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27 突入

27 突入


 小窓から日差しの射し込む薄暗い部屋の中で、ワニ顔の獣人が椅子に座って不敵に微笑んでいる。

 彼の右手には一人の少女が抱えられていた。体を縄で縛られたその少女は、苦悶に顔を歪めて身をよじっている。

 ワニ男は、まるでその様子を楽しむかのように少女を眺めていた。


「残念だったな嬢ちゃんよう。あんたの御主人は、金を払うくらいならあんたを見捨てるそうだぜ。世の中にゃ酷い親もいたもんだなぁ。ええ?」


 ワニ男の言葉に呼応し、周囲に佇む手下と思しき男達はヘラヘラと笑いをこぼす。彼らは、この先に始まるであろう〝お楽しみ〟に期待を寄せ、愉快そうにその時を待っていた。

 ワニ男は、そんな手下たちの期待に応えるかのように、左手で少女の顎を掴み顔を引き寄せた。


「金にならなきゃ、あんたはもう取引材料じゃねぇ。だからよぅ、俺達の好きにされても文句は言えねぇよなぁ? ガキだからって容赦しないぜぇ」


「嫌ッ! やめて!」


 少女は泣き喚き、ワニ男から必死に顔を逸らそうとする。

 そんな少女の顔を無理やり引き寄せたワニ男は、己の長い舌を少女の頬に這わせた。


「へへ、こりゃあ熟れてない味だ。もう少し熟れてた方が俺好みだが、贅沢は言わねぇ。たっぷり味わわせてもらうぜ」


 そう告げたワニ男が少女の衣服に手をかけようとしたその瞬間、部屋を仕切る扉が突如として開け放たれる。


 そして、扉の奥から姿を現したのは承治とユンフォニアだった。

 ユンフォニアは部屋に飛び込むや否や、家法の短剣を掲げて鋭い声を放つ。


「そこまでだ! その娘から手を離せ!」


 不意の出来事に驚き身構えていた部屋の一同は、ユンフォニアと承治の姿を見て嘲笑の表情を浮かべる。


「なんだぁ? 執事とお嬢様?」


「おいおい嬢ちゃん。舞台ゴッコのつもりかよ」


「何モンだてめぇら。俺ら舐めてんのか、ああ?」


 一同が各々の反応を見せていると、ボス格らしいワニ顔の男は冷静な面持ちで口を開く。


「貴族の娘……そうか、誰かしくじりやがったな。しかし、分からねぇ。なんで警邏隊を呼んでねぇんだ? てめぇら二人だけで俺達を捕まえられるとでも思ったのか?」


 ワニ男の疑問はもっともだ。

 策があるとは言え、軟弱な男と少女の二人でこの場に飛び込んだ判断は無謀に見える。

 承治は仕方なく言い訳じみた嘘をついた。


「警邏隊ならもう呼んである。僕達は警告しに来たんだ。彼女を解放しろ」


 その言葉に、ワニ男に捕らわれている少女は身を乗り出して訴えかける。


「お願いです! 助けて!」


 すると、ワニ男は合点のいった様子で口を開く。


「そうか、コイツの声を聞いてたまらず飛び込んできたな。しかしよぅ、てめぇらだけでコイツを助けられるのかい? おい、お前ら。警邏隊が来る前にこの二人を始末しろ」


 ワニ男の言葉に応じ、周囲にいる手下達はじりじりと承治とユンフォニアに迫る。

 相手は総勢で五人だ。種族はまばらだが、屈強な連中が揃っている。中には刃物や木材といった武器を所持している者もいた。


 承治は覚悟を決め、ユンフォニアと手を重ねて二人で短剣を掲げる。

 そして、タイミングを合わせて声を張り上げた。


『『ヴィントシュトース!!』』


 すると、短剣の刃先から物凄い勢いで〝風のかたまり〟が放たれ、先に迫っていた三人の手下たちを部屋の隅まで吹き飛ばした。

 承治は反動でよろけたユンフォニアの体を支え、再び短剣を正面に掲げる。


