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23 お転婆姫

23 お転婆姫


 セレスタとオルゲンは感動の再会を果たした後、二人で王都へ食事に出かけて行った。

 承治とオババ様もその席に誘われたが、二人とも気を遣って遠慮しておくことにした。

 手を繋いで王宮を出たセレスタとオイゲンは、家族水入らずの時間を堪能し、尽きることのない話に花を咲かせることだろう。


 そんなこんなで一仕事終えた気分の承治はハートフルな気分のまま床につき、一晩明けた今日は束の間の休日である。


 幸か不幸か、こちらの世界でも仕事人間になってしまった承治は余暇を持て余している。

 今日は食堂で遅めの朝食を取り、午前中は図書館で暇を潰していたが、読書に飽きた承治はなんとなく王宮内を散歩していた。


 カスタリア王宮はかなり広い。敷地内は城壁に囲まれた二の丸、三の丸のような空間で仕切られており、それぞれに衛兵や侍従、役人等の詰め所がある。

 王宮内は歩いて周るだけでも結構な暇つぶしになったので、承治はいい機会だと思って探検を続けていた。


 すると、王宮の外縁にあたる庭で一人佇む少女の姿が目に入った。

 薄青いワンピースに身を包む彼女は、青空の下で花壇に植えられた花をじーっと見つめている。近くに他の人影は見当たらなかった。


 王宮内には役人や貴族の家族も住んでいるが、子供はいささか珍しい存在だ。

 いたいけな少女を遠くから見守るという行為は若干趣味が悪い気もしたが、物珍しさもあって承治は観察を続けていた。


 しばらくすると、少女は花を見るのに飽きたのか、周囲をきょろきょろと見回して庭を囲む城壁まで駆けていく。

 そして、城壁のたもとに辿りついた少女は、おもむろに石造りの壁をよじ登り始めた。


 と、冷静に観察していたが、いくらなんでもその遊びは危ないだろう。

 不意の出来事に驚いた承治は、急いで少女の下に駆け寄り声をかける。


「そんなところ登ったら危ないよ!」


 承治の呼びかけに肩をびくりと震わせた少女は、それでも壁登りを止めない。それどころか、ひょいひょいと石のくぼみを渡って壁を登りきってしまった。

 そして、城壁の頂上から承治と目を合わせた少女は、そのまま反対側へ姿を消した。


 一瞬だけ見えた少女の顔に承治は見覚えがある。

 服装がドレスではなかったので今まで気付かなかったが、彼女はカスタリア王国第一王女のユンフォニア姫で間違いない。


 ということは、結構重大な場面を目撃したんじゃなかろうか。

 いささか心配になった承治は、とりあえずユンフォニアを追うべく王宮の外へ続く通用門へ向かう。

 通用門には門番が立っていたが、身分を明かすと素直に通してくれた。

 承治の立場は王宮で働く平民と同じ扱いなので基本的に出入りは自由だ。


 そのままユンフォニアが登っていた壁の裏側に向かうと、そこは緑地になっていた。

 草木の生い茂る外縁を進んだ承治は、再びユンフォニアの姿を捕える。


 彼女は城壁から木の枝を伝って地上へ降りようとしている。

 しかし、その動きはどこかおぼつかない。基本的に、クライミングのような動作は上りより下りの方が難しいため、手こずっているのだろう。

 そうこうしているうちに、ユンフォニアはバランスを崩して木の枝から滑り落ちる。

 

「きゃっ!」


「まじかっ!」


 驚いた承治はとっさにユンフォニアの真下へ入り、落下するユンフォニアを受けとめる態勢をとった。


「ぐえっ!!!」


 自由落下したユンフォニアの体は承治の両腕では支えきれず、下腹部へとのしかかる。そして、凄まじい鈍痛が全身をかけめぐった。

 

 あ、これ冗談じゃ済まないやつだ。腰がボキっていったもん。ボキって。

 ユンフォニアの落下衝撃を全身で受けた承治は、体をピクピクと震わせてその場でうずくまる。

 対するユンフォニアは承治の体がクッションとなり、どうにか無事に着地できたようだ。


「す、すまん! 余としたことが……待っておれ、すぐに治してやる!」


 そう告げて立ち上がったユンフォニアは、おもむろに腰に携える短剣を引き抜き、承治の体へ刃先を向ける。


 えっ、治すって外科手術でもする気なの? 医師免許持ってますか?

