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26 交渉

26 交渉


「なら、取引きをしないか」


 承治の発言に、大男は不愉快そうに顔をしかめる。


「取引きだぁ? 囚われの身の分際で随分と調子のいいこと言うじゃねぇか」


 承治は勇気を振り絞って言葉を続ける。


「あんたら、自分の立場をわかってない。第一王女の誘拐犯がこのまま無事でいられるわけないだろ。国が全力を挙げれば、あんたらは確実に捕まって打ち首になる。あんたらのボスってのも、自分の手が汚れないようわざわざ人を雇ったんだろ。事が荒立てば、あんたらは間違いなくトカゲのしっぽ切りにされる」


「てめぇ、ぬけぬけと……」


 すると、エルフ青年が興奮する大男を遮り承治の言葉に応じる。


「だとして、取引きの内容は何だ」


「簡単なことさ。僕らを見逃してくれれば、あんたらも見逃す。あんたらは、ボスを裏切ってどこかへ逃げればいい。そうすれば今回のことは無かったことにする」


「その取引き、信用できるのか? 君らを見逃すのは簡単だが、僕らは顔が割れている。君の言葉が口先だけで、後から僕らを捕まえることだってできるだろう」


「それは……信じてもらうしかない。それに、この場には第一王女のユンフォニアもいるんだ。彼女は約束を破るほど器の小さい王族じゃない。ユンフォニアも、それでいいだろ?」


 ユンフォニアはいささか迷いの表情を見せ、エルフ青年に問いかける。


「その前にひとつ聞いておきたい。そちらの誘拐行為は、これが初犯なのか。仮に余罪があるとすれば、余は咎人とがびととは取引きできん」


 その言葉に、エルフ青年が応じる。


「僕らはこれが初犯だ。服屋の屋台は僕の持ち物で、手口は全てボスから指示された。もちろん、それを証明する手立ては無いが、君らの取引きと同じく信じてもらうしかない」


 ユンフォニアは承治と目を合わせ、小さくうなずく。


「そちの言葉を信じよう。余は、カスタリア王国第一王女の名の下に、取引きに従う用意がある。仮にうぬらが捕まったとしても、恩赦を約束する。これでよいか?」


 エルフ青年はしばし沈黙したが、さして迷いもせずに答えを出した。


「僕は、君らの取引きに応じたいと思う」


 大男は呆れた様子でエルフ青年に迫る。


「待てよ! 本当にコイツらの言うことを信じるってのか? 大体、コイツらを見逃したら俺たちゃくたびれ損じゃねぇか。金が手に入らなけりゃ、これからの食い扶ちだって……」


 承治はダメ押しとばかりに、懐から布袋を取り出して大男の前に投げる。


「そこには僕の今月の給料が入ってる。生活に困ってるなら、それくらいはくれてやる。今回のところはその金で我慢してほしい」


 大男は布袋の中身をあらため、不満げな表情を見せる。


「けっ、お姫様の付き人が幾ら貰ってるかと思えば大したことねぇな」


 まあ、王宮事務員の給料なんてそんなもんですよおにいさん。

 と、心の中で少し落ち込んだ承治は気を取り直して大男に返答を迫る。


「どうだ。悪い話じゃないだろ」


「……まあ、手間賃としては十分か。わかったよ。てめぇらを見逃してやる。お前もそれでいいんだな」


 大男に促されたエルフ青年は小さく頷く。

 これで取引成立だ。


 承治は肩の力が抜けたようにほっと胸を撫で下ろした。


「とりあえず、僕とユンフォニアの縄をほどいてくれませんか」


 エルフ青年はナイフを取り出して承治とユンフォニアの縄を断ち切る。

 そして、いそいそと納屋の扉を開けながら口を開いた。


「僕らはこの馬車で逃げる。西に行けば市街地だ。君らは適当に徒歩で逃げてくれ」


 そんな会話を交わしていると、不意に納屋の奥から悲鳴のような声が聞こえた。

 それに驚いたユンフォニアは大男に問いかける。


「今の声はなんだ」


「さあな。ボスが誘拐してきた娘とよろしくやってるんじゃねぇか。俺達の他にも似たような仕事をやってた連中はいたからな」


「なんだと! それは本当か!」


 逃げ支度を整えた大男はエルフ青年と共に馬車に乗り込み、ぶっきらぼうに告げる。


「そんなに気になりゃ自分の目で確かめてみな。取引きが成立した以上、俺達には関係のねぇ話だ。約束通りずらからせてもらうぜ」


 そう告げた大男は、「あばよ」と会話を切り上げ、馬車を出発させた。

 約束は約束だ。承治とユンフォニアは、彼らがその場から離れるのを咎めなかった。


 納屋の中で二人きりになった承治とユンフォニアは、出口とは反対の扉に目を向けて立ちつくす。

 悲鳴はもう聞こえなかったが、大男が言っていた話は承治も気になった。

 そして、先に口を開いたのはユンフォニアの方だった。


「きゃつの言っていたことが本当なら、放ってはおけん」


 ユンフォニアの懸念はもっともかもしれない。

 大男の言っていた事が事実なら、承治達の他にも誘拐されてきた被害者がおり、何らかの危害を加えられている可能性がある。

 だが、承治としては、ここで無謀な行動に出てユンフォニアを危険な目に合わせるわけにはいかなかった。


「悔しいけど、僕らだけじゃ何もできないよ。とにかく、王宮に戻って人を呼ぼう」


「だめだ! それでは手遅れになるかもしれん! 余は次期女王だ。わが身可愛さに民を見捨てるようでは、誠の王になどなれん」


 誠の王、か。

 承治は、ユンフォニアの王族としての矜持にいささか心を動かされる。

 彼女は箱入り娘のお姫様かもしれないが、しっかり己の立場をわきまえ、国や民のことを考えているようだ。それは街中で話した時にも薄々感じ取ることができた。


 だとしても、承治はユンフォニアの身の安全を第一に考え、説得を続けた。


「僕らに悪党を倒すだけの力はないよ。相手が何人いるかも分からないのに……」


 その言葉に対して、ユンフォニアは腰に下げた短剣を引き抜いて応える。


「ならば、力があればよいのだろう。力なら、ここにある」


 そう告げたユンフォニアは、家宝である己の短剣を承治の前に掲げた。

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