42 事情聴取
42 事情聴取
ファフニエルを拘束してから一夜明けたその日、ヴィオラと承治はファフニエルの事情聴取を行うことにした。
付き添いとして数人の兵士を引き連れたヴィオラと承治は、午前中の早い時間に王宮内の牢獄へ足を踏み入れる。
荒い石造りの壁に囲まれたその空間は、承治にとって苦い思い出のある場所だ。
一団の先頭を進むヴィオラは、ファフニエルが投獄されている牢屋の前で立ち止まる。
すると、手足を鎖で繋がれたファフニエルは、来訪者の存在に気づき顔を上げた。
血に染まったような真っ赤な瞳を鋭く細めたファフニエルは、目の前に現れた一団を睨みつけて口を開く。
「何の用よ……」
心底不満げな表情を見せるファフニエルに対し、ヴィオラが一歩前に出て応じた。
「私は、このカスタリア王国で主席宰相を務めるヴィオラと申します。ファフニエルさんと少しお話ししたいのですが、よろしいですか?」
そう告げるヴィオラの態度は柔和だ。相手に警戒心を抱かせないための話術なのだろう。
対するファフニエルは、薄ら笑いを浮かべて応じる。
「私と何を話すつもり? 私はアンタ達の国を征服しようとした魔王なのよ? さっさと打ち首にでもすればいいじゃない」
「ファフニエルさんの処遇は、まだ決まっていません。昨日まではチエロへ送還する方向で動いていましたが、チエロ王室はあなたの存在を恐れて受け入れを拒否しました。つまり、ファフニエルさんの処遇を決めるのは、我が国の国王代行であるユンフォニア姫です。当然ながら、私との会話は全て姫様に報告させていただきます」
「ふん、別に今さら命乞いする気なんてないわよ。どうせ一度死んでるんだし……」
その言葉に、ヴィオラは首をかしげる。
「一度、死んでいる?」
「ええそうよ。言っても信じないでしょうけど、私は元々この世界の住人じゃないの。こことは別の世界で死んだ私は、変なオッサンと契約して、こっちの世界に転生したのよ。それも、強大な力を得た状態でね」
その言葉に、承治とヴィオラは顔を見合わせる。
そして、次に口を開いたのは承治だった。
「君の言葉を信じるよ。僕も、君と同じ転生者だ。元は日本人なんだけど、日本って国を知ってる?」
ファフニエルは角や羽の生えた半獣半人のような見た目をしているので、承治は彼女が自分と同じ地球人かどうか確認する。もしかすると、地球とは別の世界から転移してきたかもしれない。
すると、承治の言葉にファフニエルも少し驚いた様子で応えた。
「知ってるも何も、私も日本人よ。今はこんな格好しているけど、これは転生時の契約で変えてもらったの。似合ってるでしょ?」
なるほど、と承治は納得する。
しかし、自分の容姿を美男美女に変えるならまだしも、あえてバケモノのような姿にしてしまう彼女の趣味と心境には理解が及ばなかった。
とりあえず、ファフニエルが転生者ということであれば事情はなんとなく察することができる。
それを踏まえ、承治はヴィオラに一つ提案をした。
「ヴィオラさん。少し、ファフニエルと二人きりで話してもいいですか?」
* * *
そんなわけで、承治の提案は受け入れられた。
承治が人払いをした理由は、同じ転生者という立場でファフニエルと会話がしたかったからだ。その思惑をヴィオラも察してくれたらしい。
承治と門番を除く他の人間は、既に牢獄の外へと移動している。
ファフニエルは、鉄格子越しに一人佇む承治に対して、いぶかしむような視線を向けて口を開いた。
「何のつもり?」
承治は、あえて淡々と応じる。
「こうすれば、同じ転生者同士として気兼ねなく話せると思ってね。僕は、大月承治って言うんだ。この格好で何となく分かると思うけど、元はしがないサラリーマンだよ。せっかくだから、君の本名も教えてもらえるかな? ファフニエルってのは、こっちの世界での名前でしょ」