 鈍痛に悶える承治はユンフォニアの行動を制止させようとしたが、痛みのせいで体が上手く動かない。

 そんな承治にかまわず、ユンフォニアは目を瞑って鋭い声を放った。


『ハイレン!』


 すると、承治の体から徐々に痛みが消えていく。

 これは治癒魔法だ。先日かけてもらったばかりなので、感覚的にすぐ分かった。


 しばらくすると、腰の痛みは完全に消える。

 立ち上がって体に異常がないことを確認した承治は、ユンフォニアに向き直る。

 

「いやぁ助かりました。姫様って治癒魔法使えたんですね」


「うむ。魔法は王族の嗜みだ。しかし、礼を言わねばならぬのは余の方だろう。その身を挺して余を助けてくれてありがとうジョージ」


 そう告げたユンフォニアは丁寧に頭を下げる。

 王女様だけあって普段は尊大な態度をとっているが、意外と礼儀正しいようだ。


 だが、そんなことに感心している場合ではない。

 今の承治は、カスタリア王国にとって看過できない重大な場面に遭遇していることを思い出す。


「それより姫様、今王宮から抜け出そうとしてましたよね?」


 その言葉に、ユンフォニアは「うぐっ」と唸って一歩後ずさる。

 そして、再び頭を下げて承治に迫った。


「一生の頼みだ! 余を見逃してくれ! 日暮れ前には必ず戻る!」


 つまるところ、ユンフォニアは王宮からの脱走を企てていたらしい。

 とりあえず承治は動機を尋ねる。


「それで、どこに行くつもりだったんですか」


「いやー、そのー、ちと王都の様子を見に行こうと思ってな。民の様子をこの目で見るのも王族の勤めだ」


「街へ遊びに行くつもりだったんですか?」


 ユンフォニアは可愛げな仕草で小さく頷く。


 まあ、彼女の気持ちも分からないでもない。閉鎖的な王宮の中で暮らしていれば、たまにはシャバの空気も吸いたくなるだろう。

 しかし、ユンフォニアは次期女王となる大事な王族だ。さすがの承治も脱走は黙認できない。というより、下手に見逃して責任を問われるのが嫌だった。


「姫様。僕と一緒に帰りましょう。皆が心配しますよ」


「断る。こんなに上手く抜け出せる機会は滅多にないのだ。余のことが心配と言うなら、そちもついてくれば良い」


「いや、そういう問題じゃなくて……とにかく一旦戻りましょう」


 すると、腕を組んだユンフォニアは目を細めて態度をころりと変える。


「ほう、そちは第一王女である余に逆らうというか。そちは、余の許しを得て王宮で働いているも同然の立場だ。王宮を追い出されたくなければ、余の命に従う他ないと思うがのう」


 で、出たー。王族特有の強権発動だよ。こんな我儘な子が将来女王様になって大丈夫なのかよこの国。

 などと頭の中で愚痴をこぼしてみたものの、第一王女であるユンフォニアに逆らうのはかなり勇気が必要だった。

 対応に困った承治が口ごもっていると、ユンフォニアは一つ提案を出す。


「ふむ、ではこうしよう。余の本名を答えてみよ。正解できなくば、不敬として余の外遊に同行することを命じる。カスタリア王国の民なら答えられて当然であろう?」


 ユンフォニアの本名――事務手続きの関係で何度か目にしたことはあるが、確かピカソの本名並みに長い名前だ。

 承治は記憶を頼りに答えを告げる。


「ええと、ユンフォニア・サクソン・アノ・カリヨン・ピッケ・コンスティーナ・カスタリア……でしたっけ?」


 ユンフォニアは感心した様子で微笑む。


「ほう。よく覚えておるのう。しかし不正解だ。ファゴットが抜けておる。正解は、ユンフォニア・サクソン・アノ・カリヨン・ピッケ・コンスティーナ・ファゴット・カスタリアだ」


 いや覚えられるわけねーだろ。なんで王族ってこう名前が長いんだよ。事務屋泣かせすぎるだろ。

 などと言えるわけもなく、承治は不服ながらユンフォニアのお出かけに付き合うことになってしまった。

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