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2 天界

2 天界


「おにいさん。おにいさん! 起きてください!」


 誰かに声をかけられ体を揺さぶられた承治は、眠りから目覚めた。

 体は重く、異様に眩しい光が眼を眩ませる。


「ここは……ろこれすか?」

 

「うわ、酒くっさいなキミ! また酔っぱらいか。まいったなぁ」


 承治の視界には、何やら喚いている一人の男が映り込む。

 歳は中年くらいだろうか。承治と同じく、首にネクタイを巻きスーツを身に纏っている。顔はそこまで老けていないが頭頂部の薄い、いわゆるオッサンだ。

 そして、何故か彼の頭上には丸型蛍光灯のような光る輪っかが浮かんでいた。

 

 誰だコイツ。

 承治は、その男に見覚えがない。それどころか、ここがどこで、自分が何をしているのか、まったく把握できなかった。

 頭を回転させようとしても意識が朦朧とし、視界は揺れて思考が安定しない。

 

「もしもーし。おにいさん、私の言ってること分かります?」


「ふぁい。わかるます」


 とりあえず体を起こした承治は、回らない頭を精一杯回転させて懸命に会話に応じる。

 対するオッサンは、まるで子供を相手にするかのように丁寧な口調で話を続けた。


「ええっとねぇ。ちょっと言いにくいんですけど、君はもう死んじゃってるんですよねぇ。私はなんというか、死後の案内人みたいな者でして」


「?」


「一応これ義務だから、死後の選択肢について説明させてもらうね。まず一般的なのが俗に言う成仏ってやつで……地上に降りて霊体とかになるのは最近法規制が厳しくて……他にも、仕事好きなら私みたいに天界で働くプランもあって……」


 その後も、オッサンの話は続く。

 しかし、酩酊(めいてい)する承治は話の内容がまったく頭に入ってこなかった。

 

 そして、この意味不明な状況を前にして、知能レベルが致命的に低下した承治は悟る。


 ああ、これは夢なんだな、と。

 その事実に気付いた(?)承治が勝手に納得していると、オッサンの話は佳境にさしかかる。


「それで、私達が今オススメしてるのは転生ってプランなんですよ。ああ、輪廻転生じゃなくて異世界転生の方ね。君みたいな、人生半ばで亡くなった人には特にオススメなんだけど、この宇宙とは別の世界線で人生をやり直すプランが若い死人さんを中心に人気でして」


 人生をやり直す。

 朦朧(もうろう)とする承治は、その言葉に反応を示す。


「やりなおへるんれすか。ぼくのじんせぇ」


「そうそう。今ならお得な能力プランが……えーと、君の積んできた〝公徳ポイント〟と〝不幸度〟だとあんまり良いのは選べないか。まあ、今の体を維持したまま転生環境を整えて最低限の言語能力を付加させれば、ざっと見積りしてまあまあ人気のある世界に行けますよ」


「?」


 もはや長文を理解する能力を持たない承治は首を捻る。

 それでもオッサンは構わず営業を続けた。


「どうですか。人生、やり直しませんか?」


「ふぁい。やりなおしたいれす」


 訳も分からず承治が返事をすると、オッサンはにこやかな表情で一枚の書類を差し出す。


「いやぁよかった! じゃあ、契約書に血印を押してもらえるかな? 一応、魂での契約だからサインというわけにはいかなくてね。私が手伝うよ」


 そう告げたオッサンは、小さな針を取り出して承治の右手親指の先を刺す。


「あう! いたいなぁ。これぇしょうがいざいれすよぉ」


「ごめんごめん。じゃあここに親指を当てて」


 承治は言われるがまま書類に親指を押し当てる。

 すると、指紋の映った綺麗な血印が浮かび上がった。


「これで契約成立です。それじゃあ、新たな世界で新たな人生をお楽しみください」


 オッサンがそう告げると、承治の視界は再び暗闇に包まれた。



 * * *



 承治の転生を見届けたオッサンは、血印の押された書類を眺めてため息をつく。

 すると、背後からスーツを纏う中年の女性に声をかけられた。


「係長、あんな強引な営業してるのバレたら課長に怒られますよぉ」


 係長と呼ばれたオッサンは頭を掻いて苦笑いを浮かべる。


「いやぁ、あの酔っぱらいに暴れられでもしたら困ると思ってね。とにかく、これで今期のノルマは達成だ。異世界転生は数字が稼ぎにくくて参るよ。逆に天界で働きたいって人は多いし、これからまた面接の用意だ。今日も帰れそうにないなぁ」


「仕事が嫌になってきたなら、そろそろ成仏しちゃえばいいんじゃないですかぁ?」


 その言葉に、オッサンはしみじみと頷く。


「まあ、今度のお盆に初孫の顔でも見たら成仏しちゃおうかな。でも、一度死んでいるとは言え、成仏するのはちょっと怖いねぇ。もう一回死ぬみたいでさ」


「なら、係長も転生しちゃえばどうですかぁ? 案外、楽しいかもしれませんよ」


 オッサンは「そうだねぇ」と呟き、どこか物悲しげな表情を浮かべる。


「私がもう少し若くして死んでいたなら、そうしてたかもしれないね。今さら別の世界で人生をやり直す気力はないよ。さて、仕事に戻ろう」


 そう告げたオッサンは空に浮かぶ雲の上に設けられたオフィスに戻り、己の仕事を再開した。

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