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31 魔王降臨

31 魔王降臨


「ええと、お望みのオプションは、三級言語能力、一級魔力付与、一級肉体強化、それと容姿変更の以上でよろしいですか?」


 光る輪っかを頭上に浮かべるスーツ姿のオッサンは、雲の上のオフィスで一人の少女に一枚の紙を差し出す。

 そのオッサンは、かつて大月承治の異世界転生を請け負った天界人(?)に他ならなかった。


 そんなオッサンと対峙する少女は、日本の高校生だろうか。紺色の学生服を羽織る彼女は、オッサンのような光る輪っかを頭上に浮かべていなかった。


 手油の滾るオッサンから紙を受け取った少女は、細い目つきで内容を確認しながら口を開く。


「容姿変更のオプションは事前に見た目を確認できないの?」


「ええ、可能ですよ。少々お待ちください」


 そう告げたオッサンは一度オフィスの奥に下がり、大きな鏡を持ちだして少女の前に据え置く。


「どうぞ。鏡の中で確認できます」


 すると、鏡に映る少女の見た目は一変していた。

 肌は褐色になり、服装は派手なゴシック調のドレスになっている。そして、長い銀髪を靡かせる頭からはヤギのような角が伸び、背中にはコウモリのような羽が生えていた。

 幼さを残しながら美しさと禍々しさを兼ね備えるその見た目は、さながら小さな女悪魔デモネスだ。


 鏡に映る己の姿を見た少女はニヤリと口を歪める。

 すると、己の八重歯が牙のようにやたら大きくなっていることに気付いた。


「なかなかいいじゃん。私はこういうのを待ってたのよ。こういうの」


「お気に召していただけましたか? でしたら、こちらの転生契約書に血印をお願いします。親指をこの針で突いて、血を押し付けるだけですので」


「その前にもう一度確認。私は、転生先の世界で何をしてもいいの?」


 その言葉に、オッサンは額に流れる汗を拭って応える。


「ええ、まあ、私共は死者の転生業務を遂行するに過ぎませんので、転生先での行動については一切関知しません。転生を遂げたあなたが、第二の人生をどう生きるかは、あなた次第というわけです」


「へえ、それなら好きにやらせてもらうわよ」


 そう告げた少女は、オッサンから受け取った針で親指を突き、契約書に血印を押す。


「ありがとうございます。これで契約成立です。では、新たな世界で新たな人生をお楽しみください」


 オッサンがそう告げると、少女の体は眩い光に包まれその場から姿を消した。


 少女の転生を見届けたオッサンが小さくため息をつくと、背後から中年の女性に声をかけられる。


「いやぁ、凄い子が来ましたね係長。不慮の事故死っていうのは可哀そうですけど、あんな危なっかしい子を転生させちゃって大丈夫なんですかぁ?」


 その言葉に、係長と呼ばれたオッサンは頭を掻いて応える。


「まあ、転生者を受け入れる世界というのは、そういうモノも込みの秩序で動いてるからね。平和な日本で生きていた我々には考えられないけどさ、色々な世界があるんだよ世の中には」


「はあ、そんなもんですか。そういえば係長、この前のお盆に実家へ帰ったんですよね? お孫さんの顔見れました?」


 その言葉に対し、オッサンはがくりと肩を落して背中で語る。


「それがさ、いざ帰ってみたら息子は奥さんと別れてて親権も取られてたよ。息子の不倫が原因だって。私はもう親として情けなくて情けなくて、こんなんじゃいつまでたっても成仏できないよ……」


 中年女性は顔をひきつらせて苦笑いを浮かべる。


「うわ、なんかすいません。まあ、人生色々ですから」


 グスンと鼻を啜った係長は「うん」と小さく頷き、うなだれたまま仕事に戻った。



 * * *



 転生契約を終えた少女は、まるで手術後の全身麻酔から目覚めるかのように、ゆっくりと意識を覚醒させる。

 

「やった! 召喚の儀は成功だ! 私は成し遂げたぞ!」


 そんな言葉が少女の耳に入る。

 朦朧とする頭を働かせ目を見開くと、そこには青い炎に照らされた薄暗い空間が広がっていた。石造りの足元はひんやりとし、魔法陣のような絵図が描かれている。


 そして、目の前には黒いローブを纏う背の低い男が立っていた。

 男は口元に白髭を蓄え、顔には無数の皺が刻まれている。少年くらいの身長しかないが、かなり老けているようだ。

 気味の悪いこの空間に、その男以外の人影は見当たらない。


 男は少女を見据えて口を開く。


「これが聖獣ファフニエルか……伝承によると竜だったハズだが、見てくれは獣人の小娘のようだな」


 ファフニエル――それが私の新たな名か。

 少女は自身の置かれている状況をなんとなく察し始める。


 先ほど出会ったオッサンの言葉を信じれば、少女は現世で一度死んで異世界に転生を果たしたことになる。更に、転生オプションなるものによって己の体はバケモノのような姿になり果て、この身には様々な力が宿っているハズだ。


