、その様子を傍目から見てたヴィオラは、小さく笑みをこぼしながら再び口を挟んだ。


「フフ、ジョージさんはファフさんに見惚れてたんですよ。ファフさんは可愛らしいですからね」


 その言葉に、ファフは承治を見つめながら眉をひそめる。


「もしかして、承治ってロ○コン?」


「いやいやいや、その飛躍はおかしいでしょ。確かにファフは可愛いと思うけど、そういう目で見てないから」


 すると、ヴィオラは意味深な笑みを浮かべて目を細める。


「どうでしょうねぇ。ジョージさんって、結構ムッツリなところありますからね。たまに、私の胸元見て鼻の下伸ばしてるんですよ? ファフさんも気をつけた方がいいですよ」


 それを聞いたファフは、わざとらしく身を引いて承治から距離をとる。


「うっわ、キモ……アンタ、もしかして私の体が目当てで部下にしたんじゃないでしょうね?」


「んなわけないでしょ! ヴィオラさんも、あんまり変なこと言わないでくださいよ! こういうの逆セクハラって言うんですよ」


 と言いつつも、承治が時よりヴィオラの豊満な胸に視線を誘われてしまうのは事実だった。

 承治は心の中で己の軟弱な理性を呪う。だって、男の子だもん。

 

 そんな風にして承治が窮地に立たされると、ヴィオラとファフはいつの間にか互いに目を合わせてクスクスと笑い合っている。

 承治は一連のやりとりが単なる悪ノリだということは理解していたが、男としての本性が暴かれている気がしてどこか落ちつかなかった。


 気を取り直した承治は、軽く咳払いをして二人をたしなめる。


「とにかく、お喋りもいいですけど仕事をしましょう仕事を」


「「はーい」」


 声を揃えて返事をしたヴィオラとファフは、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべて仕事を再開する。

 そんな二人の態度を見た承治は、今後も同じネタでいびられそうな気がして先が思いやられた。


 だが、新たな仲間であるファフがヴィオラと笑みを共有していること自体は、どこか嬉しく思えた。

 この調子なら、ファフもこの空間で気楽に働くことができるだろう。

 きっかけが逆セクハラだったという点は看過できないが、とりあえず今は職場の雰囲気が明るくなりつつあることを喜ぼう。


 そうポジティブに考えた承治は、今後なるべくヴィオラの胸元を見ないようにしようと心に誓い、己の仕事を再開した。

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