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41 終幕

41 終幕


 魔王ファフニエルとの戦いは終結した。

 その日の晩、王宮内の大食堂では勝利を祝う祝勝会が開かれていたが、事務屋である承治はヴィオラを手伝う形で事後処理に追われていた。

 

 カスタリア王宮はファフニエルの魔法攻撃により甚大な被害を受けており、速やかに被害状況の把握と修繕の手配を進めねばならない。

 ただし、調査を進めて分かったことだが、先の戦いによる犠牲者は幸いにして一人もいなかった。今になって思えば、ファフニエルは強大な力を持ってはいても、殺しを好まないタイプなのかもしれない。


 その他にも、やらなければいけないことはある。

 新政チエロ帝国を含む周辺諸国にファフニエル討伐の一報を入れ、大陸全土に広がるファフニエル騒動の終息を図る必要があった。

 そのため、第一王女ユンフォニアは戦いが終わるや否や〝会談の間〟へ赴き、共鳴水晶を使って周辺諸国との会談を続けていた。

 ファフニエルがいなくなった今、新政チエロ帝国が元の平和なチエロ王国に戻る日は近いだろう。


 そして、当のファフニエルはカスタリア王宮内の牢屋に投獄されており、今後事情聴取を受けることになる。

 彼女が一体何者なのか、誰もが興味を寄せるところだ。


 そんなわけで、承治とヴィオラが一通りの事後処理を終えた頃には、完全に夜が更けていた。

 珍しく夜勤をすることになった承治は、オイルに灯る明りに照らされた執務室で大きな背伸びをする。


「ようやくひと段落つきそうですね」


 承治の言葉を受け、同じく仕事を続けていたヴィオラも手を休める。


「そうですね。今日はこのくらいにしましょう」


 そう告げたヴィオラは控えめにあくびをする。その所作は、凛とした普段の姿とギャップがあって可愛らしい。

 そんなヴィオラの姿を傍目から眺めていると、承治はファフニエルとの戦いで古代魔法を発動させた時のことを思い出してしまう。


 ヴィオラの方は何もなかったかのように振る舞っているが、当の承治はあの一件について一言謝っておくべきか迷っていた。

 事の成り行きとは言え、ヴィオラに無理やりキスさせてしまったことには変わりない。そんなことに一喜一憂する歳でもない、なんて考え方もできるが、当のヴィオラがどう思っているか分からないという点が気にかかった。


 承治は事務屋を長くやっていたせいか、物事をうやむやにするのが嫌いだ。

 それもあって、今回ばかりは己の申し訳なさを伝えたいという欲求が勝っていた。


 いささか勇気を振り絞った承治は、仕事終わりの間を見計らってヴィオラに告げる。


「あの、ヴィオラさん。今日は、その、すいませんでした。成り行きとは言え、あんなことさせちゃって……」


 その言葉に、謝罪の意味を察したヴィオラは複雑な表情を見せる。


「いえ、あれが古代魔法の発動条件だったことは、私も理解していますから……でも、きっかけはどうあれ、男の方ってああいうことされたら喜ぶものなんですか?」


 それは何を意図した質問なのだろうか。

 とりあえず承治は、素直な気持ちで答えておく。


「相手を選ぶって言ったら失礼かもしれませんけど、やっぱり大多数の男は喜ぶんじゃないですか? 特に、ヴィオラさんみたいな人だったら、尚更……」


 そう告げた瞬間、承治は言葉選びを間違えたと思った。

 これではまるでヴィオラにキスされて嬉しかったと告白しているようなものじゃないか。

 当のヴィオラもそれに気付いたのか、いささか頬を赤らめて視線を泳がせる。


「へ、へえ。そういうものなんですね……別に私は気にしていないというか、喜んで貰えたのなら、それはそれで悪い気はしませんけど……」


 何だろう、この空気は。

 承治が続く言葉を言いあぐねていると、ヴィオラが再び口を開く。


「まあ、今回のことはジョージさんが気にかける必要はありませんよ。私なんて、ジョージさんが必死に詠唱している最中に、真面目にやってるのか、なんて口走ってしまって、面目ない限りです……」


「いやいや、あんな詠唱を聞いたら誰だってふざけてると思いますよ。ホント、あの魔術書の著者は何考えてるんだか……あんな詠唱で力を貸す虚無の精霊ってヤツも気が知れませんけどね」


「フフ、それは確かに。でも、あの古典魔法が使えたお陰でカスタリアが救われたのは事実です。ジョージさんは、まさに伝承通りの英雄ですね」


 伝承。

 それは、ヴィオラが承治と初めて出会った時に告げた、この国の古い言い伝えだ。


――異世界より来る異能持ちし者、星降る晩にかの地に現れ、国の窮地を救わん。


 誰が予言したか知らないが、今回の件で転生者の承治が国の窮地を救ったというのは、あながち間違いでもない。

 承治はその事実を受け入れつつも謙遜を見せる。


「英雄なんて、そんな大層なモノじゃないですよ。皆の協力がなければ成功しない作戦でしたし、それに僕は、ただ自分の居場所を……このカスタリア王国を守りたかっただけです。今の僕には、ここしか居場所がありませんから……」