 もちろん、それら全ては少女自ら望んで得たものだ。

 少女は現実世界で無力な存在だった。何の取り柄も無く、退屈な日々を送っていた。

 だからこそ、逆に現世から離脱できて清々したとも思えてくる。


 今の私には強大な力がある。

 ここがどんな世界かはまだ分からないが、好き勝手に暴れさせてもらおう。多分、その方が面白い。

 そう考えると、なんだか楽しくなってきた。やっぱり人生はこうでなければならない。今までの私は間違っていたんだ。


 そんな風にして少女が考えを巡らせていると、眼前に立つ男が話しかけてくる。


「おい、我がしもべよ。私の言葉が分かるか?」


 しもべ? コイツ、私のことをしもべと言ったか?

 冗談じゃない。誰がお前なんかのしもべになるか。


 少女はゆっくりと立ち上がり、片目に手を当てて不敵に微笑む。事前に鏡で見た通り、口を歪めると鋭い牙が露わになった。

 こういう時は、昔読んだ漫画のように演技がかって喋るべきだろう。


「ククク、私はいつ貴様のしもべになったの?」


 男は語尾を荒げて応える。


「なっ、お前を召喚したのはこの私だ! お前は私に忠義を誓う義務がある!」


 丁度いい。コイツで力試しをしよう。

 そう考えた少女は、男を挑発するかのように言葉を続ける。


「忠誠の誓い、ねぇ……そんな誓いをした覚えはないわ。私を従えたくば、実力で従わせてみてはどう?」


 そう告げると同時に、少女は両手と羽を大きく広げて男を威圧する。羽を使うのは初めてだったが、手足と同じ感覚で簡単に動かすことができた。


 男は少女の禍々しい迫力に気圧され、一歩後ずさる。

 だが、その表情からは未だに余裕が感じられた。


「よかろう! お前の主人は私であると、その身に教え込んでやる!」


 そう告げた男は懐に抱えた本を開き、鋭い声で呪文を口にする。


『アンツィーウングスクラフト!』


 すると、少女は全身に重い物体をくくり付けられたかのような負荷を感じた。

 たまらず膝と手を地面につけると、物凄い衝撃音が響いたが不思議と体は痛くなかった。


「どうだ、私の重力魔法の力をとくと味わえ! しかし、召喚したしもべがあまり弱いようでは拍子抜けだな」

 

 なんだ。こんなもんか。

 少女は不意の出来事に虚をつかれて姿勢を崩したが、全身に力を入れると簡単に起き上がることができた。


「なっ! この魔法を受けて起き上がれるだと!」


 魔法――これが魔法か。

 少女が魔法の存在を意識すると、頭の中に無数の呪文が浮かび上がる。そして、直感的に様々な魔法の使い方を理解することができた。

 これが、転生時のオプションである一級魔力付与の恩恵なのだろう。


「どれ、私も魔法とやらを使ってみようかしら」


 そう告げた少女は、全身に受ける重力魔法をものともせず、近くにあった炎を焚く台座に向けて手をかざす。

 そして、淡々と呪文を唱えた。


『アンツィーウングスクラフト』


 すると、台座は凄まじい轟音をたてて一瞬にして押し潰される。その様子は、さながら卵を叩き潰したかのようだ。


 勢いで弾け飛んだ火の粉の舞う部屋で、男は腰を抜かしてその場にへたり込む。

 その瞬間、二人の上下関係は完全に逆転していた。


 少女は軽くなった体をほぐし、どう自己紹介をしようか考えあぐねる。

 どうせなら、この世界を征服してやりたい。何もかも、自分の思い通りになる世界を構築してみたい。

 そんなことができる存在を、人は何と呼ぶだろうか。


――魔王。


 その肩書きをひらめいた少女は、ゆっくりと口を開く。


「これで分かった? 今から貴様が私の下僕よ。私の名は……ファフニエルと言っていたかしら。気に入ったわ。私は魔王ファフニエル。この世界に降り立った新たな支配者よ」

 

 そう告げる少女の表情は、満面の笑みになっていた。

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