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36 魔王来襲

36 魔王来襲


 クラリア王国が新政チエロ帝国に降伏してから二日が経とうしていた。

 その間、魔王ファフニエルは目立った動きを見せていなかったが、カスタリアの国民は恐怖に怯える日々を過ごしていた。


 王都では、いずれファフニエルがこの国にも来襲するだろうという噂が流れ、一部市民は自発的に避難を始めている。

 重苦しいその雰囲気は、さながら戦時下のようだ。


 そんな中、カスタリア王宮内の図書館では、オババ様を中心にファフニエル対策が検討されていた。今日はヴィオラと承治に加えて、セレスタも一応顔を出している。


 議場の中心で、オババ様は重々しく口を開く。


「クラリアの一件からして、魔王ファフニエルは飛行能力を持ち、とてつもない規模の魔力行使が可能じゃ。正面切って対抗するのは難しいじゃろう」


 すると、一人の魔術師が手を挙げて発言を求める。


「王都全体に防御魔法を張るという案についてですが、昨日計算が終わりました。我々全員が力を合わせても、防御範囲は市街地の半分にも及びません。それでもファフニエルの魔法に耐える強度を保てるかどうか……」


「やはり結界を作って持久戦に持ち込むのは無理があるか……となると応戦するしかないが、飛行能力が厄介じゃな。こちらで空を飛べるのはセレスタくらいだしのう」


 部屋の隅にいるセレスタは小さく頷いて応える。


「ワタシもイロイロ魔法ツカえるヨ」


「いやいや、オババは兵士でもないセレスタに戦えなんて言うつもりはないよ。とにかく、戦いになれば相応の被害が出るじゃろう。問題はそこにある」


 その言葉に、ヴィオラが応じる。


「ユンフォニア殿下は、極力王都の市街地で争いが起きる事態は避けたいとお望みです。ただし、二大公爵を初めとする貴族の中には徹底抗戦を支持する派閥もあり、彼らは独自に王都へ兵を集めています」


「フン、徹底抗戦を支持する連中は地方領主じゃろ。他人事と思うて好き勝手言いおって」


「しかし、仮に魔王ファフニエルの降伏勧告を受け入れて一時的に延命したとしても、いずれはどんな扱いを受けるかは分かりません。クラリアの選んだ安易な降伏が最善であるとは断言できないと思います」


 すると、先程発言した者とは別の若い魔術師が口を開く。


「攻撃魔法が使えないなら、重力魔法のようにファフニエルの体に直接作用する術で動きを封じるのはどうでしょう」


 オババ様はそのアイディアを思案する。


「確かに、悪くはない発想じゃな。ただ、重力魔法で体を押さえ込んでも口が自由なら魔法詠唱が阻止できん。確か古代魔法には相手の魔力行使を封印する術もあったハズじゃが、ここには古典魔術書を読める者もおらんしのう……」


 その言葉に、聞きに徹していた承治はあることを思い出す。

 そして、承治が発言をしようとしたその瞬間、部屋の扉が勢いよく開け放たれ、一人の兵士が図書館へ飛び込んできた。


 激しく息を切らしたその兵士は、大声でその場の全員に告げる。


「ファフニエルだ! 魔王ファフニエルが王都上空に現れたぞ!」


 その言葉を皮切りに、議場は一挙に騒然となった。



 * * *



「カスタリアの皆さーん! お元気ですかー!」


 カスタリア王宮の上空に現れたファフニエルは、大声で悪ふざけのような挨拶を告げる。


 既に騒ぎを聞き付けた王公貴族や兵士達は、王宮のバルコニーや監視塔等からその様子を窺っていた。

 ファフニエルは注目を集め始めたところで、本題を切り出す。


「面倒なことは抜きよ! 私はこの国の王と交渉がしたい!」


 すると、王宮最上階のバルコニーでユンフォニアが一歩前に出る。その近くには、承治、ヴィオラ、オババ様、セレスタの姿もあった。

 ユンフォニアはファフニエルに向かって堂々と叫ぶ。


「余が国王代行の第一王女ユンフォニアだ! 話ならここで聞こう!」


 たまらず傍らに立つヴィオラがユンフォニアを制止する。


「姫様、危険です! まずは私が……」


「いや、余が直接交渉する。そちらは手出し無用だ」


 その言葉を受け、ファフニエルは高度を落してバルコニーに近づいた。


「へえ、アナタがカスタリア国王代行のお姫様なの。可愛らしいお嬢さんね」


 ユンフォニアは恐怖を必死に抑え込み、余裕を演じる。


「そちの方こそ、余と大して変わらぬ歳のように見えるがのう。して、可愛らしい魔王様の話とはなんだ」


「簡単なことよ。私は降伏勧告に来たの。この街をめちゃくちゃにされたくなければ、素直に私の配下に入って頂戴」


 その言葉に、周囲の兵士や貴族達がどよめく。

 ファフニエルの要求はユンフォニアの想定通りだったが、かといって明確な回答を用意しているわけではなかった。

 ユンフォニアは交渉の糸口を探るため、会話を継続する努力を行う。


「そちは、そうやってチエロやクラリアを下したのか」


「ええそうよ。彼らは素直で賢かったわ。誰だって、無駄な死人は出したくないものね。大人しく私の要求に従えば、手荒な真似をする気はないわ。それで、アナタの答えを聞きたいんだけど」



 * * *



 ファフニエルとユンフォニアがバルコニーで交渉を続けているその時、王宮外縁の監視塔で二人のエルフ族兵士が何やら会話を交わしていた。

 どうやら、彼らはカスタリア王国の弓兵らしい。


 大きな弓を携えた一人の兵士は、その傍らで一本の矢を握る兵士に声をかける。

 

「おい、矢の魔法付与エンチャントは終わったか」


 矢を握る兵士は、もう一方の手に持つウラシム鉱石を覗き込んで応えた。


「たった今終わりました。しかし、本当にやるんですか? いくら子爵様の命令とは言え、もし姫様に被害が及べば……」


 そんな不安げな言葉をよそに、弓を持つ兵士は語気を強める。


「カスタリアが魔王に降伏なんてしちまったら、俺達だってどうなるかわからないんだ。この作戦が成功すれば、俺達は魔王討伐を成し遂げた英雄だ。もうやるしかないんだよ!」


 弓を持つ兵士は、もう一方の兵士から矢を無理やり奪い取り、弦を引いて射撃の構えをとる。

 その視線の先には、バルコニー正面で浮遊するファフニエルの姿があった。


「お前は風を見ろ。無風になったら射る」


 弓を構える兵士の言葉に対し、もう一方の兵士は不安な面持ちで己の指を舐めて宙にかざす。それは、ペアで行う射撃訓練で幾度も繰り返してきた風を読むための動作だ。

 

「北から微風。治まったら合図します」


 ひとしきりの沈黙。

 そして、濡れた指先に風を感じなくなったその刹那、合図は下された。


「今!」


『シュトゥルムプファイル!』


 合図と同時に呪文が告げられ、矢が放たれる。

 その軌跡は、ファフニエルに向かって一直線に進んでいった。

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