 その言葉に、ヴィオラは宥和な表情で応える。


「居場所、ですか。それを言うなら、このカスタリアは私を含む全ての国民にとっての居場所です。ジョージさんは、そんな皆の居場所を守ってくれた。そして私自身も、ジョージさんに助けられた者の一人です。そう考えると、ジョージさんにはちゃんとお礼を言う必要がありますね……この度は、カスタリアを救ってくれてありがとうございました」


 そう告げたヴィオラは深々と頭を下げる。

 その態度に、承治はいささか気後れした。


「いやいや、そんな。頭を上げてください。僕はただ、自分にできそうなことをしただけで……」


 頭を上げたヴィオラは、当惑する承治を前にクスリと笑いを漏らす。


「前から思っていましたけど、ジョージさんって他人に感謝されることに慣れてませんよね。いつもそうやって謙遜して……思えば、私はジョージさんに出会ってから、何度も助けて頂いてますね。それがジョージさんにとって些細なことであっても、私にとっては感謝してもしきれない事だってあるんですよ?」


 承治は、なんと応えていいか分からず頭を掻く。


「感謝されて嬉しくないわけじゃないですけど、感謝されることに慣れていないのは、事実かもしれませんね……」


「うーん、そうですねぇ……感謝の気持ちが言葉で伝わりにくいなら、何かご褒美でもあげた方がいいでしょうか?」


 ご褒美って、僕は子供かい。

 などと心の中でツッコんだ承治が応えに困っていると、頭を捻っていたヴィオラは何かを思い出したかのように手を軽く叩く。


「そういえば、ホルント市政官横領の件で、姫様がジョージさんにご褒美をあげていましたね。私にもできることと言えば、あれくらいでしょうか。あ、特別給金とは別の方ですよ」


 そういえば、そんなこともあった。

 ヴィオラは悪ふざけのように語っているが、ユンフォニアが承治にした褒美とは特別給金以外ではキスしか思い浮かばない。

 承治は、ヴィオラがそんな提案をするとは思いもよらず、間の抜けた声を出す。


「あの、ヴィオラさん。それ本気ですか?」


 その言葉に、ヴィオラは口をすぼめて不満げな表情を作る。


「私じゃご不満ですか?」


「いや、そんなことないです! さっきも言いましたけど、昼間の時は正直言って嬉しかったですし、ヴィオラさんなら、その、文句のつけようがないです……」


 僕は何を言ってるんだ。

 いやしかし、よくよく考えるとヴィオラの提案を断る理由は無い気がする。


 ヴィオラはその容姿もさることながら、気立ても良く、仕事もできる。間違いなく尊敬できる女性だ。

 そんなヴィオラと数ヶ月間共に仕事をしてきた承治であるが、その関係は随分と深まった気がする。時には喧嘩することもあったが、今や好意に近い感情を抱いているのは事実だ。

 そんな女性が進んでキスをしてくれると言うのなら、男として断る理由はない。

 

 承治がそんな思考を続けていると、ヴィオラは己のデスクから立ち上がって承治の前に歩み寄る。

 いささか気恥しい雰囲気になり、堪らず視線を逸らしてしまった承治に対して、今や間近に迫ったヴィオラは静かに語りかける。


「ジョージさん。私だって、悪ふざけでこんなことするわけじゃないんですよ。ジョージさんには、本当に、心から感謝しているんです。いつも私の飲み歩きにも付き合ってくれますし、仕事でも色々と助けてもらって……私は、承治さんに出会えたことに感謝しています」


 承治は高鳴る鼓動を感じつつ、床に視線を落して応える。


「僕だって、この世界に転生して、事情を分かってくれるヴィオラさんに出会えなかったらどうなってたか……だから、こんな僕を雇ってくれたヴィオラさんには心底感謝しています。ここは、本当に居心地が良い職場です」

 

「フフ、そう言って頂けると光栄ですね」


 そう告げたヴィオラはクスクスと笑いをこぼす。

 承治は、そんな風に子供っぽく笑うヴィオラの表情を何度も見た。

 その仕草は堪らなく可愛らしく、そして、心から惚れこんでしまいそうだった。


「それじゃあ、恥ずかしいので目を瞑ってください」


 ヴィオラの言葉に促され、承治は固く目を瞑る。

 暗闇の中でヴィオラの息遣いと鼓動を感じ、心地よい香りが鼻をくすぐる。


 そして一息置いた次の瞬間、承治は今日二度目になる頬へのこそばゆい感触を味わった。


 承治がゆっくり目を開けると、長い耳を赤く染めて控えめに微笑むヴィオラの表情が写り込む。

 もはや、そんなヴィオラの表情を正面から捉えることができなかった。

 

 再び視線を下げる承治を前に、ヴィオラは優しげに語りかける。


「私は、これまでの感謝の気持ちを、こんな形でしか表現できません……ですので、こんな私でもよろしければ、これからもよろしくお願いします」


 そう告げたヴィオラは、承治の前に右手を差し出す。


 感謝の気持ち、か。

 本当に、それだけなのだろうか。

 ヴィオラは何を思って、あんな大胆な行動に出たのか。その行動の裏に隠された本心に、承治はいささか興味を抱いた。


 だが、そんなものはいくら考えたところで分かりようがない。

 今はとりあえず、素直にヴィオラの感謝を受けとめて喜んでおこう。


 そんな風にして無理やり考えをまとめた承治は、差し出されたヴィオラの手を優しく握り返す。


 そして、明日から再開されるヴィオラとの異世界デスクワーク生活に、更なる期待を寄せた。

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