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34 騎士ロングヒル

34 騎士ロングヒル


 ファフニエルがクラリア王都で恫喝とも言える交渉を進めるさ中、カスタリア王宮にはその一報が入っていた。


 カスタリア王宮〝会談の間〟にて大きな水晶玉を前にするユンフォニアとヴィオラは、水晶の中に映る人物の言葉に耳を傾けている。

 その水晶は、クラリアの駐在外交官と緊急連絡を行うための共鳴水晶だ。

 通話相手の駐在外交官は焦燥した表情で口を開く。


「ユンフォニア殿下、つい先ほどクラリア王国は新政チエロ帝国に対して全面降伏し、チエロ帝国の配下につくと宣言いたしました。私も詳細は分かりませんが、どうやら魔王ファフニエルが直接クラリア王宮に乗り込み、強引に降伏を迫ったようです。私は混乱の隙を見て連絡を行っていますが、今後どうなるか……」


 ユンフォニアは彼の言葉が信じられないと言った様子で応じる。


「ファフニエルがたった一人で王宮に乗り込み、降伏を引き出しただと!? それは事実なのか!」


「私も一部始終を見ていましたが、ファフニエルはクラリア王都上空で見たこともないほどの強大な魔法を発動させ、己の力を見せつけていました。恐らく、クラリア王はいかに兵をかき集めてもファフニエルには敵わないと判断し、被害が国民に及ばないよう全面降伏に同意したのでしょう」


「にわかには信じられん……が、現場を見たそちが言うなら事実なのだろう。ファフニエルとはそれほどまでに強大な力の持ち主なのか」


「左様です。そのファフニエルがいつカスタリア王都に現れるとも限りません。十分にご注意ください」


 そう告げた駐在外交官は通話を終える。

 すると、ユンフォニアはうなだれたように座へもたれかかり、独り言を呟いた。


「注意せよ、と言われても、クラリアをたった一人で降伏させるような輩を相手にどう注意すればよいと言うのだ……」


 その言葉にヴィオラが反応する。


「相手が強力な魔法を行使できるなら、こちらも魔法で対抗する他ないと思います。となれば、オババ様……ヴァオロヴァに助言を求めてはいかがでしょう?」


「そうだな。とりあえず、ヴィオラはオババと対策を練ってくれ。余は、各諸侯との調整を進める。まあ、今さら挙兵が間に合うとも思えんが、準備するに越したことはないだろう」


「承知しました」


 そう告げたヴィオラは、一礼して部屋を後にする。


 そして、〝会談の間〟にて独りきりとなったユンフォニアは、手を組んで頭を抱える。


「父上、母上……余は、この国を守れるのだろうか……」


 その独り言は、誰の耳にも届かず宙へと四散していった。



 * * *



 その頃、クラリア王宮にて恫喝に等しい交渉を終えたファフニエルは、己の翼で帰路についていた。

 夕陽に染まる大空を翔けつつ、ファフニエルは満足げに独り言を呟く。


「ちょろいちょろい。本当にこの世界には私に対抗できる存在がいないようね。適当に思いついた遊びだけど、世界征服なんて楽勝じゃない」


 そんな調子で飛行を続けていると、不意に己の翼が重くなったような気がした。

 その感覚は気のせいではなく、徐々に体全体が重くなってくる。

 そして、遂には飛行が継続できなくなってしまった。


「えっ、なになに!? お、落ちるぅ!」


 不測の事態に驚いたファフニエルは手足をばたつかせて落下を始める。

 加えて、その落下スピードは明らかに重力加速度を超えていた。まるで地上に引き寄せられるかのように、猛スピードで地面が迫る。

 もはや衝突は避けられなかった。


「きゃにっ!!!」


 凄まじい衝撃音が響き渡ると同時に、ファフニエルは可愛らしい悲鳴を上げる。

 衝突時の威力は落下地点に巨大なクレーターを生みだすほどだったが、肉体が強化されているお陰か、痛みはあまり感じなかった。


「なんなのよもうっ!」


 ファフニエルは頭を抱えつつ起き上がる。

 落下地点は草原だったため、視界は開けている。


 すると、銀色にきらめく鋭い物体がファフニエルの喉元に迫った。

 

「魔王ファフニエル、覚悟しろ!」


 突如放たれた声に驚いたファフニエルは、バク転を繰り返して声を放った人物から距離を取る。現世では運動などまったくできなかったが、その身のこなしは自分でも信じられないくらい身軽だった。

 体勢を立て直したファフニエルが正面を見据えると、先ほど自分が墜落した位置に青い甲冑を纏う青年が立っていた。


「アンタ、何者?」


 怪訝そうなファフニエルの問いに対し、青年は身構えたまま応える。


「俺は長岡……じゃなくて、クラリア王に仕える見習い騎士ロングヒルだ。騎士と言っても馬にはまだ乗れないがな。それはそうと、俺の重力魔法を受けて無傷とは、さすが魔王を名乗るだけのことはある」


 そう告げたロングヒルと名乗る青年は、以前この世界に転生を果たした長岡祥太に他ならなかった。

 対するファフニエルは己の墜落原因を理解し、服についた土を払い落して不愉快そうな表情を見せる。


「へえ、クラリアの騎士様ねぇ……アンタの重力魔法のお陰で大切な一張羅が台無しよ。どうしてくれるの?」


「そんなことはどうでもいい。俺はお前の暴走を止めに来たんだ。大人しく投降してクラリアを解放しろ。できれば殺しはしたくない」


 そう告げる長岡の姿には、それなりの威圧感があった。

 ファフニエルは、本能的に長岡の実力を悟る。


「ふうん、単なる無鉄砲ってわけでもなさそうね。それで、もし私がアナタの言葉に従わなかったらどうなるの?」


「実力でお前を止める」


「へえ、アナタに私が止められるかしら?」


 そう告げたファフニエルは、地面に手をかざして呪文を囁く。


『アウスビルトゥンク』


 すると、液化した地面が粘土のように盛り上がり、大鎌のような武器が生成される。

 その大鎌はいばらを巻き付けたような装飾が施され、魔王と名乗るファフニエルに相応しい禍々しさを内包していた。


「錬成魔法か。そんな急ごしらえの武器で俺に勝てると思うなよ」


「フフ、本当はこんなもの必要ないんだけど、武器があった方がそれっぽいでしょ?」


 そう告げる二人の対立は、もはや必然だった。


 長岡は、魔王ファフニエルを前に臆すようなそぶりを全く見せていない。

 それどころか、高揚すら感じているようだ。

 

 若くして現世で病死した長岡は、今まで何かに全力で取り組んだ経験などなかった。

 生まれた時から体は病弱で、日々を生きることだけに人生を費やしてきた。

 だが、今は違う。

 長岡は転生によって新たな肉体と力を得た。そして、その力を存分に発揮して世の中の役に立てる機会を待ち望んでいた。

 そんな長岡にとって、目の前に存在する魔王ファフニエルこそが、全力で打ち倒すべき宿敵に成りえたのだ。

 

 対するファフニエルも、似たような感情を抱いている。

 この世界に存在する人々は、ファフニエルを前に無力すぎた。内心では己の力を存分に発揮できるライバルの存在を待ち望んでいた。


 夕映えの空の下、朱色に染まる草原で二人の転生者は対峙する。

 

「俺を舐めてると痛い目をみるぜ」


「痛い目を見るのはどっちかしら」


 互いを挑発し合った二人は、武器を構えて腰を落す。

 そして、最初に距離を詰めたのは長岡の方だった。

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