 この風魔法こそが、承治とユンフォニアの用意していた秘策だった。



 * * *



 時は数分前に遡る。


「ならば、力があればよいのだろう。力なら、ここにある」


 ユンフォニアは、敵地への突入を躊躇う承治に対して、己の家宝である短剣を掲げながら告げる。


「この短剣は、ウラシム鉱石を含む合金で作られておる。つまり、余は魔法が使えるのだ。今朝見せたであろう」


 その言葉に、承治は昼間の出来事を思い出す。


「確かに、僕に治癒魔法を使ってくれたね。他にも攻撃的な魔法が使えるってこと?」


「うむ。余は精霊と契約していないが、この短剣には様々な精霊の力が宿っておる。そして、余は魔法の扱いを心得ておる。この力があれば、悪党を退けることは容易だ」


 ユンフォニアの言うとおり、以前ヴィオラや長岡が見せたような攻撃魔法が使えれば、数人くらいの悪党なら打ち倒せるかもしれない。

 だが、懸念がないわけではなかった。


「相手も魔法を使って対抗してくる可能性は?」


「それは考えにくい。ウラシム鉱石の採掘は国が管理しておる。相手が国家魔術師でもない限り、魔法を使ってくることはなかろう」


「だとしても、二人だけで飛び込むのが危険なことに変わりはないよ。せめて人を呼ばないと……」


「ならば、そちが人を呼びに行けばよい。事が急を要する以上、余は一人でも行く。それが、王族たる余の務めだ」


 ユンフォニアの目は本気だった。

 承治は彼女の強情さに呆れ、ため息をつく。


「……わかったよ。ユンフォニアがそこまで言うなら、僕も一緒に行く。それと、危なくなったら躊躇わずユンフォニアを抱えて逃げる。それでいいね」


 正直、承治は臆している。

 だが、ユンフォニアの真っ直ぐすぎる正義感に感化されたのも事実だった。

 ユンフォニアは、その小さな体で次期女王という矜持を背負い、己の務めを果たそうとしている。それがいささか危険を伴う判断だったとしても、彼女は躊躇いを見せなかった。

 そんな姿を見せられたら、承治は一人の男として手助けしないわけにはいかなかった。


 承治の決断に満足したユンフォニアは、短剣を掲げて告げる。


「魔法は一人で行使するより二人で行使した方が強力になる。ジョージよ。これから奥に入り敵と遭遇したら、今から余の告げる通りに行動してくれ」



 * * *



 時は再び戻る。

 首尾よく三人の手下を吹き飛ばした承治とユンフォニアは、残る二人に短剣を向ける。

 そして、風魔法を使う前に承治は警告を告げた。


「僕らの力が分かっただろ。これ以上抵抗するな」


 残る二人の手下は狼狽しつつ後ずさる。


「クソッ! 魔法か!」


「生意気な貴族め!」


 だが、彼らは反撃を諦めていない様子だった。

 武器を構えた二人は、同時に承治とユンフォニアへ飛びかかる。


 反撃する覚悟を決めた承治は、事前にユンフォニアから言われていたアドバイスを思い出して手に力を込めた。


――魔法を使う際は、行使したい魔法を頭の中でイメージし、指先に神経を集中させて呪文を唱える。


 魔法初心者である承治の力がどれだけ寄与しているかは分からないが、承治は事前に言われた通りユンフォニアと手を重ね、タイミングを合わせて呪文を唱える。


『『ヴィントシュトース!』』


 すると、再び短剣から〝風のかたまり〟が放たれ、襲いかかってきた二人の手下は物凄い勢いで後方へ吹き飛ばされた。


 だが、ここで計算外のことが起きた。

 吹き飛んだうちの一人が、残るワニ男と少女の下へ飛んでいったのだ。

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