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21 帰還

21 帰還


 承治は良い匂いのする花畑にいた。

 目の前には、マシュマロのような大きな物体が鎮座している。


 わーい何コレ。抱きついたら気持ちよさそう。えいっ。

 承治はマシュマロのような物体に覆いかぶさり、顔を埋めてスリスリする。

 すごい柔らかくて良い匂いがするー。気持ち良くて頭がくらくらするー。

 でも、なんだか頭が痛くて、気持ち悪くなってきたような……。

 

 そして、承治の目は見開かれた。

 承治の体はベッドの上でブランケットに包まれている。

 酷く頭が痛い。どうやら、昨晩飲み過ぎてしまったようだ。

 先ほどの花畑は夢だったのだろう。

 

 ならば、目の前にマシュマロのような物体なんてあるわけ……いや、あった。

 承治の目の前には、二つに分かれた柔らかく大きな球体が顔を挟みこむような形で配置されている。

 顔を擦りつけると柔らかいし、良い匂いがする。これは夢の続きだろうか。


「んっ……」


 承治が柔らかい感触を堪能していると、頭上から甘い声が聞こえる。

 視線を上に向けると、どこか見覚えのある顔が映り込んだ。


 ヴィオラさん? でもなんで、ヴィオラさんがこんなところに……。

 その瞬間、承治は全てを悟った。


 目の前にある二つの球体は、普段よく目にするヴィオラの豊満な〝アレ〟だ。

 そして、ベッドの中で〝アレ〟に顔をうずめている僕は大月承治27歳、元サラリーマン。

 これは神の悪戯だろうか。いや、飲み過ぎたせいで昨日の記憶は一切ないし、何かの偶然が重なった結果なのだろう。

 ならしょうがないな。不可抗力だもんね。


「んッ……んんーー……」


 などと承治が考えていると、目の前の〝アレ〟は大きく揺れ動き、頭上から再び艶めかしい声が聞こえる。

 恐る恐る承治が視線を上げると、エメラルドグリーンに染まる綺麗な瞳と目が合った。


「「あっ」」


 承治とヴィオラは目を合わせたまま揃って声を上げる。


 そして次の瞬間、けたたましい悲鳴と共に承治は突き飛ばされ、ベッドから転げ落ちて腕の骨を粉砕させた。



 * * *



「えーと、治癒魔法はこのくらいで大丈夫ですか?」


 朝日が差し込む宿屋の大食堂で、承治は長岡から治癒魔法をかけてもらっていた。

 先ほどまで承治の右腕は関節が一つ増えたかのように歪に曲がっていたが、長岡の治癒魔法によってすっかり元通りになった。


「うわ、凄いな! 本当にくっついた。全然痛くない!」


 承治は治った右腕を回して顔をほころばせる。

 すると、その様子を傍らで見ていたヴィオラは、ぶすっとした表情で呟いた。


「よかったですね腕が治って。私としては、ずっと曲がったままでもよかったんですけどね。その方がお似合いでしたし」


 そんなトゲのある物言いに対し、承治は呆れたように言い放つ。


「ヴィオラさん、さっきのことは不可抗力だって言ったじゃないですか。ヴィオラさんがあんなにお酒飲ませるから、訳分かんなくなってあんなことになったんですよ。わざとじゃないんです」


「どうでしょうね。私、知ってるんですよ。ジョージさんって普段から私の胸元をチラチラ見てますよね。酔った私に付け込んでセクハラしてたと思われても無理ありませんから」


