24 お出かけ
24 お出かけ
「おお、やはり王都はにぎわっておるのう!」
承治に手を繋がれたユンフォニアは、はしゃいだ様子で王都の市場をきょろきょろと見回している。
「姫様。あんまり目立つと正体がバレますよ」
「余は姫ではない。平民ユフィだ兄様よ。それを忘れるでない」
と、今はそういう設定になっている。
しかし、私服姿とは言えユンフォニアの派手な見てくれは平民というよりお嬢様だ。
承治の方も現世から持ち込んだ一張羅のスーツを着ているため執事か従者に見えなくもないが、とりあえず今はユンフォニアの兄を演じて会話を続けた。
「それで、ユフィはどこに行きたいの?」
「特に目的地はない。適当に散策して飽きたら帰るつもりだ」
「さいですか」
そう告げたユンフォニアは市場に並ぶ商品を眺める。
「ふむ。市場の流通は十分のようだな。これだけ余剰食料が出回っていれば生活に困る農民も少なかろう」
「へえ、意外にしっかり見てるんだね。確かに、この市場はいつも賑わってるよ」
「うむ。我がカスタリアは独占ギルドの規制と低い税率によって市の活性化を図る政策で栄えた国だ。直轄領の市場は役人が緩やかに仕切り、新規商売を広く受け入れておる。締め上げではなく、発展によって税収を確保するという寸法だ。賢かろう?」
そう告げたユンフォニアは「えっへん」と胸を張る。
確かに、ユンフォニアの見識には承治も驚かされた。まだ幼いとは言え、伊達にお姫様をやっているわけではなさそうだ。
「そういう知識は王宮で勉強してるの?」
「うむ。王宮でやることと言えば、芸事の稽古と政治の勉強ばかりだ。ちっとも面白くないが、これも王族の勤めだからのう」
まあ、どこの世界の王族も立場は似たようなものだろう。世襲で政治を行う以上、次期女王のユンフォニアが箱入りで英才教育を受けるのは必然だ。
一般的な日本人だった承治は、鬱屈しながらも自由に生きてきた自覚はあるため、少しユンフォニアの立場に同情する。
「ユフィは偉いね。ちゃんと勉強もしてるみたいだし」
「子供扱いするでない。これでも先々のことは色々と考えておるのだ」
と、いいつつ王宮を抜け出して街へ遊びに行きたくなる程度には子供なのだろうが、たまにはそういう日があってもいいかと思えてきた。
承治はなんとなく気を利かせ、手近な屋台でリンゴを一つ購入する。
「せっかくだからおやつでも食べよう」
そう告げた承治は屋台の脇に座り込み、ユンフォニアから短剣を借りる。
そして、器用にリンゴを切って定番のウサギリンゴを作った。
承治から一匹のウサギリンゴを手渡されたユンフォニアは首を傾げる。
「意外に器用なのだな。しかし、変な切り方よのう」
「ウサギだよ。残った皮が耳に見えるでしょ」
その言葉に、ユンフォニアは「おお」と声を漏らして納得する。
「確かにウサギだ。これは面白い。以前見せてくれた奇術といい、ジョージは人を楽しませる才があるのう。旅芸人に向いておるぞ」
そう告げたユンフォニアはウサギリンゴの頭にかぶりついて顔をほころばせる。
承治もユンフォニアに倣ってリンゴを齧ったが、日本で食べたものよりすっぱかった。
こうしていると、本当に妹ができたようだ。可愛らしいが、いささか偉そうなところが余計それっぽい。
腹ごしらえを終えたところで、承治は立ち上がって次の目的を探す。
「さて、次はどこを見ようか。とは言っても、僕もあんまりこの街は詳しくないけどね」
「ならば東の街へ行こう。あすこは貴族の家が多く庭園が綺麗だ」
そう告げたユンフォニアは再び承治と手を繋ぎ、無邪気に微笑む。
まあ、こんな休日も悪くないか。そう思えた承治は、ユンフォニアに連れられて東へ向かった。
* * *
しばらく歩くと、道行く人はまばらになり貴族の屋敷が立ち並ぶ閑静な居住区へ辿りつく。
ユンフォニアの言う通り、家々の庭先は綺麗に手入れされており、そこかしこに花が咲き誇っていた。
ユンフォニアはその光景に目を光らせる。
「おお、ヴィオラの言っていた通りだ。どの庭も綺麗だのう」
「ユフィは植物が好きなんだ」
「うむ。王宮の中にいては花くらいしか愛でるものがないからの」
そう告げたユンフォニアは生垣に咲く花に顔を近づけ、香りを堪能する。
その仕草はいかにも子供らしい。
すると、そんなユンフォニアに一人の男が声をかけてきた。
「お譲さん、立派な服をお召しですね。さぞ名のあるお家の方でしょう」
そう告げて愛想よく近づいてきたのは、エルフ族の青年だった。
露天商らしいエルフ青年は、居住区の路地に設けられた屋台で服を売っているようだ。周囲に人も見当たらないので暇だったのだろう。
爽やかな顔立ちのエルフ青年はニコニコと笑みを浮かべながらさっそく営業を始める。
「いかがでしょう。その花に似た色で染められた良いお召し物がございますよ」
露店に視線を移したユンフォニアは展示されている服をざっと見渡す。
「ふむ。見たところあまり良い生地のものはなさそうだが」
「これは見本です。大切なお召し物が日に当たってはいけませんからね。高等なものは、全て後ろの馬車に置いてあります。少し見ていかれてはどうでしょう?」
エルフ青年の言う通り、露店の裏には大きな馬車が停めてある。
少し悩んだユンフォニアは承治に目配せをしてくる。
対する承治は、「せっかくだから見てくれば?」と、ユンフォニアを促した。
「では少し物色するとしよう。余の慧眼にかなうものがあるかのう」
そう告げたユンフォニアは、エルフ青年に案内されて露店の裏手に周って馬車の中へと入って行く。
馬車の中にも多くの服が掛けられており、奥はよく見えなかった。
承治はしばらく雲を眺めて暇を潰す。
すると、馬車の中からエルフ青年が顔を出し、承治に手招きをした。
「旦那様。お譲さまが、旦那様に見ていただきたい服があるとおっしゃってます。ずいぶん気に入られたようですよ」
ユンフォニアが気に入るということは、さぞ高価な服なのだろう。
承治は自分の財布の中身を確認し、もし服を買うことになったら後で王室に経費を請求しようと決めて馬車の中に足を踏み入れた。
「ユフィ。いい服が見つかったんだって?」
承治は吊るされた服をかき分けて馬車の奥へ進む。
そして視界を遮る一枚の服をはぐると、強面の男と目が合った。
「えっ」
驚いた承治が一歩後ずさったその瞬間、背後から衝撃を受けると同時に口元へ布を押し付けられる。
「騒ぐな。騒いだら娘もろとも殺す」
すると、いつの間にか承治の背後に回っていたエルフ青年が耳元で囁く。
視線を下に移すと、喉元に鋭いナイフが突き付けられていた。
え、マジ? これってかなりヤバイ状況なんじゃない?
そんなことを考えているうちに承治の体は縄で締め上げられ、身動きと発声を封じられる。
そのまま床に叩きつけられた承治が視線を正面に移すと、そこには承治と同じように縄で縛られ口を布で覆われたユンフォニアの姿が映り込んだ。
「よし、馬を出してくれ」
頭上からそんな声が届き、床がガタガタと揺れ始める。どうやら馬車が出発したらしい。
揺れ動く馬車の中で、承治の視界には不安に歪むユンフォニアの表情が映り続けた。