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17 遭遇

17 遭遇


 食事を終えた三人は、さっそくドラゴンが住むと言われる西の森へ足を踏み入れていた。

 しばらく歩いて国境線を超えると、コルネティア公爵の私兵と思われるカスタリア兵達の野営地に辿りつき、そこで一休みとなった。


 野営する兵士達は、森の中にテントを張って暇そうに雑談をしている。

 ヴィオラがその場にいる兵士達に事情を聞いたところ、なんでも古龍の扱いに長けた専門家が到着していないらしく、兵士達は古龍の様子を見に行くわけにもいかず、かといって国境を越えてクラリアに入るわけにもいかず、今は待機しているとのことだった。


 ヴィオラは古龍に関して承治に説明を加える。


「古龍は私達の言葉を理解できるほどの高い知性を持っていると言われています。遥か昔、古龍を手懐けた者が竜騎士として戦争に参加していた時代もありましたが、古龍達はそれを快く思わなかったらしく、今では人里を離れた場所でひっそりと暮らしているそうです」


「なるほど……で、実際に古龍が子供をさらうなんてことがあるんですかね」


「そればっかりは、なんとも言えません。とにかく、私達だけでも様子を見に行きましょう」


「え、僕らだけで大丈夫なんですか? 人の言葉が分かると言っても相手はドラゴンですよ。専門家の到着を待った方が……」


 この世界のドラゴンがどんなものかは分からないが、人を攫うと噂され、戦争の道具にされるくらいなので、さぞ恐ろしい生き物なのだろう。

 だが、承治の懸念も虚しくヴィオラはきっぱりと言い放った。


「ここでの滞在日数は限られているんです。時間は無駄にできません」


 結局ヴィオラの意見が採用され、三人は古龍の住む森の奥へ進むことになった。

 目的地までは獣道のようなルートが開拓されていたが、一歩間違えば遭難しかねない危うい道のりだ。

 ただし、こちらのパーティーには〝空飛ぶモップ〟を扱えるセレスタがついているので、その辺の心配は無用とも言えた。


 移動のさ中、暇を持て余した承治はなんとなくセレスタと雑談する。


「そういえば、セレスタちゃんは最近までクラリアに住んでたんだよね。この場所から近いの?」


「あれ、ジョージさんってクラリア語喋れるんだね。私が住んでたのはもうちょっと東だよ」


 承治が話しかけると、セレスタの言葉はたちまち流暢になる。どうやら、承治の言語能力は話しかける対象によって自動翻訳されるらしい。誠に便利な力である。


「カスタリアに引っ越したってことは、親元を離れることにしたんだ」


「ええと、お母さんは三年前に死んじゃって、お父さんとは一緒に暮らしたことないの。前に住んでた町でも一人暮らしだったよ」


 そういう事情であれば、一人身のセレスタが親族であるオババ様の所へ身を移した理由もなんとなく想像がついた。

 セレスタは話を続ける。


「お母さんはカスタリア人の魔術師で、お父さんはクラリア人の獣人だったの。それで、周りの人があんまり二人の関係をよく思ってなくて、父さんは町に居づらくなって出てったってお母さんが言ってた」


 獣人と人類種のハーフである彼女は、いささか複雑な家庭事情の持ち主らしい。


「お父さんとは会ってないの?」


「手紙とお金は送ってくれるけど、行商みたいな仕事をしてるからあんまり会えないんだ。顔も殆ど見たことないし、お母さんのお葬式にも来なかったんだよ……死んだお母さんは、なんでお父さんなんかと結婚したんだろう……」


 そう告げたセレスタは目を伏せて己のケモ耳をわしわしと触る。

 その可愛げな耳は、セレスタに流れる父の血筋を現す明確な印だった。

 いささか気まずくなった承治は、お節介と思いつつもセレスタにフォローを入れる。


「まあ、お父さんにも色々と事情があるんだよ。せっかく空飛ぶ魔法のモップがあるんだから、そのうち会いに行ってみればいいよ。きっとお父さんも喜ぶよ」


「そうかな……私、お父さんのことは嫌いじゃないけど、会うのはちょっと怖くて……」


「怖い?」


「お父さんが私のことどう思ってるか、わからないから……」


 長らく会っていなければそう思うのも当然か、と承治は思った。

 他人の家庭事情なのであまり無責任なことは言えなかったが、セレスタも本心では寂しいと思っているのだろう。

 母に先立たれて一人身になれば尚更だ。


 承治は話が重くならないよう、いささか話題を逸らす。


「まあでも、セレスタちゃんが引っ越してきたカスタリア王都はいいところだよ。ヴィオラさんやオババ様は元より、王宮や街の人はみんな親切だし。もし言葉が分からなければ僕が通訳するから、いつでも頼ってよ」


 その言葉に、セレスタはぴょこんと耳を立てて顔を上げる。


「本当? とっても助かります。ジョージさんは親切だね。なんだか、お父さんができたみたい」


 まあ確かに、セレスタちゃんのような可愛くて素直な子が自分の娘だったら誇らしいけど、一応僕まだ20代だからね。いや、子供の一人くらいいてもおかしくない年齢だけどさ、せめてお兄ちゃんがよかったな。

 などと思いつつ、承治はセレスタの笑顔に応える形で苦笑いを浮かべた。


 そんな会話を続けていると、三人は目的地らしき泉に到着する。

 地図に目を落すヴィオラは、周囲を見渡して地形を確認した。


「ここが古龍の住みかで間違いありませんね。姿は見えないようですが……」


 すると、低い唸り声のような音が周囲に響く。


『立ち去れ』


 ふと、承治の耳にそんな言葉が届く。


「え、何か言いました?」


 承治がヴィオラに問いかけると、当のヴィオラは顔を上げて天を仰いでいる。

 その視線に誘われて上を向くと、森に囲まれた青空は黒々とした巨大な物体に覆われていた。

  

 次の瞬間、耳をつんざくような咆哮が上空から轟く。


『立ち去れ!』


「で、出たあああああああああああああああ!!!」

 

 驚いた承治はたちまち腰を抜かし、その場にへたり込む。

 上空に見える巨大な物体こそ、噂のドラゴンで間違いなかった。


 大きさは戸建住宅一軒分くらいはあるだろうか。黒色の肌を持つドラゴンは巨大な羽を左右に広げ、長い体をくねらせて悠々と空を舞っている。その羽ばたきによって生まれる風圧は地上にまで届き、時より放たれる咆哮は腹の奥底を揺らした。


 そんなドラゴンの存在に驚きおののく承治とセレスタをよそに、ヴィオラは堂々と直立して天を仰ぎ声を放つ。


「古龍よ! 私の言葉がわかるなら、どうか落ちついてください! 私達は、あなたに危害を加えるつもりはありません!」


 そんな言葉も虚しく、ドラゴンは上空で旋回と咆哮を続ける。

 ヴィオラの言葉が届いているかどうか、その場では判断できなかった。


「ヴィオラさん! とりあえず逃げましょう!」

 

 承治がそう告げた矢先、後方の森から目が眩むほどの閃光が放たれる。


 そして次の瞬間、閃光から飛び出した無数の火球が上空に散らばり、そのうち一発がドラゴンに命中して大きな爆炎を上げた。

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