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1 サラリーマン大月承治

1 サラリーマン大月承治


 今日は宴会だ。

 会社近くの格安焼き鳥チェーン店が、その会場だった。


 薄暗い店内の奥座敷で、顔を赤らめた男たちが肩を並べてひしめいている。彼らは互いにお世辞を言い合い、瓶ビールをグラスに注いで馬鹿笑いを続けていた。

 そんな空間に、サラリーマン大月おおつき承治じょうじの姿はあった。

 承治は少しベタつく大テーブルの端で、誰と話すわけでもなくチビチビとレモンサワーに口をつけている。


 承治は宴会が嫌いだった。

 大して酒も好きではないし、酔った上司に気を遣わねばならないし、自分の時間は取られるし、良い事などひとつもない。


 しかし、これも付き合いだ。

 それが職場のカミサマとも言える部長の送別会とあれば、参加しないわけにはいかなかった。


 悲しきかな。これがサラリーマンのサダメである。

 職場では些細なミスひとつで上司に怒鳴られ、遅くまで生産性のない仕事を続けたあげく、やっと仕事が終わったと思えば地獄の宴会が幕を開ける。

 

 承治はサラリーマンを甘くみていた。

 体力に自信のない承治は、デスクワークくらいなら自分にもできるだろと、悪夢のような就職活動を早々に切り上げて地元の小さなメーカーに事務員として就職した。


 元より承治は芯のない男だ。

 高校受験にしても、大学受験にしても、就活にしても、楽な方へ楽な方へと水の如く低きに流れ、今の境遇に辿りついた。


 そして、就職してからの5年間はただひたすら仕事に打ち込み……いや、正確に言えば仕事に縛られ、これといった変化のない生活を続けている。

 自慢できるような趣味もなければ色恋沙汰もない。まるで社会に組み込まれた歯車のように、一日一日を過ごしていた。


 これがサラリーマンというものか。

 承治は、改めて己の境遇に絶望する。結婚して子供でもできれば少しは生き甲斐を得られるかもしれないが、そんな予定は皆目なかった。

 

「おいジョージ、お前の番だ!」


 そんなことを考えていると、不意にカミサマ・部長から声がかかる。

 承治が我に返ると、その場にいるほぼ全員が己に目を向けていた。


 いよいよ出番らしい。

 承治はグラスを置き、覚悟を決めて立ち上がる。


 この日の宴会では、場を盛り上げるためにある催しが企画されていた。

 それは、今や珍しいものになりつつある〝宴会芸〟だ。


 その出番が、いよいよ承治に回ってきた。

 承治の起立に合わせ、参加者は各々ヤジを飛ばす。


「アカデミー俳優の登場だ!」


「と○ろさんのモノマネやれ!」


「ロ○ド歌うか?!」


 承治は、いささか特徴的な名前の持ち主だ。

 それをネタにした仇名や冗談は今や職場の定番となっている。


 だが、承治はそんな下らない名前ネタでこの場をやり過ごす気はなかった。

 承治には、この日に備えた秘策があった。


 注目を浴びる承治は、両手を広げて声を張り上げる。


「さてご注目! 何のとりえもない僕ですが、些細な一芸をお見せしましょう」


 そう告げた承治は手のひらを前に差し出し、軽く腕を振る。

 すると、何もない空間から一枚のトランプカードが現れた。


 それは、さも古典的なマジックだった。

 承治はトランプの束をポケットから取り出し、まくし立てるようにマジックを続ける。


「さあさあ、僕の出したこのトランプには魔法がかけられています。そして、この魔法のトランプを束の中に混ぜて……島田さん、これをシャッフルしてください」


 島田と呼ばれた同僚は、言われるがままトランプの束を受け取り、適当にシャッフルする。

 そして、島田から束を再び受け取った承治は指を鳴らして一番上のカードをめくる。

 後はお約束である。

 承治のめくったカードは、先ほど混ぜたカードと一致していた。


 決まったぜ。

 承治はやりきった表情で周囲を見渡す。


 すると、キョトンとしていた同僚たちは、次の瞬間に大爆笑を始めた。


「じ、地味! なんだそりゃ!」


「凄いけど面白くないぞ!」


「盛り上がらねぇなぁ!」


 それらの反応は、承治の心に致命的なダメージを与えた。

 承治は、この日のためにユー○ューブのマジック講座を見て研究を重ねていた。

 承治にはウケるという絶対的な自信があった。

 だが、この反応はネタがウケたというより、ネタがウケなかったことが逆にウケたという悲劇的なものになった。


 心をズタボロにされ、涙目になった承治は無理やり笑顔を作って声を張り上げる。


「楽しんでいただけましたでしょうか! これにて閉幕ですっ!」


 そんな無理やりな幕引きに対しヤジが続く。


「こんなんで終わりなわけねーだろ!」


「もっと面白いことやれ!」


「イッキだ! イッキやれ!」


「いいねぇイッキ! スベった責任とって男気見せろ!」


「「「イッキ! イッキ! イッキ!」」」


 満場一致のコールと共に、島田からジョッキ一杯のビールが手渡される。


 えっ、なんで? なんでイッキになるの?

 承治は状況が理解できず、手渡された黄色い液体を眺める。


 その瞬間、承治は悟った。

 社会の理不尽さと冷酷さ、そしてトランプマジックが宴会芸でウケないという残酷な現実を悟った。


 もうどうでもいいや。

 全てに絶望した承治は、涙目のままヤケクソな笑みを浮かべて叫ぶ。


「やってやらああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」


 ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク。


 そしてグラスが空になり、大歓声と拍手が巻き起こる宴会場の中で、承治の視界は暗転していった。

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