「……昔の名前はもう捨てたの」
「わかった。ファフニエルちゃんは、死ぬ前は社会人だった? それとも学生?」
「高校生よ。って、何でアンタにそんな話をしなきゃいけないわけ? 私は前の世界のことなんて思い出したくもないんだけど」
その言葉に、承治は苦笑いで応じる。
「いやぁ、その気持ちは少しわかるよ。僕も死ぬ前は、さして面白い人生じゃなかったからね。まあ死んでよかった、とまでは言わないけどさ」
対して、ファフニエルはおどけるような笑みを見せた。
「私は死んで清々してるわ。前の人生はホントに退屈だった。だからって自殺したわけじゃないけど、とにかくツマらない日常に辟易してた。別に不幸だったわけじゃないと思う。普通の家庭に生まれて、普通に暮らしていた。それでも私は、平凡な私自身が心底嫌いだった」
その言葉を聞いた承治は、転生を果たしたファフニエルが世界征服という大それた行動に出た動機の一端を知ることができた気がした。
「それで、転生によってこっちの世界で力を得た君は、好き勝手に暴れることにしたわけだ。誰かの指示じゃなかったんだろ?」
「ええそうよ。ぜーんぶ、私が勝手にやったこと。世界征服なんてのは暇つぶしの口実だったのよ。まあ、それも全部アンタらに捕まったお陰でパーになったけど」
「そりゃ、好き勝手に暴れれば咎められて当然さ。でも、君はなんだかんだ〝殺し〟はしなかったんだろ? この王宮であれだけ暴れていたのに、死人は一人もいなかった。それくらいの良心は残っていたわけだ」
「……」
承治の言葉に、ファフニエルは沈黙で応える。
そして、しばらく間を置いてから口を開いた。
「アンタ、私とこんな話をして何がしたいの? 確かに私は殺しをしていない。だけど、私が人を殺そうが殺すまいが、どうせ処刑される事に変わりはないんでしょ?」
まともに考えれば、ファフニエルは恐らく極刑――すなわち死刑になるだろう。
だが、ファフニエルを極刑にすることで今回の事件を円満解決させるというシナリオに、承治は抵抗を感じ始めていた。
「正直、僕は君に少し同情する部分もあるんだ。僕自身はツマらない原因で死んで、訳も分からずこっちの世界に転生させられて、一時はどうなるかと思った。だけど、こっちの世界で色々な人と出会い、なんとか平和に暮らせるようになったんだ。君にだって、そういう選択肢があったハズだ。それなのに、ひと暴れしてお終いじゃ救いがないよ」
「だったら、私にどうしろって言うのよ」
その言葉に、承治は真剣な面持ちで応える。
「この国で、やり直す気はない?」
対するファフニエルは鼻で笑う。
「何よそれ。あれだけ大暴れした私がこの国に受け入れられるわけないでしょ」
「なら、君は処刑されるまでだ。本当に、それでいいの?」
ファフニエルはしばし沈黙する。
だが、承治の真っ直ぐな視線に射抜かれたファフニエルは、顔を歪めながらゆっくりと口を開いた。
「死にたくない……死にたくないわよ! だって、契約によれば転生は一度きりなんでしょ? せっかく二度目の人生を手に入れたのに、たった数週間で終わりだなんて嫌よ! 自業自得なのは分かってる。分かってるけど、こんな結果になれば誰だって死にたくないに決まってるじゃない! でも、それって単なる私の我儘でしょ!?」
ファフニエルの悲痛な声に対して、承治は淡々と応じる。
「そうかもしれない。だけど、君が本当に死にたくないと思うなら、生き方を改められるはずだ。自分の犯した過ちを認め、罪を贖えるはずだ。どうだろう。プライドを捨てて素直にやり直す気があるなら、僕はできる範囲で君に協力するよ。結果は保障できないけどね」
そんな承治の優しげな言葉に対し、ファフニエルは戸惑いながらも小さく頷いた。