35 決闘
35 決闘
猛ダッシュでファフニエルへ距離を詰めた長岡は、低い姿勢で薙ぐような剣撃を放つ。
「シッ!」
剣先の軌跡が描く一閃はファフニエルの喉元をかすめ、空を切る。
見える。
剣撃をギリギリの距離で回避したファフニエルには、今の一撃がはっきりと見えていた。
接近戦でも十分戦えることを確信したファフニエルは、すかさず鎌の柄を回転させて剣を弾く。
鋭い金属音が響き、二人の間に火花の散る空白が生まれる。
そして、空白を挟み目と目を合わせた二人は、揃って笑みを浮かべていた。
その笑みは、互いに好敵手に出会えた喜びと、これから始まる死闘への期待感が生み出したものだ。
体勢を立て直したファフニエルは鎌を大きく回転させ、円を描いた斬撃を二度、三度と繰り返す。
長岡は素早いサイドステップで二撃を躱し、最後の一撃を剣の根元で受け止めた。
「さすが魔王を自称するだけはあるな」
「あら、お喋りしてる余裕があるのね」
すると、ファフニエルはスカートの裾から蹴りを繰り出し、長岡の体を突き飛ばす。かなりの威力があったが、ダメージは殆ど入らなかった。
「そんな可愛らしい見た目で蹴りとは、はしたないな!」
後ずさった長岡は中距離から突きを繰り出す。
「こんな見た目でも可愛らしいと言ってもらえて光栄ね」
再び金属音が響く。
長岡の突きは、ファフニエルの持つ鎌の刃元で綺麗に受け止められた。
素早く剣を引いた長岡は、一歩距離を詰め続いて上段に突きを放つ。
ファフニエルはひょいと姿勢を低くして突きを丁寧に回避する。
だが、その回避は長岡にとって思惑通りだった。
長岡は、すかさず腰をかがめたファフニエルに対して本命の下段に対する突きを繰り出す。
姿勢を低くするファフニエルの正面を捉えたその攻撃は回避不能だ。
これは避けられまい。
長岡は一本取ったことを確信する。
だが、長岡の巧みな連携攻撃にもファフニエルは一切動じなかった。
余裕の表情を維持するファフニエルは、なんと突き出された剣の面に片手を添え、そのまま体を持ちあげて剣の上で側転をするかのように宙を舞ったのだ。
剣を手で押さえこまれた長岡は姿勢を崩し、空中で逆さになったファフニエルと目を合わせる。
艶めかしく笑みを浮かべたファフニエルは、宙を舞いながら鎌の刃先を長岡の首に添わせる。
だが、その刃が長岡の皮膚に届くことはなかった。
長岡の背後で綺麗に着地したファフニエルは、クスクスと笑いをこぼす。
すかさず剣を構え直した長岡は、額に汗を浮かべながら悔しそうに呟いた。
「どうして今とどめを刺さなかった」
「だって、アナタ本気じゃないんだもん。こんな戯れで勝負が終わったら勿体ないでしょ?」
その言葉に、長岡はぎりと歯を食いしばる。
同時に、ファフニエルの底知れぬ実力にいささか恐怖を覚えた。
長岡はファフニエルを侮っていたわけではない。だが、己の剣技がどれだけ通用するか、試している節はあった。
その剣技で一本取られた長岡は、いよいよ本気で挑まざるを得なくなった。
「そこまで言うなら、全力を出させてもらうぞ」
そう告げた長岡は、剣を片手で握り直し、空になった手の平をファフニエルに向ける。
「あら、魔法解禁ってわけ? いいわ。かかってきなさい」
対するファフニエルは両手と羽を広げ、挑発するかのようなポーズを取る。
長岡にとって、ファフニエルが慢心している今こそが最大のチャンスだと思った。
『アンツィーウングスクラフト!』
長岡は素早く重力魔法を唱え、ファフニエルの動きを封じる。
その重力魔法は、ファフニエルが召喚された際にドワーフの魔術師が行使したものと比べて遥かに重みがあった。
ファフニエルは堪らず膝を折り、両手を地面につける。
長岡は、すかさず次の呪文を唱えた。
『ファイヤーヴォイル!』
すると、長岡の正面に無数の火球が現れ、ファフニエルめがけて襲いかかる。
着弾した火球は大きな爆炎を上げ、野草と土を周囲に舞い散らせた。
そして、長岡は畳みかけるように土煙の中へ突進し、魔法と斬撃を組み合わせた最後の一撃を放つ。
『ヴィントクリンゲ!』
横一線に放たれたその斬撃は、まるで空間を切り裂くかのように土煙を両断する。
しかし、斬撃の風圧によって土煙が晴れると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
なんと長岡の剣先は、ファフニエルの片手二本指で綺麗に掴まれていたのだ。
「なっ!」
驚いた長岡は剣を握る手に力を込める。
だが、剣先は一切動かなかった。
「なーんだ。ちょっと期待していたけど、派手なだけで全然大したことないわね。魔法ってのは、的確なタイミングで使わなきゃ意味ないのよ?」
そう告げたファフニエルは、呟くように呪文を唱える。
『シュトロームシュラーク』
すると、長岡の体に痺れるような衝撃が走り抜ける。
長岡は不意の出来事に姿勢を保つことができず、痙攣しながら倒れ込んだ。
「あら、少し電気が強すぎたかしら。心臓が止まっちゃったようなら、もう一度かけてあげれば生き返る?」
剣先から伝わった電撃魔法を全身に受けた長岡は剣を杖代わりにし、痺れる体を必死に持ちあげる。
長岡を見下ろす形で立ち尽くすファフニエルは、勝利を確信して満面の笑みを浮かべていた。
もはや長岡に対抗する術はない。
「クソッ、ここまでか……」
長岡は負けを認め、片手を地面に叩きつける。
蓋を開けてみれば、ファフニエルとの実力差は歴然だった。
「これで私の実力が分かったでしょ? これからは、大人しく私の支配する世界で平和に暮らすといいわ」
「魔王ファフニエル……お前の目的は何だ……」
その言葉に、ファフニエルはいささか楽しげに応じる。
「目的? そうねぇ。とりあえず成り行きで世界征服を始めてみたけど、世界を統一した後はどうしようかしら……世界中のツワモノを集めて私に挑む武道大会を開くなんてのはどう? いい暇つぶしになるわ!」
「暇つぶし、だと……」
「そっ。私は面白おかしく過ごせれば何でもいいわ。こう見えて、私は平和主義者なのよ。魔王を名乗ってはいるけど、全ての種族を根絶やしたり、この世界を恐怖に陥れたりするつもりはないの」
そう告げるファフニエルの言動は、まるで夏休みを前にした子供のようだった。
長岡は、そんなファフニエルの人物像を察し始める。
「結局は、この世界を玩具にしたいだけか。子供の発想だな」
「そう、この世界は私の玩具よ。私がこの世界の支配者なの。それが気にくわないなら、また私に挑んできなさい。今日のところは見逃してあげる」
すると、ファフニエルは寝そべる長岡に手を添え、呪文を唱える。
『ハイレン』
それは、回復魔法に他ならなかった。
感電による傷の癒えた長岡は、ファフニエルの意図が分からず怪訝な表情を見せる。
「なぜ俺を回復させた」
「だから言ったでしょ。私は平和主義者だって。もう少し強くなったらまた戦いましょ。それじゃ、またね」
そう告げたファフニエルは、己の翼をはためかせ空へと飛び立つ。
その姿を見送る長岡は、いささか複雑な感情を抱きつつも、ファフニエルへのリベンジを己の心に誓った。