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37 決戦

37 決戦


 それは、突然の出来事だった。

 

 ユンフォニアとファフニエルがバルコニーの塀越しに交渉を続けていると、不意にファフニエルが片手を素早く脇へかざした。

 次の瞬間、激しい衝撃音と風圧がユンフォニアに襲いかかる。

 驚いたユンフォニアは顔を背け、風圧が治まったところで恐る恐る視線を戻す。


 すると、先程と変わらず宙を舞うファフニエルの片手には、一本の黒ずんだ矢が握られていた。

 その矢は、明らかにファフニエルを狙って放たれたものだ。

 寸前のところで矢を受け止めたファフニエルは、顔を歪ませて空中で悶える。


「痛っっったぁー!!! 防御魔法使えばよかった! いたたたた……」


 本人はそう言っているが、傍目から見ると体は無傷のようだ。


 だが、問題はそこではない。ファフニエルは、何者かに弓撃を受けたのだ。

 当然ながら、ユンフォニアを始めバルコニーに駆け付けた面々はファフニエルを攻撃しろなどという指示は出していない。

 それはまさに、晴天の霹靂だった。


 徐々に冷静さを取り戻したファフニエルは、最初に見せていた余裕の表情から一転して目を鋭く細める。


「なるほどねぇ……これがアナタ達のやり方なの。まあ、この私を倒そうと思えば、不意打ちするくらいしかないわよねぇ」


 その言葉に、ユンフォニアは当惑した様子で応じる。


「ち、違う! 余は不意打ちを命じた覚えなどない!」


「へぇー。じゃあ、彼らは一体何者なのかしら?」


 そう告げたファフニエルは、おもむろに矢が飛んできた方向に片手をかざし、鋭い声で呪文を口にした。


『ファイヤーヴォイル!』


 すると、ファフニエルの正面に現れた火球が王宮外縁の監視塔めがけ一直線に飛んでいく。

 火球の命中した監視塔の屋上は、眩い閃光と共に一瞬にして爆散した。

 そして、黒煙を上げて崩れ落ちる瓦礫の中から、矢と弓を抱える二人の兵士が蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。彼らの装備は、間違いなくカスタリア王国の兵士のものだった。


 その姿を見たユンフォニアは青ざめた表情で周囲に向けて叫ぶ。


「誰が不意撃ちせよなどと命じた! カスタリアの民としてのプライドはないのか!」


 その様子に、ファフニエルは嘲るような笑みを見せる。


「あらあら、随分と演技の上手なお姫様ね。ま、これがアナタの本意じゃなかったとしても、国王代行の威厳なんてその程度ってことなんでしょ」


 そう告げたファフニエルは、片手に握る矢をユンフォニアに向けて投げつける。

 それは、一見すると軽い動作に見えたが、ファフニエルの手を離れた矢は鋭い軌跡を描いてユンフォニアへ迫った。


「危ない!」


 傍らに立つ承治は咄嗟にユンフォニアの前へ出る。

 その瞬間、承治の脇から鋭い声が響いた。


『ヴィントシュトース!』


 それは、ヴィオラの放つ風魔法の呪文だった。

 風魔法によって生じた突風により、ユンフォニアに向けられた矢は軌道を変えて明後日の方向へ飛んで行く。

 不意の攻撃に驚いたユンフォニアは腰を抜かしていたが、その身に危害が及ぶことはなかった。


 承治はほっと胸を撫で下ろす。

 だが、そんな安心も束の間だ。


 ファフニエルのとった行動は、ユンフォニアに対する明らかな〝攻撃〟だ。

 それは、バルコニーや城壁に集まる兵士たちを激昂させるには十分すぎる行為だった。


 兵士たちはファフニエルに対して一斉に罵声を放ち始める。


「貴様! 姫様に何をするか!」


「礼儀知らずの卑怯者め!」


「下劣な魔王め! そこから引きずり下ろしてやる!」


 それらの言葉に対し、ファフニエルは余裕の表情で応える。


「あらあら、先に攻撃されたのは私の方なのに、随分と調子のいいことを言うのね。まあ、やる気が出てきたなら相手をしてあげてもいいわ。ちょっと退屈してきたところだし」


 そう告げたファフニエルは、飛行高度を上げて声を張り上げる。


「さあ! 私に挑む勇気がある者はかかってきなさい! 私を倒さなければこの国はオシマイよ!」


 その言葉がきっかけとなった。

 ある兵士は弓を引き、ある魔術師は詠唱を始める。カスタリア王宮は、完全な臨戦態勢に移行しようとしていた。

 その中心で、ユンフォニアは悲痛に叫ぶ。


「やめろ! 勝手な行動は慎め! ここで戦いになれば多くの被害が出る! 余の命令だ! 今すぐ矛を収めろ!」


 そんな叫びは兵士たちの怒号によって無残にもかき消されていく。


 今や無数の矢が放たれ、爆炎魔法による火球と黒煙が王宮上空を覆い尽くす。

 だが、素早い飛行で華麗に回避を行うファフニエルにそれらの攻撃が命中する気配はない。


「ほらほら、早く当てないと反撃しちゃうわよ!」


 そう告げたファフニエルは、回避を続けながら火球を大量に出現させて地上にばら撒く。それらの火球は城壁や監視塔に次々と命中し、兵士たちを混乱に陥れた。


 そして、王宮最上階のバルコニーからその光景を茫然と眺める男――大月承治は悲痛な表情を浮かべ、ただただ立ち尽くしていた。


 やめてくれ。ここは僕にとって唯一の居場所なんだ。


 現世から転生を果たした承治にとって、カスタリア王宮は己の家であり、職場でもある。他に帰るべき場所はない。

 

 今の状況が続けば、カスタリア王宮はファフニエルによって破壊し尽くされるだろう。それどころか、カスタリアという国そのものが消滅するかもしれない。


 そんなの嫌だ。

 承治は、はっきりと己の意思を自覚する。


 ならばどうする。僕にできることがあるのか。

 承治が脇に視線を向けると、絶望的な表情で佇むユンフォニアとヴィオラの姿が目に映る。


 承治は己の無力さを呪う。

 以前クラリアで出会った長岡のように、転生時に何かしら役立つようなオプションを契約していればファフニエルに対抗できたかもしれない。

 そして、ヴィオラは承治と初めて出会った時、とある伝承を教えてくれた。


――異世界より来る異能持ちし者、星降る晩にかの地に現れ、国の窮地を救わん


 それは、あくまでこの国の言い伝えだ。今の僕にそんな力はない。


 承治の持つ能力は、『一級言語能力』という甚だ荒事に不向きな能力だけだ。

 日常会話に困らない以外で特別なことと言えば、ドラゴンと会話できたり古書を読めたりする程度で、戦いになど到底役立ちそうにない。


 いや、本当にそうか?

 その刹那、承治はあることを思い出した。

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