 〝セクハラ〟という言葉をヴィオラに教えたのは承治だ。さっそく使われるとは思いもしなかったが、たまに胸元を見ていたのは事実なので承治は反論に困る。


「じゃあこれからは僕にセクハラされないよう、お酒は控えた方がいいですね」


「ご心配どうも。次やったら精霊魔法で消し飛ばしますから」


 すると、二人のやり取りを見かねた長岡が口を挟む。


「まあまあ、二人とも随分酔っていたみたいですし、ここは水に流して……」


 その言葉に、ヴィオラはいっそう不機嫌そうな顔を見せる。


「ナガオカさんも男だからそう簡単に言えるんです! 私はこの体を穢されたんですよ!」


 そんな会話を続けていると、寝起きらしいセレスタが目を擦りながら食堂に入ってきた。


「オハヨー」


 すると、ヴィオラはセレスタの下へ行き、真剣な面持ちで話しかける。


「ここは同じ女性であるセレスタさんに裁定してもらいましょう。セレスタさん、実はですね……」


 ヴィオラは今朝の出来事をセレスタに説明する。

 セレスタは眠そうに目をこすって話を聞いていたが、話が終わるや否や言葉を選んで衝撃的な事実を言い放った。


「エーット……ヴィオラ、トイレ行ったアト、ジブンでジョージのベッドに入ってたヨ。二人ともフウフみたいだネ」


 その言葉に、ヴィオラは絶句するしかなかった。



 * * *



 そんなわけで、承治、ヴィオラ、セレスタの三人は微妙な雰囲気の中で朝食を済ませ、帰路につこうとしていた。

 身支度を整えセレスタの持つ魔道具〝空飛ぶモップ〟に跨った三人は、いよいよ飛び立とうとする。

 その傍らには、見送りとして長岡の姿があった。


「皆さんお元気で。もし機会があれば、カスタリアにもお邪魔しようと思います」


 その言葉にヴィオラが応じる。


「ええ、いつでも歓迎します。是非いらしてください」


「大月さんも、お元気で。共に第二の人生、謳歌しましょう!」


 なんかそう言われると定年退職した後のオッサンみたいだな。

 などと考えた承治は、長岡に向かって笑顔で手を振る。


「ソロソロイクヨー」


 セレスタの掛け声と共に三人の足は地面から離れ、〝空飛ぶモップ〟と共に体が浮遊する。

 長岡が見守る中、三人はハーモル村を飛び立ち、青々とした大空へと消えて行った。



 * * *



 〝空飛ぶモップ〟による空の旅は、往路の時と同じくかなりの恐怖感を伴った。

 落下を恐れる承治はヴィオラの体にしがみつき、なるべく地上を見ないように視線を上に向ける。


 今の配列は、往路の時とは異なり先頭からセレスタ、ヴィオラ、承治の順番となっていた。その配列を提案したのは他でもないヴィオラだ。

 承治にがっちりと体をホールドされたヴィオラは、上空で体をモジモジと動かす。


「ジョージさん、あんまりくっつかないでください」


「いや、くっつかないとバランス取れないんですって! ホント、怖いんですよ! セクハラとかそんなんじゃないですから!」


 体を動かすヴィオラにつられ、承治は腕の位置を調整してバランスを維持する。


「きゃっ! 胸を触らないでください! わざとやってますよね!? 行きのときも、どうせ私の胸の感触を楽しんでいたんでしょう! 今朝のことといい、そんなに私の体を穢したいんですか!」


 まあ、行きの飛行中と今朝ベッドの中で豊満な胸の感触を楽しんでしまったのは事実だが、それはあくまで不可抗力だ。

 そう自分に言い聞かせた承治は己の行動を棚に上げて反論する。


「だから、今朝のことはヴィオラさんが僕のベッドに入ってきたのが悪いんでしょ! だいたい、あんなベロベロに酔っぱらってたら魅力もクソもないですから! 襲おうなんて気にはさらさらなりませんでしたから!」


「なっ! あーそうですか魅力が無くて悪うございましたね! どうせ私は胸がデカイだけのエルフですよ! 私の胸を穢すだけ穢して満足したらこの手を離したらどうですか!」


 そう告げたヴィオラは片手で承治の腕をつねる。


「いたたたたた! 落ちる! 落ちるから! スイマセンでした聡明で美人なヴィオラ様! 酔っぱらっていてもヴィオラ様の魅力は世界一です! だからやめて! 痛いからやめて!」


「ケンカはヤメテー!」


 そんな調子で、一行は愉快な(?)空の旅を満喫した。

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